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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第30章 花都ジョンソン近郊の戦い

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234 決戦4

 

 花都ジョンソンの南平原でのハドリー王国軍とアレクサンダー伯騎士団との戦いは夜に入り、お互い申し合わせたわけでもなかったがそれぞれが陣に戻り小休止に入った。朝から始まった闘いにお互い倦んだのかもしれない。とはいえ、いつ再び戦端が開かれるやも知らず、警戒は解かれていない。

 

 そういった状況でハドリー王国軍に、北東から近づいてきた小隊があった。全員が騎乗しているのかかなりの速度である。報告を受けたグラント王子は詳細を確認すべく斥候を放ち、警戒を強めた。その小隊はおよそ30人程の人数だったが、彼の陣からおよそ1キロ程の距離で静止した。斥候からの報告を受けて彼は驚愕した。

 

「部隊を率いているのはマートだというのか?巨大な馬に乗っていると?今までジョンソンの防衛戦に奴はいなかったというのか?北東から?まさか??」


 ジョンソンから東北東に向かうと、ホワイトヘッドの街を経由してハドリー王国へ通じる峠道がある。彼の背筋には冷たい汗が流れた。

 

「北東から近づいてきた部隊より3人がこちらに向かっています……旗はわが軍、第9騎士団の牡鹿を掲げています」


 やはり、グラント王子は嫌な感じがますます強くなるのを感じて拳を握りしめた。ホワイトヘッドの守りに残したのは第9騎士団の一個大隊だった。マートは部隊の一部を率いてホワイトヘッドに行ったというのか。騎士団長ケニスと魔法使いプルデェンスの2人が彼の側にやってきた。彼の護衛であるスウェンはすでに魔法による治癒を済ませ、傍らに控えている。牡鹿の旗を掲げて来た3人は、鎧も武器も身に着けておらず、いずれも第9騎士団の騎士で一人は大隊の副長を務めていた男だった。彼ら3人はグラント王子の陣に走り込むと王子に面会を求め、罪人のような扱いを受けて王子の前に引き出された。

 

「お許し下さい。家族の命だけはお助けを」


 副長は、そう言ってグラント王子の前に身体を投げ出すようにして地面に頭をこすりつけた。

 

「どういうことか言ってみよ」


 グラント王子の横に控えているケニスが抑え気味に低い声で問う。副長たちはただただ頭を地面にこすりつけていたが、グラント王子が少し優しい声で再び問うと、ようやく副長は話し始めた。

 

「ホワイトヘッドの砦守備を任されておりました我が第3大隊はウィード子爵マートの襲撃を受け、壊滅いたしました。3日前のことです。我々は特に気のゆるみもなく砦を守っておりました。ですが、昼過ぎに炊事班が夕食の準備をしようと食糧庫に入りますと、そこは空っぽになっておりました。何事かと大騒ぎになり、調査すると、武器庫も空っぽになっておったのです。そして、そこには、命が惜しくば降伏せよと書かれた1枚の紙が置かれておりました」


「命が惜しくば降伏せよ、だと?」


 ケニスが小さな声で呟く。

 

「その後、ワイズ聖王国の捕虜たちを収容しておりました街の建物が襲撃を受けたという連絡がありました。慌てて治安出動をしようと用意をしておりますと、砦と街の間にある奇石が並んでいる丘に、30人程の部隊が姿を見せたのです。我々が誰何すると、ウィード子爵家蛮族討伐隊隊長、ワイアットと名乗りました」


 グラント王子とケニスが顔を見合わせた。

 

「30人程ですから、簡単に蹂躙できると思い、我が騎士たちが彼を嘲笑し突撃しようとしたのです。ですが、その彼らが一歩踏み出した場所に矢が飛んでまいりました。その矢はまさに走り出そうとした彼らを貫きました。貫通です。矢は飛び去って地面に突き刺さりました。もちろん彼らは全身鎧を身にまとっていたにもかかわらず、です」


「なんと」


「そこで、ワイアットは申しました。命が惜しくば降伏せよと。食料も武器もすべて我々が頂いた。砦に籠っても命を奪うのは簡単だとも申しました。砦に居た主だったものたちの前で、彼に突撃しようとした金属鎧を着た騎士が飛来してきた矢に射貫かれたのです。そして食料も予備の武器もない。みな恐慌状態に陥りました」


「おそらく感情操作エモーショナルコントロールと思われます。★4の呪術を使うものがいるのでしょう。熟練度が上がれば魂の叫び(ウォークライ)とほぼ同じような効果を出すことが出来るでしょう。これでは、1個大隊などひとたまりもありますまい」


 話を聞いていたプルデェンスがそう付け足した。

 

「私は捕虜となり、王子に詳細を告げて降伏を勧告せよと命じられました。なにとぞ、なにとぞお許しを」


 副長は再び、地面に頭をこすりつける。グラント王子は、ケニスとプルデェンスの顔を交互に見、そして力なく首を振った。

 

「6万の軍勢をもってしても、たった1人の英雄に敵わぬというのか」


「やつは伝説でいう魔龍、魔王の類かもしれませぬ。彼が今率いているのは30騎程です。総突撃すればさすがに倒せましょう。ここでの降伏は、取り返しがつきませぬ。騎士や従士がすべて打倒されても、マートを倒し王子が生き残っておれば我が国はワイズ聖王国を圧倒できることでしょう。今が最後のチャンスかも知れませぬ」


 プルデェンスはそう言い募り、グラント王子に迫った。そして2人はじっと睨みあった。


読んで頂いてありがとうございます。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにマートの人となりを知らない者や、マートの陣営の内情を知らない者から見れば、どんな者でも従えてしまうおそろしき魔王のように見えるのかもしれませんね。
[良い点] グラント王子のマートに対する評価が天元突破している。敵とはいえマートが評価されると嬉しいですね。 [気になる点] さすがにマートひとりでここまではできない。肝になったのはジュディの転移門で…
[一言] マートは空を飛べますからね、騎馬兵が何人居てもねぇ……。 ていうか、目の前に敵軍が布陣してるのにマートに全力突撃なんかしたら、当然追撃されますよね。
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