225 マートたちの戦い 3
夜が明け始める前に、ハドリー王国カイン王子が率いる三個騎士団の大半は大量の死傷者をその場に残し花都ジョンソンにむかって潰走し始めた。か細い月明りしかない中で音もなく飛来してくる矢を撃ち落とすのは至難の業であり、テントなどに身を隠しても効果はない。この恐怖に耐えられなくなったのだ。カイン王子自身は隣に控えた護衛のタディのおかげで無傷であったが、周囲の騎士たちのほとんどは被害を受けており、カイン王子一人が声を枯らしてその場に残るように言っても、その命令を伝える騎士たちのほとんどが傷を負って動けず、従士たちは恐慌状態に陥って自分たちの仕える主だけは救おうと狂騒状態となったのだ。
ワイズ聖王国と同じでハドリー王国でも一等騎士というのは、基本的には村の領主だ。彼らは、一族郎党から何人かの二等騎士と、自分たちの村から若いものを従士として戦場に連れていく。その領主である一等騎士や二等騎士が倒れてしまったのだ。従士たちの混乱はカイン王子としても止めようがなかった。
潰走が始まると、マートとアマンダはその奔流を避けつつ近くで野営していた騎馬隊、蛮族討伐隊と合流した。そして、改めてその潰走する騎士団の後ろから襲い掛かろうとした。だが、その潰走した騎士団の中で、ごく一部ではあるが、規律を保って移動していく一隊があった。カイン王子と側近の騎士たちだった。彼らはなんとか士気を保っていたのだ。
騎馬隊、蛮族討伐隊が揃い、その中心には、シェリー、オズワルト、ワイアット、エリオットも居る。アマンダが辺りが震えるほどの大声を上げた。
「カイン王子よ、逃げ出すのか?」
その声にカイン王子が立ち止まった。側近の騎士たちが身構える。その数は三十騎にも満たない数だ。
「この化け物どもめ、いい気になるな」
カイン王子がそう答え、横に居たひときわ体の大きな男が出てきた。顔の半分ほどが緑色のウロコで覆われている。
「水の救護人マートよ。ハドリー王国親衛隊タディだ。われと戦え!」
タディの一騎打ちの申し込みにマートが肩をすくめた。
「魔人だね。私が出ようか?」
アマンダが尋ねたが、その横でシェリーが一歩踏み出した。
「マート殿、私に行かせてくれ。騎馬隊隊長としての力を見せる時だと思う」
マートは迷った。相手はおそらくかなりの手練れのはずだ。マートはシェリーの目をじっと見た。横でアマンダが頷く。
「わかった。気をつけろよ」
マートはそう言って頷いた。彼女がずっと訓練を積んでいたのは知っていた。出会った頃からすでにアニスに自分よりすごいよと評されていた彼女だ。シェリーはにっこりとほほ笑むと、盾と槍を構えた。
「ウィード子爵騎馬隊隊長シェリーだ。そなたなど私で十分。この槍の錆にしてくれる」
そう言って、シェリーは軽く鐙を蹴り馬を操ると前に進み出る。
「ふん、マートの戦いとの前の準備運動として相手をしてやろう」
タディは腰に挿した二本の斧を抜いた。木を切るものより一回り刃が大きく、片刃で先端にはとげがあるものだ。徒歩だが、身長は2メートルを超えており、がっしりした体格である。ゆっくりと歩み出した。
一騎と一人は最初はゆっくりと、徐々に速度を上げて近づいていく。ほぼ全速力になった。
「ガツッ!」「ガッ!」
二人は交差した。シェリーの槍をタディが弾いた。もう片方のタディの斧はシェリーが盾で防ぐ。そのまま二人はすれ違った。筋力からすればタディが圧倒的であったはずだが、シェリーの騎士としての技量がそれを凌いだようだった。すぐに、二人は振り返る。
「ふん、女のくせに、やるではないか」
タディは斧をくるくると回しながら、すこし前屈みに身構えた。
「貴様こそ、男のくせにやるではないか」
シェリーは鞍の上で盾を構え直した。お互いの距離は余りない。
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