224 マートたちの戦い 2
マクギガンの街を臨む丘の上で、ハドリー王国の第一王子であるカインは、マクギガンの街、そして、それを取り囲む自軍の陣構えを眺めていた。その横には、弟のグラント王子が彼の護衛にと推薦した男が控えていた。彼の顔は半分ほど緑色のウロコに覆われており身長は2mを超えている。男の名はタディといった。斧のスキルがなんと★5なのだという。人間離れした膂力と闇でも見える目を持つらしい。
マクギガンは、人口が三千から四千ほどの小さな街だ。主都である花都ジョンソンを脱出したアレクサンダー伯爵家の騎士たちは、この街で体勢を整えようとしたが、それは彼の想定通りだった。
配下の三個騎士団で予定通り蟻の這い出る隙もないほどの包囲網を敷き、降伏の使者を送った。たっぷり脅かしたのでおそらく2、3日中には返事は来るだろう。カイン王子の頭の中はすでにここの南にあるウィード子爵領の事でいっぱいだった。最近めきめきと頭角をあらわした当代の英雄、マート。以前彼が捕虜になった碧都ライマンでの戦いでも彼が関与していたという。あの罠は屈辱的だった。彼の領地、ウィードの街は花都ジョンソンの二倍ほどの人口を擁しているらしい。ただ、その街には城壁はないというので、さっさとロニーたちを降伏させた後、彼の領地もこの三個騎士団で押しつぶし、あの時の借りを返してやるのだ、そう彼は思い拳を握りしめた。
だが、その時、彼の騎士団の陣後方で騒ぎが起こった。左右に控える護衛兵や副官たちに、何事かと尋ねる。だが、それとほぼ同じタイミングで、数本の矢が彼を狙って飛来してきたのだった。横のタディが斧を構えその矢を払った。護衛の騎士が二人の回りを囲んで、どこから矢が飛んできたのか警戒した。その彼の許に続けざまに伝令がやってきた。
「どこからか、矢が飛来してきております!」
「わかっておるっ。どこからだ?」
「方角は北、後方からです。警備担当の者が索敵に向かいました」
「ジョンソンから伝令です。何者かにいきなりジョンソン城を襲撃され苦戦中とのことです」
「第八騎士団長が飛来してきた矢にやられ重傷です」
「第三騎士団に矢が飛来。騎士に被害者が発生」
伝令は矢継ぎ早に来たが、報告の内容は混乱していた。とりあえず正体不明の敵から矢による襲撃をうけていることは確かだ。あわてて北を探す。北方面から敵?ここから北にある花都ジョンソンまではおよそ80キロ、早馬であれば3時間ほどの距離だ。ここ以外で花都ジョンソンに通じる道は、弟のグラントに一個騎士団を預けてリリーの街の鎮圧に向かわせている。アレン侯爵は動かないというグラントからの報告はあったが、そちらも念のためにブルームの街には一個騎士団をおいている。彼の部隊を北から攻撃したり、花都ジョンソンを直接攻撃できる勢力はいないはずだった。
矢が飛んできているのはたしかでさらに何本かが彼のところに飛んできた。横のタディは左右に持った斧で矢を簡単に打ち払う。矢の数はそれほどでもないので、敵の数は多くないだろう。だが、どこからだ?ようやく彼ははるか遠くに一人の騎馬をみつけた。豆粒ほどのサイズだ。距離は七百メートルはあるだろうか。手を振っている?いや、あれはマートで続けざまに矢を放っているのだと彼は確信した。報告で山の上からそれぐらいの距離を開けてふもとに居た蛮族を矢で倒したというものがあったのだ。とても本当の事とは思えなかったが、彼のすぐ横に居た護衛の騎士が矢に貫かれて倒れた。
「第六騎士団は騎乗してここから北に七百メートルほど先に居る騎馬を追え。第八騎士団はマクギガンの街の包囲を続けよ。第三騎士団は準備を整えて待機。遠距離からの弓に注意せよ」
彼からの命令を受け、第六騎士団の何人かの騎士が馬に飛び乗った。盾で半分身体を隠すようにしながら、北のマートらしき人影に向かって疾走し始めた。かなりの速度だ。30秒程でたどり着くだろう。騎士たちは槍を構え……そこで仰向けに後ろに吹っ飛んだ。
マートに突撃していく騎士たちが次々と後ろに吹き飛ばされていく。いや、矢で貫かれている。もうすこしでたどり着くはずの騎士たちは瞬く間に馬から叩き落とされていく。
「あわてるな、一斉に行くのだ。相手は一人だぞ」
第六騎士団の騎士団長がそう声を上げた。今度は30騎ほどの騎士たちが扇状にひろがって一斉に北に向かって走る。これでは、さすがに弓では対抗できまい。そう思った矢先に、マートらしき敵はさらに北に移動し始めた。そして移動しつつも矢は放ち続けている。山なりに撃ってきていた時には気づかなかったが、その矢は盾を構えた騎士の身体を貫通し、さらにその影に居た騎士をも貫通して抜けていった。10秒ほどの間に騎士たちは近づくことすらできずに半数近くが倒されたのだ。相手は矢を高速で放ち、騎士を倒しながらも、騎士たちの全速力の突撃とほぼ同じ速度で北に移動した。残った騎士たちは散開して元の位置に戻ろうとしたが、逆に今度は距離を詰められ、次々と射倒されたのだった。
「こんなばかなことがあってたまるか。この射程の差、あの矢の威力はなんだ。翻弄されるだけで、まるで歯が立たぬとは」
『弓矢防護』
ようやく配下の魔法使いたちの体勢が整った。騎士たちに対矢防御用の呪文をかけ始める。これで騎士たちが射倒されることはかなり減った。だがマートらしき男は射程の差を活かして付かず離れずの距離を保ち、相手は矢を放ってくる。なんとか包囲をする形を作って攻撃距離に捉えようとするが、悠々と距離を取られ、今度は魔法使いや治療をおこなう神官たちが狙われ始めた。彼らにも弓矢防護の呪文をかけるとその次は輜重を運ぶ馬が襲われた。馬に呪文がいきわたったころには、また騎士たちにかけた弓矢防護の呪文の効果時間が切れて騎士たちの被害が増えるといった有様でそういった一方的な戦いがおよそ三時間続いたのだった。
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「なぁ、アマンダ、あれでよかったか?お前さんたちが突っ込んだらつぶせたんじゃねぇか?」
少し離れた丘の上でアマンダと落ち合ったマートはすこし首を傾げながらそう尋ねた。
「いや、あれでよかったさ。わたしたちは馬に乗ってるとはいえ千にも満たない兵力だ。相手の兵力は2万を超える。さっきの動きを見てたら、かなり訓練されてるよ。そんなことをしたら包み込まれてこっちが潰されちまう。そうだね、今夜一晩あれを続けておくれ。明日の朝にはさすがにあの連中も動きが悪くなって潰せるようになるかもしれない。そうじゃなければもう一日だけど、そうなるとジョンソンとリリーが心配だ」
「おいおい、俺は昨日も寝てねぇんだ。寝かせてくれよ」
「ちょっとぐらいの仮眠はいいけど、それで我慢しとくれ」
「ちっ人使いの荒いやつだ。しかし、弱いものいじめをしてるみたいでさ、正直気が進まねぇ」
「相手は私たちの20倍以上の兵力なんだよ。花都ジョンソンじゃ何百人もの人々を殺してるんだ。むこうが売ってきた喧嘩さ。それをひっくり返そうって言うんだ。やるしかないじゃないか」
「わかったよ。俺は一時間ほど仮眠をとってまた出る。その間に代りにライトニングの汗をきれいにしてやってくれ」
「あいよ、任せておきな。そうそう、アレクサンダー伯爵は生きて見つかったって伝令が来たよ。ジュディは大喜びさ。よかったね」
読んで頂いてありがとうございます。
自分より各段に足の速い相手とおにごっこを3時間すると考えるとうんざりしませんか?(笑)
新国立競技場の大きさが南北方向約350m、東西約260mだそうです。国立競技場の観客席の端に立って、一番遠い端のさらに倍の距離から矢を撃ってくる相手の姿って見分けられるのかと考えたりしましたが、一応できることにしました。
あと、ワイバーン殺しの弓は無限補充の他の能力として貫通効果とさせていただきました。少なくとも盾と甲冑を着た騎士2人を貫通できる鋭さです。遠距離を山なりで撃った時の弾速は普通の矢よりすこし早い程度なので、剣の熟練者であれば撃ち落とせます。近かったら水平射撃になるので、撃ち落とすのは難しいかもしれません。
2021.5.19 700メートルを数秒は無理ではというご指摘をいただきました。ありがとうございます。その通りです。訂正しておきます。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




