216 夜中の秘密会議
「我が夫殿がせっかく夜中に我が許を訪問してくれたというのに、そんな色気のない話とは……」
エミリア伯爵は大きく胸元の開いた艶めかしい薄い黒の夜着姿で、夜中に潜んできたマートとライラ姫の話を興味深げに聞いた後、大げさに嘆いてみせた。ここは、フレア湖畔に建てられた急造の砦の中にある彼女の個室だった。シンプルな造りで、あまり物は置かれていない。3人は小さな丸いテーブルを囲んで坐っていた。
「まぁ、そう言うなよ。エミリア伯爵しか頼れる相手は居ないと思って、夜の街道を1時間も馬を走らせてきたんだぜ?」
「ライラ姫と仲良く二人乗りで来たのであろう?ライラ姫、お互い抜け駆けはせぬと約束したではありませぬか」
二人が困った顔をしていると、エミリア伯爵はうふふと笑う。
「そのような顔はされますな。あまりに二人の逃避行が羨ましかったのです。ですが、冗談はそろそろ止めておきましょう」
そういうと、彼女は真剣な顔になった。
「安心なされよ。第二騎士団はライラ姫と我が夫殿を支持します。ですが、困りましたね。我が国には内戦をするような余力はありません。第一騎士団、第三騎士団、宰相ワーナー侯爵を筆頭とした王国南部の諸侯の騎士団は魔龍王国との戦いで手一杯です。王国西部はいまだにウォレス侯爵に率いられて戦ったハドリー王国との一度目の決戦での敗北の痛手から立ち直れておりませんし、王国東部はアレン侯爵の地元、彼に遠慮して諸侯はあまり動きますまい。最東端のアレクサンダー伯爵は遠慮などされないお方ですが、あまりに遠い。残るは我が第二騎士団しかおりません。これがハドリー王国の策だとすれば、見事なものです。ライラ姫、我が夫殿、何か気になることはございますか?」
「そうですね、父上とお話さえできれば説得は出来ると思うのです。そうすれば、魔法使いギルド、衛兵隊も動かせるようになります。アレン侯爵も諦めてくださらないでしょうか」
ライラ姫の言葉にエミリア伯爵は首を振った。
「まず、お話をするのが難しいと思います。正規の手順ではまず無理でしょうし、私が謁見を申し出てもこのタイミングではおそらくお会いできますまい。我が夫殿、王城に忍び込むのは可能だろうか?」
「そっちもかなり難しいな。以前王城に魔龍同盟の連中が忍び込んだだろ?その反省もあって、王城と魔術庁の庁舎は徹底的に進入経路を潰したはずだ。俺も何度かそれに協力させられたのさ。魔法使いギルドが、かなりの場所に魔法解除や進入感知の魔道具を仕掛けているし、見つからずに忍び込むのは至難の業といっても良い」
「であれば、まずはアレン侯爵の方を調べるしかありませんね。国王陛下をどうやって説得したのか、ハドリー王国とつながっているのか。我が夫殿、頼めるか?」
「ああ、いいとも。放っておくとこっちにも火の粉は降ってきそうだからな。連絡は長距離通信用の魔道具でする。さっさと行ってくらぁ」
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ライトニングを飛ばして王都に戻ったマートは、夜が明ける前にはアレン侯爵の邸宅の近くにまでたどり着いた。侯爵の邸宅というだけあってかなり広い。敷地内に騎士達が滞在できそうな建物があり、庭もかなりの面積があって、盛大にかがり火が焚かれ、野営のための大きなテントが何張りか設置されている。騎士や従士のような連中がかなり出入りしていた。
30分ほど、マートは人の流れを観察した。テントの中には数人指示を出している男が居たが、侯爵本人だとは思えない服装と動きだった。時折、テントから邸宅に従士が往復しており、マートにはそれが侯爵への報告の使者のように思え、それを追跡したのだった。
果たしてその使者らしき従者は侯爵の邸宅に入り、侯爵の居室に招かれるとそこで現状の報告をした。居室に居たのは、アレン侯爵らしき人物で、その従者の報告を聞いていると、相変わらずライラ姫が部屋に籠もって面会できないと報告していることや、宰相のワーナー侯爵が拘束され、王城の北塔に護送されたことが聞き取れた。侯爵自身はその報告を静かに聴いていたのだった。
報告していた従士が去り、マートが部屋の屋根裏でどうするか考えていると、アレン侯爵は何か呪文を唱えた。
不安を感じてマートが身を固くしていると、アレン侯爵は周囲を見回す。彼はマートの居る天井裏のほうをじっと見た。
「猫、ようやく来たわね。待っていたわ」
アレン侯爵は立ち上がり、女性の声音でそう言ったのだった。
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