212 救出
翌朝、マートは、ジュディを王都に送り出した後、再び魔法のドアノブで開拓隊の収容所近くに移動した。
遠目に観察していると、昨日と同じように人族はおおよそ300人ずつのグループに分かれ、それぞれ10体ほどのオーガやオークと2人ほどのおそらく魔龍王国のメンバーだと思われる人族に指揮されてどこかに出発して行った。おそらく開拓作業をさせられるのだろう。サミュエルとメナードの姿もその中にあった。
マートは開拓隊が出発していくのをしばらく待った後、ほぼ空っぽになった収容所を眺めた。何人か残った人族が棟の掃除や片付けなどを行っている。アマンダの居る棟は前回の探索でほぼ判っていた。姿を隠して、彼女の部屋に忍び込んだ。
彼女の部屋は、多少は広いものの、魔龍王国でテシウスの次に強いと言われたとは全く思えない質素なもので、中に入るとむっとした体臭と酒の臭いが充満しており、彼女はおそらく特注であろう巨大な椅子に座り、朝から2体ほどのオークと一緒に酒盛りをしていた。何かを話はしているようだが、蛮族語のようで、マートにはまったく何を話しているのかはわからない。
だが、アマンダはふと、急にクンクンと臭いを嗅ぎ、まわりをきょろきょろと見回しはじめた。
「$+!$#」
アマンダは何か言い、オークもきょろきょろし始めた。アマンダはしばらく臭いを嗅ぐと少し考え、マートが潜んでいる方向を見て、ふんっと鼻を鳴らした。再びオークに何かを言うと、彼らは立ち上がって部屋を出ていったのだった。
それを見届けると、アマンダはあたかも何もなかったかのように酒を呷った後、再びマートが潜んでいる方向を見た。
「この臭いはマートとかいう奴だね、負け犬を笑いに来たのかい?」
幻覚で姿を隠してはいたものの、やはり気付かれていたようだ。鋭敏嗅覚かなにかだろうか?幻覚が甘かったのか。マートは観念して、幻覚呪文を解き姿を見せ、貼り付いていた天井から床に降りた。
「よく気付いたな。何だ、今日は雄叫びで無効化しないのか?」
アマンダはすこし強張ったような微笑みを浮かべる。
「みたら判るだろ?蘇生してもらったときに、副作用ってやつかね。進化が戻っちまったんだよ。私の前世記憶はオークジェネラルじゃなく、ただのオークウォーリヤーさ。魔法まで無効にするのは無理さね」
「へぇ、なるほどな。それで、魔龍王国の後継者争いにも負け、こんなところで腐って蛮族相手に飲んでるってわけか」
「ああ、その通りだよ。魔人の王国の夢も全部無くなっちまった。どうせ、戦ってもあんたたちには敵いそうもない。私の首をとって行くのならさっさとしておくれよ」
なんだ、もう、すっかり自暴自棄になってるってわけか。マートはすっかり拍子抜けした。
「新しい魔龍王国の王ってのは誰なんだ?ファイヤージャイアントなのか?」
「ああ、大陸の東方で勢力をもつ巨人族の王は三体居るらしいけどね、その一人の 火の巨人だよ。巨人族にはオーガでいうオーガキングにあたる最終的な進化先が3種類あるんだけど、今はそれぞれ一体ずつ居るらしい、 火の巨人、 霜の巨人、 嵐の巨人の三体さ。そのうち、ファイヤージャイアントが、配下の部隊を連れてこちらに渡ってきた。クローディアとブライアンの手引きでね。私は戦ったんだけどね、とても歯が立たなかった。テシウスが作った魔龍王国は、そっくり乗っ取られちまったよ」
アマンダの口調は酔っ払いながらも何か寂しさを感じさせる。
「どうせ魔龍王国のやり方じゃ長続きはしなかっただろう」
「ふん、好きに言うがいいよ。殺さないのかい?それともワイズ聖王国に連れて行ってさらし者にでもするのかい?どうせ負け犬だよ、好きにするがいいさ」
「アマンダ、強がりはよせ。俺に甘えるな。死ぬのはやっぱり怖いんだろう?」
「なにを言ってるんだい。私は一万人をこの手で殺したんだよ。それだけの相手を殺しておいて、自分の死ぬのが怖いわけないじゃないか。冗談もいい加減にしなよ。さっさと殺しておくれ」
マートはじっと坐ったままのアマンダの目を見た。アマンダはマートを睨む様に見返したが、すぐ耐え切れないかのように視線を外した。
「アマンダ、魔龍同盟が行った悪行のせいで、俺たちのような特徴の持つ人間は余計偏見に晒されそうになってる。それはわかってんだろ?ここであんたを殺すのは容易い。ラシュピー帝国の貴族たちは溜飲を下げるだろう。だが、そんな事をしても俺たちにとっては何の意味もない。その悪行を償う気はあるか?」
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マートはニーナを顕現させ、ワイアットたち12人の元魔龍同盟のメンバーを連れだすと、開拓隊を探し、個別に襲撃をすることにした。それぞれの開拓隊は魔龍同盟が二、三人と、オーク、オーガが十体程に過ぎない。武装していない人間にとっては脅威かもしれないが、マートたちにとっては作業にしかすぎなかった。
一番最後に残したサミュエルとメナードが含まれる開拓隊が収容所に戻ってきたのは日もかなり傾いた時間だった。収容所では、いつもなら入口を見張っているオークやオーガの姿はなく、開拓隊が収容所の門をくぐった途端、前後左右から一気に襲いかかったマートたちは、同行していた十体程のオーガやオークをあっという間に倒したのだった。
マートはメナードたちに近づき、彼らが縛られているロープを切る。
「マートだ。助けに来たぞ。もう安心だ。そちらがサミュエル様か?」
「おお、マート、早かったな。一週間後ではなかったのか?そうだ、こちらがサミュエル様だ」
メナードは、すぐ横に立っていた少年を紹介した。マートはその前で礼をする。
「今回はワーモンド侯爵夫人より依頼を受け、一冒険者として救援に参りました。ワイズ聖王国、マート・ウィード子爵でございます。ご無事で何より」
少年は嬉しそうにウムと頷く。
「今回は、ワイズ聖王国の魔術庁長官であるライラ姫に協力を頂き、アレクサンダー伯爵の姫であるジュディ様に転移門呪文を使ってワーモンド侯爵夫人の待つワイズ聖王国の王都に移動していただく段取りができております」
周りからもおおと驚きの声が聞こえた。転移門呪文はラシュピー帝国の魔法使いでも実現できていなかった高難易度の呪文だ。それを使うというのが特別な扱いであるという印象をあたえたのだろう。
「ウィード子爵殿、ご苦労。さすがワイズ聖王国、特別な配慮に感謝する」
「残った魔龍王国の連中、オークやオーガどもはどうするのだ?アマンダはどうなった?」
横でメナードが尋ねた。
「せっかく捕らえた捕虜なので、まずは魔龍王国の情報を聞き出すことになる。無事聞き出せればいいのだが、場合によっては拷問などしないといけないかもしれない。俺は情報を引き出すのは得意なんだ」
マートはそう言って、わざとニヤリと笑ってみせる。それと同時にメナードには近くに居たニーナの感情操作呪文で恐怖を感じさせた。メナードはぶるっと震えた。
「そ、そうか」
メナードはそういうのが精一杯の様子だった。
「その後、もし生き残った者が居れば、その後は奴隷として働かせる予定だ。どうせ、俺が捕まえた相手だからな。俺のものさ」
マートはしれっとした顔でそう付け足す。そう言っている間に、ジュディがマートの所にやってきた。サミュエルに対して丁寧にお辞儀をした。
「アレクサンダー伯爵の娘、ジュディです。サミュエル様とお見受けいたします。お待ちしておりました。早速転移門を用意いたします。準備はよろしいですか?」
ジュディの姿を見て、少年は少し頬を赤らめ、あわてて服の埃をはらうと、精一杯背伸びをした。
「ワーモンド侯爵家嫡子、サミュエルである。迎えご苦労。この功績はワイズ聖王国国王陛下に伝え、然るべき褒賞を……」
そう話しているところにマートが一歩近寄り、小さな声で囁いた。
「申し訳ございません。お言葉有り難く存じますが、今回の救出に関してはラシュピー皇帝陛下の正式な了承を得ておりません。先程申したようにサミュエル様の御母上にあたられるワーモンド侯爵夫人より冒険者としての依頼となっております。詳細につきましては、王都にて改めてワーモンド侯爵夫人よりご説明をお聞きくださいますようお願い申し上げます」
「そうなのか。わかった」
ジュディが転移門を開くと、サミュエルやメナードたちは嬉しそうに王都に移動していったのだった。
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2021.9.15 誤記訂正 幻影呪文 → 幻覚呪文




