209 ワーモンド侯爵家のやり方
メナードとの接触は後回しにして、マートは次に魔龍王国のメンバーが過ごしているであろう棟に向かった。アマンダと鉢合わせはしたくないので、彼女が居る棟とは違う棟に忍び込むことにする。夜の警備に備えて寝ている連中を探すと、果たして、一部屋4人が寝ている部屋が見つかった。
【毒針】 -睡眠毒
『記憶奪取』
マートはいつものように睡眠毒で念押ししてから、一番扉に近いところで寝ている男の記憶を奪ったのだった。
その男の名前はマイロンというらしかった。ラシュピー帝国の帝都出身。前世記憶はゴブリンで、下半身が緑と黄色のまだら模様に覆われており、幼い頃から迫害され碌な職には就けなかった。彼はリリパットと呼ばれる男に誘われて魔龍同盟に参加したらしい。三年ほどゴブリンたちに農作業を教え、彼らも一通りの作業はできるようになった。だが、ゴブリンたちにいくら教えてもうまくできなかった事があった。それは新しい農地の開拓だった。教えたことは上手にできるのだが、土地の状態に合わせてどうしたらよいか考えるのは彼らには難しかった。
とはいえ、農作業だけでも彼らに任せることによって、蛮族たちの食料事情は格段によくなり、マイロンも腹いっぱい食事ができるようになった。やがて、蛮族たちは繁殖をしてその数を増やし始めた。蛮族、特にゴブリンの成長速度は早く、生まれて一年ほどで成人となるのが一般的だ。三年という月日でゴブリンたちの数はおよそ十倍ほどになった。マイロンはラシュピー帝国と魔龍王国の戦いといった話はよくわからなかったが、とりあえずゴブリンたちが農耕をできるようになれば、飢えたりといったことはなくなるというリリパットたちの言葉を信じて手伝っていたのだった。
二、三年ほど前になって、戦争の捕虜となった人族がマイロンたちの居るところに送られてくるようになった。マイロンたちの仲間の中から、その人族の中で見目の良い女性を強制的に妻とし、ゴブリンたちを働かせる畑を監視する村長として、ゴブリンの村に定住する者たちが現れ始めた。魔龍同盟の幹部たちは、捕虜の人族にゴブリンたちが苦手にしている土地の開墾をさせるようにと言ってきた。マイロンにとっての問題は、彼ら戦争捕虜は、命令に従順というわけではなく、強制的に働かせる必要があったという点だった。
この人族を働かせて開墾作業をする部隊は開墾隊と呼ばれた。マイロンたちは、捕虜たちを管理して働かせなければいけなくなったが、マイロンの仲間たちの中でも、捕虜となった特に貴族や騎士たちを喜んで鞭うったものも居れば、戸惑いながらも命令して働かせた者たちも居た。マイロンは後者のほうだったが、鞭打った男たちの気持ちをマイロンも理解できた。捕虜として来た人族たちはマイロンたちにきちんとした仕事にも就かせず、迫害した連中の代表だった。そして、強制とは言え、必要な食糧などを配給して働かせている開墾隊の捕虜に対する扱いは、マイロンからすればいままで彼らが帝都なりで受けていた扱いよりもかなりマシと思われるものだった。
開拓隊は順調に農地を拡げていったが、半年ほど前に状況が変わったらしかった。魔龍同盟で一番の実力者だったテシウスがワイズ聖王国の騎士たちに倒されてしまった後、魔龍王国を救援するという理由で蛮族が大量にやってきて、いつの間にかその蛮族の一人が新しい王になったのだという。そして、それに不満を述べたアマンダと五十人に近いメンバーが開墾に尽力するという名目で城塞都市ヘイクスから離れ、この開墾隊に合流した。
アマンダたちは、当初、元から居た開墾隊のメンバーを説得して自分が新しい王になろうとしたらしいが、開墾隊のメンバーは元々戦争などには興味のない者ばかりで、結局あてにならず、今では何もせずに酒ばかり飲んで過ごしているようだった。
マートはマイロンの記憶をそこまで辿るとなんとなく暗い気分になって、呪文をリバースして記憶を返した。ここにいる魔龍同盟は、非主流派か、戦争に興味のない連中ばかりということらしい。クローディアやブライアンがここにはいないということは、蛮族についたということだろうか。
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夜中を待って、マートは、サミュエルやメナードが収容されている部屋に忍び込んだ。魔道具による警戒装置はなく、オーガやオークによる警備の目をかいくぐるだけであるので、マートにとっては大したことではなかった。部屋の中はわずかな月明かりしかなく真っ暗であり、常時監視の対象でもないようだった。マートはメナード以外の連中に睡眠毒を盛った上で、メナードの肩を静かに揺すったのだった。
「目を覚ましてくれ、メナード」
「……」
メナードはゆっくりと目を開け、すぐ近くにマートの気配を感じると、急いで体を起こそうとした。
「静かに。助けに来た」
マートの声にメナードは驚いたように大きく目を見開き周りを見まわす。
「みんな寝ている。ワーモンド侯爵夫人から依頼を受けてやってきた。事前に作戦を相談したい」
「侯爵夫人様から?人質となっていたのは解放されたのか?」
「ああ、ヘイクス城塞都市で人質になっていた婦人方は救出された」
続けてマートがそう言うと、メナードはゆっくりと頷いた。
「神よ感謝します。暗くてよく見えないが、そなたは何者だ?」
「俺はワイズ聖王国の冒険者でマートという。以前、ワイズ聖王国の調査隊としてライナス子爵がヘイクス城塞都市に来たことがあっただろう。その時に同行していたことがある」
マートの言葉に、メナードは少し考えた様子だったが、シェリーという女性騎士の従士だったというと何かを思いだしたようだった。
「シェリー殿の活躍は素晴らしかったと聞いている。いくつもの蛮族の集落を発見し、オーガナイトを討伐したのだったな」
「ああ、それと抜け道の発見な」
「抜け道の発見?それは我が衛兵隊の手柄では?」
そう言われてマートは苦笑した。あの時すぐに討伐隊が組まれなかったのは何か理由があると思ったが、手柄の取り合いがあったのかと想像できたのだ。
「いや、まぁ、それについては後で良い。とりあえず、救出計画なんだが、そちらで腕が立つ者はどれぐらい居る?武器が有ればオークやオーガ二百体と対抗できそうか?」
メナードは少し考え込んだが、大きく頷いた。
「こちらは騎士が百五十人、その従士を合わせれば千八百人ほどになる。また、芸術都市リオーダンの軟弱騎士も五十人、従士も居れれば三百人ほどいたはずだ。オークやオーガが二百体であれば、おそらく問題ないだろう」
騎士・従士で合わせて二千か。それなら楽勝だな。怪我人もあまり出さずに制圧できそうだ。マートはそう考えた。だが、それに続いて出た言葉にマートは首を傾げた。
「農民が三千程居るから彼らも徴用して兵士としよう。わが領地の者だけではないようだが、この非常時だから問題はない。ラシュピー帝国ではみな蛮族との戦闘経験があるはずだ。そうすれば騎士たちの怪我も防げるな」
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