207 魔龍王城再び
「オッケー、じゃぁ、反撃だ」
マートはそう言うとふわりと降下した。ジュディを地面におろすと、かばうようにその前に立つ。
ジュディはマートの肩を借りつつ足を少し開き気味にして立ち、周囲を見回す。ようやく、急な戦闘に巻き込まれた混乱から立ち直ったのか、唇を結び、目を見開き、周囲の蛮族を見据えた。
『魔法の嵐』
ジュディの放った魔法が紫色の渦を巻く。蛮族たちが次々となぎ倒されていく。手近にいた蛮族たちがほぼ一掃された。
「さすがお嬢だ。離れているから大丈夫だと思っていたが、拠点か何かを作ろうとしていたみたいだな」
マートが木材や様々な資材が転がった周囲を見回す。まだ何体か息があるようだが、弓をマジックバッグから取り出して止めを刺していく。
「ありがと、猫。いきなりでびっくりしちゃった。助かったわ。このまま戦ってても、蛮族がどんどん集まって来ちゃいそうね。いつまでも、このまま2人でここで迎え撃つという訳にもいかないでしょう。もうすぐ再詠唱時間が終わって転移呪文は使えるようになるから、一緒に戻る?」
『魔法の矢』
ぞろぞろと、リザードマンやフォレストジャイアントたちが、雄たけびを上げ、マートとジュディが居る丘を指さして登ってくる。だが、ジュディの魔法の矢が、的確にそれらの蛮族に突き刺さった。
「二人とも転移しちまうと、ここに戻るのが手間になっちまう。戦いたいってわけじゃなければ、お嬢には先にどこかに転移してもらっていいか?俺は別の転移場所を探しておく。今晩、海辺の家で合流しよう」
マートの言葉に、ジュディはすこし考えてから頷いた。
「わかったわ。今夜、海辺の家で。無理しないでね」
『転移』
ジュディはそう言いおいて転移していった。マートは彼女が無事去っていったのを確認した後、木陰に飛び込むと同時に幻覚呪文を使って姿を隠した。蛮族たちに頭の回るのが居れば警戒は厳しくなるだろう。のんびりしてはいられない。
マートは再び飛行して、今度は高度を上げた。魔龍王城、かつての城塞都市ヘイクス付近を見下ろす。東西の長い城壁に沿って、数えきれないほどの蛮族がテントのようなものを張って、野営をおこなっているのが見えた。その数はおそらく数万にも及ぶだろう。これだけの数の蛮族が一体どこからやってきたのか。以前に魔龍王テシウスを襲撃した時にはこれほどの数は居なかった。オークやオーガ、ゴブリンといった蛮族もたくさんいるが、ジャイアントやリザードマンの他、ナーガと呼ばれる下半身が蛇の蛮族もいる。そして、城壁都市の長い城壁には、見慣れない赤い三角に黒い縁取りが描かれた旗がたくさん並んでいた。
悪い予感を感じつつ、マートはそのまま飛行を続けて、城塞都市に近づき、以前と同じように高い城壁を越える。魔龍王国は崩壊し、指導者を失った蛮族が残っているだけではなかったのか。マートは空中に依然張り巡らされたままのワイヤートラップを躱しつつ以前に魔龍王テシウスと死闘をおこなった大広間に続くベランダに向かう。
かつて、ベランダにさらした魔龍王テシウス、そしてオーガキングの首はさすがにもう片付けられており、リザードマンやオーガが警備を行っている。マートは透明になったまま彼らのすぐ横をすり抜け、大広間の中を覗き込んだ。すると、そこの中心にある玉座には、オーガキングやオークジェネラルではなく、赤い肌とオレンジ色の髪をした巨人、 火の巨人が座っていた。その周囲には、オーガナイト、オークウォーリヤーの他に、 森巨人、身体の一回り大きいキロリザードマンなども居り、酒樽や料理をならべて、酒盛りをしている。だが、以前の魔龍王国のように、蛮族の前世記憶のある人族の姿は見る事が出来なかった。
マートは少し考え込んだが、一体何が起こったのかよくわからなかった。場所は同じであるが、雰囲気はまるで魔龍王国とは全く違う蛮族の国のようだ。できればもっと情報を集めたいところだが、蛮族には言葉も通じないし、記憶奪取も以前試してうまく行かないのは判っていた。マートは大広間から移動して、何か手がかりの様なものがないか探し始めた。
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夕方になり、マートは目立たない切り立った崖の途中に魔法のドアノブを使い海辺の家に戻った。魔龍王城の中を覗いた後は、蛮族たちの野営地を調べてみたが、野営を始めてから精々2週間程だろうというのがわかったぐらいで、それ以上大した情報は得られず、人族の姿も全く見ることはなかったのだった。
「おかえり、猫」
疲れた様子で帰ってきたマートを、ジュディやワイアット、モーゼルが出迎えた。
「ただいま。お嬢はもう来てたのか」
マートはみんなに声をかけたりしながら、扉のある部屋から、奥に入る。食堂ではすっかり食事の準備ができていた。テーブルの上には大きなエビやカニの料理などが並んでいる。
「へぇ、美味しそうだな」
マートの言葉に、ワイアットが嬉しそうに頷いた。
「ジュディ様が猫は夕方に帰ってくるって教えてくれたから、ご馳走にしようって、手が空いてるみんなで色々と用意したのです」
「そうだったのか、待たせたな」
マートの声が聞こえたのか二階からバーナードやローラたちも降りてきた。皆、思い思いの席に座る。酒などを持ってきたのもいた。
「せっかくだ、頂こうぜ」
マートも席の一つに座った。早速大きなカニのハサミを取り、パキパキと割る。白い身が湯気を立て、マートは急いでかぶりついた。程よい塩味と旨味が口の中に広がる。
「うぁ、うめぇな」
ほかの連中も各々料理を皿に取り、舌鼓をうちはじめた。たちまち喧噪が広がる。
「猫、どうだった?」
ジュディが状況を尋ねる。ワイアットたちにも別に隠すことはないかとマートも調べてきた内容をその場で説明した。
「そう、そんなに蛮族の大軍が……」
「ああ、悪いがお嬢から、ライラ姫や宰相に報告してほしい。気になるのはこの大陸西部ではあまり見かけない巨人族やリザードマンといった蛮族が大量にいたってことと、魔龍同盟の連中が見当たらないってことだ。俺のほうはもうちょっと調査してみようと思う。まずは1週間ぐらいだな。状況はライラ姫に長距離通信用の魔道具で報告する」
「わかったわ。くれぐれも気を付けて頂戴」
マートは頷き、エビの尻尾を摘まんで、ぱくりと咥えたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
次は章を改めます。色々とお話の中で核心となる部分が出て来て整理に時間がかかっているのと、リアルの用事も追われていて、推敲があまりできていない状況になっています。後で書き直したりする箇所がでてくるかもしれません(^^ゞ その時にはお許しください。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




