206 碧都ライマンからヘイクス城塞都市へ
碧都ライマン。この都市は元々、ラシュピー帝国とワイズ聖王国との国境を流れるオルガ河の北岸にある主要地方都市のひとつであった。だが、魔龍王国との戦いにワイズ聖王国が協力し、魔龍王テシウスを倒すという戦績を上げたことにより、ラシュピー帝国からワイズ聖王国に割譲された都市である。今現在は、対岸のワイズ聖王国ブロンソン州はハドリー王国の手に落ちた事もあって重要拠点の一つとなっており、魔龍王テシウスを奇襲攻撃する際に指揮を執ったライナス・ビートン伯爵が領主を務めていた。
この都市の北側の台地は、かつてワイズ聖王国の騎士団が駐屯地に使っていたが、今では、ブロンソン州からの避難民、そして、ラシュピー帝国北東部からの避難民が巨大な居留地をつくっており、一部はスラム化してあまり治安もよくない状況になっていた。
マートはこの都市で、ジュディとの合流を待ち、領主であるライナス伯爵のもとを訪れた。
「マート子爵、ジュディ嬢、遠いところよく来てくれた。新領地のほうは順調か?」
応接室に通された二人は、しばらく新領地の話や、マートはハドリー王国のブロンソン州で見てきた状況を伝えたりといった感じで情報交換などを行った。ジュディは今朝魔法のドアノブ経由で到着したばかりなので、静かにしていた。マートからの情報はライナス伯の副官もその横で聞いており、懸命に付近地図にメモをしていた。だが、出来た地図を眺めながらライナス伯は少し首をかしげたのだった。
「ふむ、ブロンソン州都に上がっていた騎士団の旗は2つだけか。騎士団の配置でいうと、侵攻というより防衛を意図しているような感じだな」
「しばらくは平和ってことか?」
「うむ、マート子爵の情報から分析すると、防御用にかなり陣地が築かれているように思われる。もちろん偽装の可能性もあるが、これが本当であれば、こちらも、本土側にも侵攻する可能性は低そうだ。ラシュピー帝国側の蛮族をかたずけるのには丁度いいが、気になるな」
「報告は俺は苦手なんで、悪いけどライナス伯からしてもらっていいか?」
「良いのか?まるで、空から見てきたような詳細な調査結果だ。これだけでもかなりの実績として評価されるような内容になる」
「ああ、そんなのは構わねぇ。俺が報告書作っても、もともとの軍事的な基礎知識がねぇから、どうせ碌なもんにならねぇだろう。ちゃんとした報告のほうが活かせるだろうよ。それも、この話は今日の訪問の主題じゃねぇんだ。実はな……」
マートとジュディは交互に今回のワーモンド侯爵、宰相、ライラ姫との話をライナス伯に説明した。そして、この都市に脱出してくるワーモンド侯爵及びその配下の騎士たちの受け入れ態勢について相談したのだった。
「ヘイクス城塞都市からの避難民も確かに居るが、その転移門を経由して脱出してくる騎士たちというのは何人ぐらいになりそうなのだ?」
ライナス伯は領主の顔で心配そうに尋ねた。どのように受け入れるかを考えているのだろう。
「ワーモンド侯爵夫人によると、ヘイクス城塞都市に居た騎士やその従士などを含めて2千人程が捕虜として連れ去られたらしいんだ。連れ去られて1年以上が経過しているので、状況はわからないが、生き残っているのが半数だとして千人。同じように芸術都市リオーダンやその他の街からも連れ去られた者がいるらしいので、それらを合わせるとかなりの人数になるかもしれないということらしい。王都である程度の食料や武装を調達したいっていう事で、ワーモンド侯爵夫人と宰相の間で交渉が行われている」
この後近日中にジュディが転移門呪文を使い、ワーモンド侯爵夫人と宰相をここに連れてくる予定であり、詳細は彼らが話すことになるだろうというのと、実際に、どれぐらいの人数が居そうか、どのような状態なのかによって、一旦王都に連れ帰ることにするのか、碧都ライマンで拠点を作るのか、場合によっては、ヘイクス城塞都市に直接転移する可能性もあるといった事を話した。詳細はマートの調査報告待ちになるが、碧都ライマン領主であるライナス伯爵に情報を流しておいて問題はないだろう。
「ふむ、そういうことか。了解した。我々もいつまでも背後であるラシュピー帝国側が落ち着いてくれないと動きにくい。そういう話は大歓迎だ。できる限りの協力はしよう」
そのようにしてライナス伯との話し合いは終わった。マートとジュディは碧都ライマンで部屋を借り転移の準備をした。準備と言っても、大したことをするわけではない。ジュディはここに一度戻ってこないといけない可能性が高いので部屋を借りて、その部屋の様子をきちんと憶えておく程度だ。
「じゃぁ、猫、行くわよ。前の丘の所で良いわよね」
「ああ、そうだな、城の中はさすがに危険だろ」
ジュディはマートの手を取った。
『転移』
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ジュディの呪文の声と共に、視界が少し歪む。一瞬周囲が真っ黒になり、次の瞬間には魔龍王城を望むことのできる少し開けた丘の上……。場所はたしかに見覚えがあった。だが、2人の目の前には、身長5m、緑色の肌をした巨人が5体、丸太を運んでいた。身体の色からして、おそらく 丘巨人ではなく 森巨人と呼ばれる蛮族だ。そして、その周囲に荷物を運んでいるリザードマンたち。丘の周囲にも多くの蛮族の姿があった。ジャイアントやリザードマンはこのあたりではあまり見かけない蛮族である。とはいえ、そんなことを気にしている場合ではなかった。転移してきた先は蛮族のど真ん中である。
「お嬢、敵だ」
マートは小さな声でそういうと、彼女を引き寄せ、背後に庇う。蛮族もマートたちの存在に気が付き、抱えた荷物を放り出した。
【爪牙】
【肉体強化】
「えっ?何?」
ジュディは状況が良くつかめない様子でマートの背中に身体を隠すようにした。再詠唱時間があるので、すぐ転移呪文は唱えられないだろう。
「ギャヒー!!」
森巨人が、マートたちのほうに地響きを立てて突っ込んできた。武器は持っていないが、おそらく体重は5トンを超える。掌だけでもジュディの胴体と同じぐらいのサイズがあるのだ。それでも、マートは一歩踏み込んで、一体目の 森巨人の拳を掴んで右にいなし、次の 森巨人の膝を正面から右から左に蹴る。ぐぎっとその膝は左に膨らむ感じであらぬ方向に曲がった。だが、3体目がさらに飛び込んでくるのを見て、マートは後ろに宙返りしてジュディのところに戻った。これ以上の突進を捌ききれない。
【飛行】
マートは、ジュディの手を取ると、両手で抱え、上に飛んだ。突っ込んできた3体目の 森巨人は、目標を見失ってその場でたたらを踏む。続けて4体目の 森巨人が、マートの足を捕まえようと、何度も空中で手を振る。
『痛覚』
「ギャヒー!!」
膝を砕いたのを除いた4体の 森巨人が悲鳴を上げ、一斉に足首を押さえた。丘の上、10m程の高さで、マートはジュディを横抱きにして、一息ついた。
「ふぅ、お嬢大丈夫か?」
驚いたままの顔のジュディがじっとマートを見つめた。しばらく間をおいてなんとか頷く。マートがにこりと笑った。
「オッケー、じゃぁ、反撃だ」
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