205 王家の予言
ライラ姫の侍女に勧められソファに座ると、マートとジュディは今回の話を確認した。特に齟齬はないようだった。
「マート様、今回の件とは少し違うのですが、相談したいことがあるのです」
今回の件を一通り話をした後で、ライラ姫は少し疲れた様子で言った。
「ん?構わねえよ。どうした?」
ライラ姫は、部屋に居た侍女や補佐官にも席を外すように指示をして、3人だけになるとソファに座り直した。周りを見回して大きく溜息をつく。
「戦争が終わって、最近は様々な動きが王城内でもあって、なかなか気が抜けません。侍女たちはともかく補佐官は魔術師ギルドから派遣されているのですが、彼らは前世記憶のあるものに対してまだ懐疑的です。実は邪悪なる龍は前世記憶に関わるのではないかと疑っているのですよ。私と宰相は秘密にしていますが、マート様に前世記憶があるというのも、なんとなく察しているようです。もちろん表面的には丁寧に話をしてくるのですが、ご用心ください」
ライラ姫の話にマートはなるほどとうなずいた。たしかに魔術師ギルドの推測は間違ってない。ライラ姫は話をつづけた。
「前回の魔龍王城での戦いで、私たちの騎士は魔法への抵抗力のなさを露呈しました。マート様のおかげでなんとか崩れずに済みましたが、3騎士団から選抜していた騎士候補、ビル、ハンニバル、マイクの真語魔法素質は共に2で、即死呪文は辛うじて抵抗できるものの、痛み呪文などには抵抗できず、かなりの危機に陥りました」
「やっぱり、あの三人は予言の騎士の候補だったのか」
「はい。現在、各騎士団から魔法の素質の高いものを探していますが、彼ら3人ほどの腕があり、かつ、魔法の素質が3以上の者となるとなかなか候補がおりません。実のところ、1等騎士ならともかく、2等騎士ではステータスカードを持っていないものが結構居るのです。場合によっては冒険者ギルドに協力を依頼して、魔法の素質と剣の素質を兼ね備えるものを探さなければいけないかもしれないと考えています。マート様はどう思われますか?」
冒険者で魔法戦士や神官戦士という存在はないわけではないが、数が多いわけでもない。マートの知り合いでいうと、アニスぐらいしか思い当たらない。シェリーやオズワルト兄弟はステータスカードをもっているのだろうか。あの魔道装置が稼働すれば、候補者が絞れるだろう。ライラ姫なら前世記憶を持つ当人でもあるし、言っても問題ないかもしれない。一瞬そう考えたが、ライラ姫の顔を見ていると、全く同じ顔のニーナは絶対に反対するだろうと思い直した。
「まぁ、良いやつもいるし、人それぞれだろう。ランクが高い連中に絞ればある程度は大丈夫じゃねぇかな。そのあたりは聖剣の予言ではなにも言ってないのか?」
「それは……」
ライラ姫は少し言いよどんだ。
「実は、王家に伝わる伝説では、聖剣の予言には、騎士や魔法使いの名前、邪悪なる龍の名前も含まれるはずだったのです。その名前の者の扱いについては慎重に、王家のものしかその予言は聞いてはならぬという言い伝えもあったそうです。私はその時、まだ魔術学院の生徒でしたので、参加できませんでしたが、予言の後に招集された会議はどうしたらよいのか判らず紛糾したと聞いています。表向き、このような話はできないので、マート様、ジュディ様 内密でお願いします」
なるほど、やはり予言については王家には伝承があったのか。そして名前は慎重に扱えとした、この聖剣の伝承を残した者には少しは良識があったのかもしれない。
「そうなんですね。紛糾したとは伺っていましたが、そういう話があったとは」
ジュディが思わず声を上げた。
「そうか。やはりそれについては、今の段階では何とも言えないな。魔法の素質が高い騎士か。騎士団長のライナス伯爵、エミリア伯爵、ロレンス伯爵といったあたりはどうなんだ」
マートの質問にライラ姫は首を振った。
「御三名様方も素質はそれほど高くありません。魔龍王国に狙われた時の事を考えて、魔法無効化の魔道具を念のためにお持ちいただいているほどです。しかも、あれを使うと強化や回復ができなくなってしまうので、諸刃の剣なのです」
「たしかにな。申し訳ないが、どうすればよいかという事に関して、俺も何もヒントとして出せる情報は持っていない。もし、そのような実力者をみつけたら紹介しよう」
正確にはいろいろと事情があって、出せないというだけだが、マートとしてはそう答えざるを得なかった。ジュディも横で頷いている。ライラ姫は二人の答えに小さなため息をついた。
「はい、お願いします」
「俺たちはこれから出発しようと思う。まずは碧都ライマンだな。そこからはヘイクス城塞都市に飛んで調査だが、場合によってはお嬢にはそこで魔術庁に戻ってもらって長距離通信用の魔道具で連絡を取ることになるかもしれない」
「はい、わかりました。気を付けていってらっしゃいませ。それと、マート様、今回の依頼が終わってからで結構ですので、たまには王都の自宅をご利用ください」
「ああ、わかった。ありがとな」
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ライラ姫に出発を告げた後、マートは珍しく転移装置を利用せずに王都から陸路で碧都ライマンを目指すことにした。これは、海の母から遣わしてもらった魔獣であるヒッポカムポスの性能を知りたかったからだ。馬としての姿は一般の馬より一回り大きく肩までの高さでも2メートルを超えており、これは、重種と呼ばれる重装騎士を乗せる特別な軍用馬の中に混じってもすぐわかる程の大きさだ。王都では人目も多いので、マートは徒歩で王都から1時間程歩いてから、このライトニングと名付けた魔獣、ヒッポカムポスをメダルから馬の姿に変えたのだった。
ライトニングは馬の姿では一般の馬と同じく飼葉や草を食べ、水を飲んだ。全速力で走る速度はその体重にも関わらず軽種の馬より少し早い程であり、なんとその速度で長い時間走り続けることが出来た。また、非常に賢く、言葉を解したので手綱をつかう必要もあまりないので、馬の上で弓を射ることも簡単にできたのだった。
そういった事を試しながらマートはフレア湖畔に設けられた砦を越え、ほぼ一日でハドリー王国との国境地帯にたどり着いた。この国境地帯はかつては、ブロンソン州として一面麦畑が広がる穀倉地帯であったが、現在では、多くの人間が戦争を避けて避難しており、道の所々に見張り台が設けられている他は何の手入れもされておらず、荒れ放題の野原が広がっていた。
ハドリー王国領に入る直前で、マートはライトニングの汗をきれいに拭いてやり、メダルに戻すといつものように飛行と幻覚呪文による透明化を併用して領内を進んだ。ハドリー王国占領下のブロンソン州は、かなり人影もまばらで、一部では人手が足りないのか、まだ刈り入れが終わっていない麦畑なども点在していた。そして、ブロンソン州の州都には、2年前と同じく犬と猛牛を模した騎士団の旗が掲げられていた。
マートは2日ほどかけて、空からハドリー王国の配置を見て回った後、碧都ライマンに入った。ジュディとの合流予定よりは3日ほど早いことになるが、変装して下町で過ごすつもりだった。最近は貴族としての生活が続いていて、たまには以前の気楽な生活も楽しみたかったのだった。
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