204 依頼成立
「さて、お嬢、こっちに来たってことは、宰相とライラ姫は前向きってことなんだろうな」
エバが飲み物を持って来て、クララと共に退出すると、マートは改めてジュディに尋ねた。
「うん、宰相とライラ姫は私と猫からの提案を聞くと、すごく喜んでくれたわよ。でも、すぐに難しい顔になった。そして、ワーモンド侯爵夫人といろいろと相談されたみたい。その結果、『国家間としての依頼として受けるのは難しいけど、個人として依頼を受ける分にはワイズ聖王国としてはそれを黙認する』ということになったわ。そして、ワーモンド侯爵夫人の依頼を、ぜひ冒険者マートとして受けてくれないかということみたい」
マートはジュディの説明に首を傾げた。冒険者として受けるのはよい?どういう意味だろう。不思議そうな顔をしているとジュディは詳しく説明を始めた。
今現在、ラシュピー帝国では、統制がとれていない蛮族を押し返すべく東部防衛線、西部防衛線から徐々に討伐を行っている。だが、国土に侵入した蛮族は数が多く、苦戦している現状にある。各地の貴族は当然自分の領地を優先してほしいと考えているが、ラシュピー帝国としては順番に解放を進めていくという方針で、ヘイクス城塞都市はその予定からするとかなり後の事となっており、ワイズ聖王国としても、ワーモンド侯爵領を先にというわけにはいかない。そのため、この依頼を国家として受けるわけにはいかない。
ただし、ヘイクス城塞都市を中心としたワーモンド侯爵領は、攻め寄せる蛮族たちに苦戦していたものの、ラシュピー帝国の中では精鋭がそろっており、もしここが先に解放されることになれば、ラシュピー帝国全土の蛮族からの解放についても、かなり加速することが期待できる。そのため、ワーモンド侯爵及びその配下たちを碧都ライマンまで救出し、そこであらたにヘイクス城塞都市解放騎士団を作るというワーモンド侯爵夫人の依頼を個人的にワイズ聖王国の冒険者が受けるということについてはそれを国家として禁止はせず、黙認することとする。といった事がやり取りされた。
「んー、国としては一人の侯爵に肩入れすることになるので表向きできねぇが、個人としてやる分には好きにしていいってことか」
「そういう事ね」
「黙認っていうのが気になるが、とりあえずワーモンド侯爵夫人が出してくれる報酬を聞こうか。そういう事なんだろ?」
「マートがヘイクス城塞都市から回収してきた財宝の半分。あと、魔弓を一張り。財宝の半分は私とマートで山分けよ。弓は使わないから、マートに譲るわ」
「あれはかなりあったぜ?っていうか、あれはワーモンド侯爵夫人が独り占めしてて大丈夫なのか?ほかの領地の分もあったんじゃねぇのかな」
「知らないわよ。宰相も了解してるから良いんでしょ」
マートは首を傾げたが、自分にはかかわりないことかと思い直した。どうせ使い切れる量じゃない。一旦預かってどうするか考えよう。
「魔弓っていうのはなんだ?」
「そっちは、あの有名なワイバーン殺しよ。あの高い城壁の上に立ち、襲ってきたワイバーンの群れを迎え撃ったという伝説の英雄が使っていた弓」
ワイバーン殺しの弓というのは、マートも聞いたことがあった。都市を襲ったワイバーンの群れをたった一人で次々と撃ち落としたという英雄の話だ。あれはワーモンド侯爵家、ヘイクス城壁都市の話で、彼が使っていた弓は魔法の弓だったのか。
「わかった。請け負う。具体的には何をしたらいいんだ?」
吟遊詩人に詠われるような伝説の武器と言われたら、一度は手に取ってみたくなる。マートは少し前のめりになって尋ねた。依頼内容としては、まず、碧都ライマンにジュディが行けるようにする。次に、ヘイクス城塞都市、今では魔龍王城となっている城塞都市を越え向こう側に連れ去られたという侯爵と騎士たちを探して救出、ジュディを呼び出して彼らが碧都ライマンに脱出できるように転移門を開くというのが依頼内容だということだった。連絡にライラ姫が持つ長距離通信用の魔道具はつかっても良いらしい。
「わかった。じゃぁ、明日王都に連れて行ってくれよ。王都から碧都ライマンまでは、一週間ほどかかるだろう。魔術庁に一応明日顔を出して、ライラ姫と話してから、出発することにしよう」
「うん、今回はどうするの?」
今回はどうするというのは、前回ヘイクス城塞都市に移動したのと同じような手法をとるのかどうかということだろう。もちろん、一週間後に海辺の家で待ち合わせでいいぜとジュディには伝えたのだった。
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家令であるパウルや家令補佐のライオネルたちに、またしばらく領地を空けると告げ、マートはジュディの転移呪文で王都にある魔術庁の塔に移動した。魔術庁の窓から見える庭ではミモザの花が咲き誇っており、ウィードの街ほどではないものの、初春を感じさせる陽気である。まだ冬のようなエルフの里、まるで夏のような海辺の家、この時期は、転移をする場所によって季節が異なっており不思議な感じだった。
マートはジュディと共に、転移用に用意されている部屋から出てライラ姫のいる魔術庁長官室に向かう。最近になって魔術庁庁舎内でも魔法無効化や存在感知の魔道具を使った警備がかなり強化され、転移につかえる場所はこの一か所だけとなっていた。もともとは近衛騎士団の兵舎として利用されていた塔だけに、かなり警備の厳しい建物となっている。ところどころに警備の衛兵が立っているが、マートとジュディに誰何する者はいなかった。
「マートとジュディだ。ライラ姫はいるか?」
マートは扉をノックして尋ねた。身分にはこだわらないマートだが、さすがに女性の部屋の扉をいきなり開けたりはしない。少しして扉があき、中から補佐官の男性が顔を出した。
「これはこれは、マート・ウィード子爵様。そろそろ来られるかとお待ちしておりました。ジュディ・アレクサンダー様もお疲れ様でございます。お二人ともどうぞ中に」
彼の案内に従ってマートとジュディはライラ姫の居室に入った。今まで、彼女の部屋に居たのは侍女だけだったが、最近は補佐官や警備の衛兵が付くようになったらしい。確かに必要なのかもしれないが、マートとしては何か堅苦しさを感じた。だが、彼らを出迎えたライラ姫のにこやかな表情は今まで通りで、少しほっとしたのだった。
「おはようございます、マート様。今回はジュディ様の提案に乗っていただきありがとうございました」
「ああ、まぁ俺にとっても悪い話じゃないからな」
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