199 メイスンの内政官
人魚たちとの宴会の翌日。マートたちは海辺の家から浜辺に戻り、メイスンの町への旅を再開した。マートは海の母からもらった魔獣ヒッポカムポスのライトニングが変身した馬に乗っている。灰色の普通より一回り大きな馬だ。今まで、彼は前世記憶の関係か、どの馬も怯えてしまい落ち着いては乗れなかったので、のんびり乗っていられるというのは非常に新鮮で嬉しかった。
人魚たちと出会った浜辺からメイスンの町に行く途中には黄色い花畑が広がっていた。その黄色い花をマートは見たことがあった。たしか、菜の花と呼ばれる花で、東方植物図鑑に載っていたはずだ。
「たしか食べれると書いてあったが、あまり保存はできなかったはずだ。こんなにたくさん植えてどうするんだ?」
マートは首をかしげたが、同行しているシェリーとアレクシアも首を傾げた。
「私もどうするかわからないが、きれいな風景だとは思う。皆に見せてあげたいものだ」
シェリーはそう答え、アレクシアも頷いた。そして、その畑の続いた先には、グラスゴーと同じく白い壁が特徴的な家々が並ぶ大きな町が見えたのだった。
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メイスンの町は、人口がおよそ千人に満たない小さな漁港の町だとマートはライオネルからそう聞いていた。だが、小さな漁港にしては、大きな市場が町の中心に開かれ、活気に満ちていた。
「えらく、にぎやかじゃないか。こいつはどうしたんだ」
マートはきょろきょろしながら、街の中に入っていく。気づいたのは、港には、グラスゴーでもあまり見なかった大きな船が停泊していることだった。町の中心には、おそらく政務館らしい建物があったが、そこも中は結構多くの人でごった返していた。
「どうなのでしょう。とりあえず政務館に行ってみましょう。マート様が来られるというのは既に連絡が来ているはずです。ここは内政官が1人、事務官が5人、衛兵隊が一個小隊赴任していると聞いています。内政官の名前はケルシーです」
アレクシアの言葉に、マートとシェリーは頷いた。宿屋はすぐに見つかったので、ライトニングはメダルにし、他の馬は預けて、3人は政務館に向かうことにした。政務館の中に入ると、マートはその受付に向かった。
「やぁ、ケルシーは居るかい?マートが来たって伝えてほしいんだが」
マートの言葉に、受付に居た女性は非常に驚き、何度もマートやシェリー、アレクシアの顔を見て目を丸くした。そして、立ち上がると3人にお辞儀をし、急いで奥の方に走っていったのだった。
しばらくすると、小太りのまだ若い男が中から小走りで出てきた。
「マート子爵様、お出迎えせずに申し訳ありません。内政官のケルシーです。数日前に連絡は来ていたのですが、到着にはまだ余裕があると思い……」
マートは大して問題はないとばかりに首を振った。
「いや、いいさ。しかし人が多いな」
「報告はグラスゴーのシートン様におこなっていたのですが、何も聞いておられませんか?数年前からこのあたりで沢山採れる小魚を肥料として、菜の花の栽培に着手しており、そこから上質な油がとれるようになりました。港湾都市レアードの商人と交易を今年はじめたばかりでした。町に人が多いのは、商人や、作物を売りたい地主たちが増えている所為だと思います。ただ、途中で魔物に襲われる船があって、ここしばらくは忙しくしていたのです」
港湾都市レアードというのは、ウィードの街から一週間程北西に行ったところにある都市だ。少し前までは王国直轄領だったが、2、3年ほど前にアレクサンダー伯爵領になったところである。メイスンの町とその都市とは船で交易を始めていたらしい。しかし、小魚が肥料になるとか、菜の花から油がとれるというのはマートも初めて聞いた。だが、魔物というのも気になる。マートはその魔物について尋ねた。
「このあたりの沖には、人魚が出没するのです。あと、ヒュドラと呼ばれる怪物がでたという噂もあります。どちらにしても、船による交易を邪魔する存在で頭を痛めているのです」
その話を聞いて、マートは肩をすくめた。シェリーやアレクシアと顔を合わせて、微笑む。
「そいつは、丁度よかった。今、その問題を片付けてきたところだ」
マートはそう言って、この町に来る途中で、ヒュドラを討伐してきた事、そして、人魚たちとは仲良くなったことを説明した。
「さすが、水の救護人とよばれる英雄です。感服いたしました。ということは、もう交易を邪魔する者はいないというわけですね」
「その通りだ。ただし、人魚たちとは仲良くしなきゃだめだぜ。対等の仲間だ。それをしっかりと認識して付き合うんだ」
そうマートは彼らに説明した。そして、半年に一度程度は領内を巡るので悪い事をすればかならず見つかるのだという事と、人魚とは仲良くする事を通達するようにお願いしたのだった。
「畏まりました。しかし、人魚と話ができるとは」
ケルシーというその内政官はしきりと感心した。
「将来的にはなんらかの交易もしてみたいものだな。だが、俺が行かないと会話できないのが問題だけどよ。それと、今、ウィードの街から真っすぐ南に行った海岸に村を作っているんだ。だが、漁業についてあまりノウハウがなくてな。こっちから、何人か人を派遣できないか?」
マートの質問にケルシーはまた目を丸くした。彼はそのあたりはまだまだ蛮族の支配下にあるのだと思い込んでいたらしい。マートはおおよそのこのあたりの地図を描いてやり、現在どのあたりまで開拓が進んでいるのかを説明した。
「なんと!それならば、港湾都市レアードまでわざわざ行かずとも、別の交易ルートが……いや、少し待ってください。マート子爵様、海流というのをご存知ですか?」
海流?マートは首を傾げた。ケルシーの説明によると、海には、水の流れというのがあり、魚などもそれに沿って回遊していることが多いというのと、湾内にはかなり速い海流が巡っており、それを利用すればかなり速く移動ができるのだということだった。
「マート子爵様、是非湾内にいくつか停泊地をお作りください。そうすれば、極めて効率的な流通経路が作れます」
ケルシーの言葉に、マートは首を振った。
「悪いが、俺に細かい事は解らねぇ。今、港街グラスゴーに居るライオネルとアズワルトに、同じことを言ってやってくれねぇか?」
読んで頂いてありがとうございます。
新領地編はここまでです。街道整備より先に航路整備に注力することになりそうです。
次は章が変わります。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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