193 グラスゴー大整理
歓迎のパーティは途中から、音楽を奏でる楽師と踊り子が加わり、どんどんと華やかになっていった。始まってから1時間程経った頃、アレクシアがどこからか戻ってきて、マートに何かを耳打ちした。そして、マートは軽く頷いて、マートは急に立ち上がった。それを見て、館の中は静まり返った。
「シートン殿、そして内政官、衛兵隊、そしてそれらを支えるみんな、歓迎ありがとう。皆の気持ちは嬉しく受け取った」
皆が拍手をする。
「今日から3日間、俺の就任を記念して内政官、事務官の仕事は休みとする。今日は、明日を気にせず騒ぎ、楽しむだけ楽しんでくれ。衛兵隊は全員休みというわけにもいかねぇだろうが、ウィードの騎馬隊の半分ぐらいには手伝わせるので、なんとか多めにやすめるようにしてくれ」
マートがそう言うと、歓声が上がった。多くの者が杯を片手に乾杯を繰り返している。だが、それから三十分ほどすると、シートンのところに何人かの事務員らしき男が行ったり来たりしはじめた。その後、青ざめた顔をしてシートンはマートの所にやってきたのだった。
「あの……マート様。事務書類をどこに運ばれたのでしょうか?」
言いにくそうにシートンはマートにそう尋ねた。
「ああ、さぁな、家令補佐のライオネルが何か言ってたが、俺はよくわからねぇ。でも、3日間は休みにしたから大丈夫だろう?ライオネルは3日後にはちゃんと元の所に返すって言ってたぜ」
「え?家令補佐のライオネル様がですか?」
マートは呑気そうに杯を手に取り、酒を飲んだ。
「ああ、あいつは元衛兵隊だったんだが、内政が得意でな。計算とかも早いんだぜ?書類が間違ってたりしたらすぐに見つけるんだ。ああ、思い出した。グラスゴーは海沿いだから、小麦がどれぐらいとれるのか、塩害がないのかとか、そんな事を言ってたな。たぶん、そのあたりの書類を突き合わせるのに持って行ったんだろ」
そこまで言うと、シートンの顔は強張った。
「まぁ、安心しなよ。ウィード領でも土地や気候の特質に合わせて、どういう農作物をつくるべきかとか、そういうのが得意でな。いろいろと提案してくれるはずさ。まぁ、間違いがあったとしたらついでに指摘とかもしてくれるだろうけどな」
「そ、そうですか。3日後には、その結果が?」
「3日後には書類を返さないと、困るだろう?だが、量が多いからぎりぎりになっちまうかもしれねぇな」
シートンは、わかりました。ありがとうございますと言って、深くお辞儀をして、マートの前から立ち上がった。そのまま歓迎パーティの会場から出てゆく。だんだんと小走りになって、館の外に出た頃には、もう走っているような状態だった。アレクシアが追いかけようと立ち上がったが、マートはそれを止める。
「逃がして良いのですか?軽く聞き込みをしただけでも、さまざまな悪い噂がありました。あの反応からして、どう見ても後ろ暗いところがありそうです」
アレクシアは小さい声でそう尋ねたが、マートは首を振って答える。
「俺は罪人をつくりたいわけじゃねぇからな。急ぐ必要はない。ただし、部下に罪をかぶせて殺すやつとかが居ないかは注意しないとだな。しかし、こんなあからさまな歓迎の仕方をして何も疑われないと思ってたのかな?」
「歓迎されるのが当然と思っている貴族が多いのでしょう」
「とりあえず、ライオネルや事務官たちの身辺警護だけは気を配っておいてくれ。しかし、問題がなさそうだったら、こんなやり方はせずに済んだんだがな。あーあ、ライオネルたちも大変だ」
三日間の調査が終わる前に、シートンは、家族と共にグラスゴーから姿を消した。そして、3人の内政官、8人の事務官、衛兵隊長を含む5人の衛兵が今までの罪をマートに申告しに来た。マートはその申告の内容と、調査結果をもとに、シェリーやアズワルト、ライオネル、アレクシアと相談したが、結局のところ、申告してきた者の大半の罪を罰金程度で済ませたのだが、他人を陥れたりといったどうしても許せない罪の者だけは、追放や強制労働刑などの罰を与えることになった。そして、申告のなかった者はその罪に応じて厳格に罰を与えたのだった。
「この結果は予想通りといえば、予想通りだったな」
政務館の一室に集まったメンバーを前に、マートは残念そうにそう言った。
「ここは辺境中の辺境といっても良いところだ。アレクサンダー伯爵領だった頃は、衛兵たちも花都からここに異動と言われて腐った奴も多かった。まだ、これぐらいで済んで良かったと言うべきかもしれん。衛兵隊は、1/3ほどが今回罰をあたえることになってしまったが、どうするかだな」
アズワルトが名簿を見ながら、シェリーとなにか相談をしている。
「再教育が必要だろうな。ウィードや他の村の衛兵隊と一部メンバーを入れ替えるしかないだろう。下手に解雇などして、犯罪に走られても困る。今までのウィード男爵領は、ほとんど新規の領地のようなものであり、希望者が集まっていたので、不正や犯罪はあまりなかったようだが、既存の領地を併合するとなると、このような問題が出てくる。今回はうまくあぶり出すことが出来てよかった」
ライオネルの話にみんなが頷いた。
「で、ライオネル。方向性を決めるのにどれぐらいかかりそうだ?まだ俺が居た方が良いのか?」
マートが尋ねると、ライオネルは伸ばし始めたあごひげをつまみながら、少し考えた。
「そうですね、物産などを考えてもやはりウィードとの街道を拓くのは必要です。マート様の懸念にそれらの状況を含めて狼煙台の設置などの策定には二週間ほど掛かることになりそうです。農作物の生産量を見る限りではやはり、麦などの出来はかなり悪く、現状の産業は製塩業にかなり比重を置いているようですが、これもブロンソン州で行われていた干潮を利用した方式を取り込むなど改善の余地は多分にあります。これらを改善し、余剰となった労力を、防風林などを設置して綿の生産に……」
彼の説明はまだまだ続き、マートは粘り強くそれを聞いたが、総合すると、2週間ほどはまだ居る必要があるという事らしかった。
「じゃぁ、その間しばらくは新領地内をめぐってこよう。ここの指揮はシェリー、任せていいか?」
マートの言葉にシェリーは顔をしかめた。
「マート殿が領地を回られるのであれば、護衛が必要だ。今回の功績から考えても、ジュディ様とマート殿の暗殺を魔龍同盟の残党やハドリー王国が狙ってくる可能性は十分にある。マート殿は一昨年末のハドリー王国親衛隊による暗殺の企みをもう忘れられたのか?」
マートは頭を掻いた。たしかにあのケルベロスやオルトロスの前世記憶を持っていた連中に急襲されて絶対に無事であるとは言い難い。ただ、テシウスを倒した彼に安易に暗殺者を送り込む可能性も低いのではないかとも思っていた。
「わかった、じゃぁ、アレクシアを連れていくことにしよう。それでいいだろう?」
横で控えていたアレクシアは顔に喜色を浮かべたが、アズワルトとライオネルは顔を見合わせ、慌てて立ち上がった。
「騎馬隊のほうは、私が見ますので、できればシェリー殿もお連れください」
アズワルトの言葉に、シェリーは嬉しそうな顔をした。
「まぁ、わかった。じゃぁ、シェリー、アレクシア、久しぶりに3人で行くか。ライオネル、アズワルト 任せたぜ」
読んで頂いてありがとうございます。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




