191 祝いの宴
ワイズ聖王国王城の大広間には主役である魔龍王国討伐隊の面々の他、伯爵以上の高位貴族、騎士団や各庁の主だった者が集められ魔龍王テシウスを討伐した祝勝パーティが催された。ここ一年の間、ハドリー王国に攻められ、ずっと暗い話しかなかったワイズ聖王国にとっては久方の明るいニュースである。
主役はもちろん討伐隊の隊長であるライナス伯爵であるが、魔龍王テシウスを直接手にかけて倒したマート、今回の奇襲を実現させた功労者であるジュディなど、他の討伐隊の面々も話題の中心であった。
「よくやってくれた。ライナス伯爵、そしてウィード男爵、アレクサンダー伯爵令嬢ジュディ。これでラシュピー帝国が盛り返してくれれば、ハドリー王国とも十分対抗できる。エミリア伯爵率いる第2騎士団、ロレンス伯爵率いる第3騎士団の力を疑うつもりは毛頭ないが、これで両騎士団ともに戦略の幅が広がり、すこしは楽に戦いが進められるであろう」
宰相をつとめるワーナー侯爵が頷きながら周りに居る貴族たちに上機嫌にそう話をした。
「そうですな。これでハドリー王国が戦争をしかけてくることはないでしょう。ラシュピー帝国と協力して蛮族の討伐に励めましょう」
そう言ったのはアレン侯爵だった。金髪の長めの髪を綺麗に後ろに撫でつけ、優しげな男だ。年は30代前半といったところだろうか。彼は以前より戦争には消極的で、ハドリー王国の侵攻の際には真っ先に和議を行うべきだと唱えていた人物と言われている。アレクサンダー伯爵とは領地を接しており、ジュディの姉、ティファニーは彼の第3夫人である。
彼の楽観的な言葉を聞いて、エミリア伯爵などは露骨に嫌な顔をした。だが、アレン侯爵家はワイズ聖王国内では宰相を務めるワーナー侯爵家と並んで巨大な領地を持つ大貴族であり、頭から否定するわけにもいかないようだった。場所によって微妙な空気が流れた。
一部でそういうやりとりはあったものの、パーティは賑やかに進んだ。マートは良く知らない貴族たちにも盛んに声をかけられ、魔龍王テシウスの強さや戦いぶりがどうだったのかと何度も聞かれてすっかり疲れ、後半は王城の目立たない隅に移動して酒を飲んでいた。
「お疲れですね。マート様」
目ざとくライラ姫は彼を見つけて近寄ってきた。
「ああ、誰かよくわからねぇ奴と話すのは余計神経を使うから疲れる」
「皆、マート様の武勇伝を聞きたいのですよ」
「そんなものかね」
「本当にありがとうございました。ライナス卿やジュディ様からもいろいろと伺いました。特に最後、ブライアン、クローディアといった魔法使いたち、魔法と毒針などの魔獣スキルの連続攻撃には皆対抗できませんでした。そして、その二つに加えて魔龍王テシウスに対応できたのは、今回の討伐隊ではマート様だけです。マート様がいらっしゃらなければ我々は負けていました」
マートは首を傾げる。
「そうかねぇ、まぁ、ちょっと魔法への抵抗力は少なかったかもしれねぇが、あれはたまたまだと思うぜ。 俺にしてもテシウスを倒せたのはライナスが命を捨ててまで片腕を潰してくれてたからだ」
「謙遜されても困ります。戦いで最後に立っていたのはテシウスとマート様の2人だけです。そして、マート様が生き残られた。これが逆であれば、我々は最大の戦力を失い、かつ、テシウスやオーガナイトたちは蘇生されていたことになったでしょう。もしそうなっていれば我々は希望を失っておりました。すべてはマート様、あなたのおかげです」
マートにそっと身体を寄せてきた、マートはあわてて距離を取ろうとしたが、彼女はマートの腕をかるく抑え耳元で囁いた。
「呪術魔法の即死呪文、私はまだ習得できていないのです。即死呪文とは、どのようなもので、どれぐらい抵抗できるものなのでしょうか?」
呪術魔法に関する話か、それならパーティが終わってからにでもすればよいのに待てなかったのか、最初、マートはそう思ったが、たしかに気が急いたのだろう、クローディアは逃がしてしまったし、暗殺対策が必要かと考え直した。
「即死呪文は呪術魔法で★5になったときに習得できる呪文だ。だが、非常に抵抗されやすく、相手に魔法の素養が1あれば、かなりの確率で、2あればほぼ抵抗できてしまう。ライラ姫なら大丈夫だろう」
「そうなのですね、なら陛下は大丈夫だわ、でもチャールズは」
チャールズと言うのは今年6才になるライラ姫の弟で、このワイズ聖王国ただ一人の王子のことだ。彼は魔法の素養がないのか。それともまだステータスカードで確認していないのか。
「我が夫殿と姫は親密だという噂は真であったようだな」
顔を寄せ合って話す2人の横にエミリア伯爵がやってきた。今日は軍人ということなのだろうか、ドレスではなく、騎士としての正装だ。
「あ、いえ、少し内密に相談したいことがあっただけですわ」
ライラ姫は微笑みながら身を離した。エミリア伯爵とライラ姫は視線を合わせ、じっと見つめあっている。
「そうか、我が夫殿が、美人と密会の約束でもしているのかとつい尋ねてしまいました。続けてもらっても結構ですよ」
エミリア伯爵がニコニコと笑顔を浮かべた。
「いえ、もう大丈夫ですわ。今回の功績の褒賞について尋ねていたのです。マート様の望みは何ですか?何でもおっしゃって下さいませ。どこまで応えられるかわかりませんが、全力で努力させていただきます」
ライラ姫もそう言ってにっこりと笑う。
「なんでもって、一国の姫がいう言葉じゃねぇと思うんだがな」
2人のタイプの違う美女が微笑みあっている間で、マートは相変わらずのマイペースでそう言った。
「それだけの価値が今回の勝利にはありましたわ。宰相様はあなた様の希望がわからなくて不安で夜も眠れないほどですのよ」
「俺も買い被られたもんだ。領地も貰った。もらった名誉のおかげで、孤児や俺みたいに身体的に異常のある連中も救われつつある。とりあえず楽しく飲んで過ごせるほどの金もある。今の所、それで十分なんだがな」
マートの言葉に、ライラ姫とエミリア伯爵は力が抜けたようで2人して肩をすくめた。
「ふふふ、我が夫殿は相変わらずのようだ」
「困りましたわ。では、マート様は、碧都ライマンを自分の領地にしたいとは思われませんか?」
「へ?」
ライラ姫の唐突な質問にマートは意味が解らず首を傾げた。碧都ライマンと言えば、ラシュピー帝国に属する都市のひとつであり、以前のハドリー王国との戦いでは、ライナス伯爵が進行してきたハドリー王国第一騎士団を罠にかけて壊滅させ、第一王子を捕虜にした戦いの舞台でもある所だ。魔龍王国との戦いでも、防衛戦の重要拠点となっていたはずである。そのまま蛮族を退治できれば内海にも出ることができる。
「実は、魔龍王テシウスを討った事の見返りに、ラシュピー帝国から、碧都ライマンおよびオルガ河北岸一帯をワイズ聖王国に割譲していただけることになりそうなのです。かの国はこれで亡国の憂き目を逃れられそうなのですから、これでも安い話でしょう」
「なるほどな」
「再びハドリー王国と戦う際には戦略上重要な拠点であり、前回のように孤立してしまう可能性もある危険な場所でもあります。ですが、オルガ河を下れば内海にも出ることができ、一帯は、ブロンソン州と隣接していていることからも想像できますとおり、穀倉地帯として非常に豊かな土地でもあります。もとより我々はハドリー王国と戦争になった時に、ラシュピー帝国がこの地を守り切れるのか不安視しておりました。ここを任せるのは、余程信頼できるものでなければなりません」
ライラ姫の言葉に、マートは感心しながら頷いた。エミリア伯爵も横で頷いている。
「私は、マート様ならこの都市を預けられると思うのです。おそらく今回の褒賞でマート様は子爵に推挙されるでしょう。碧都ライマンを所領にということになれば、現在のウィードの街は返上していただくことになるかもしれませんが、その見返りは十分にあるほどの豊かな土地、その規模は侯爵領の主都としても遜色のないほどでもあります。受けて頂けませんか?」
マートは急いで首を振った。
「いやいや、勘弁してくれ。ブロンソン州からの避難民は確かに引き受けたが、それは領地が沢山ほしいからじゃなくて、苦労してる連中を助けようと思っただけだ。男爵になるときに出した条件はライラ姫も知ってるだろう?今のウィードの街だけでも十分なんだ」
「我が夫殿、気持ちは解るが、何も受け取らぬという事になれば、他のものに対する褒賞とのバランスがおかしくなってしまう。今回の褒賞で、ライナス殿には現在空席の第一騎士団の団長についてもらおうと考えている。だが、それより功績のあった我が夫殿が、褒賞なしでは困るのだ。せめて街一つ拝領し、昇爵して子爵といったところまでは受けてほしい」
エミリア伯爵がライラ姫に助け船をだした。ライラ姫もエミリア伯爵の言葉に頷く。
「昇爵って、子爵にか?まぁ、それ位なら良いぜ、男爵と子爵ならあんまり変わらねぇだろ?」
マートの言葉に2人は苦笑した。エミリア伯爵は、マートの隣に座り、自分の持っていたグラスを渡す。
「他の貴族連中にそのような事を言うと怒り狂うであろうよ。彼らは先祖代々爵位を守るのに必死なのだ。どうだ、それより騎士団に入ってくれぬか?そなたなら、どこの副騎士団長でも周りは納得するだろう」
マートはそのグラスを受け取り、一口飲んだ。
「騎士を指揮なんて、とても無理だ、よくわからねぇけど、街一つ、子爵だけで勘弁してくれ。あとは、俺だけじゃなく、調査情報部門やほかにも目立たないところで働いていた連中も十分に報いてやってくれ」
ライラ姫とエミリア伯爵は顔を見合わせて頷き、期せずしてほぼ同時にため息をついた。
「エミリア伯爵様、後ほど、ご相談があるのですけれど」
ライラ姫はマートの手のグラスを取り、新しいグラスを彼に渡した。マートは渡されるままにそれを受け取る。
「奇遇ですね、ライラ姫、私もですよ」
エミリア伯爵もにっこりと微笑んでそう答える。マートはあえて気にせず、再び酒を口に運ぶのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
エミリア伯爵とライラ姫とは何やらご相談があるみたいです。なんでしょうねー(((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
次は章が変わります。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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