182 倉庫潜入
「これで、300回か、かなり運べたな」
マートは思わずそう呟いた。彼は古都グランヴェルに溜め込まれた蛮族の倉庫から、手持ちのマジックバッグをフルに使って食料を運び出し、ニーナと手分けしてヨンソン山にある温泉地に積み上げていた。
最初はマジックバッグに詰め込めるだけ詰め込んで焼き討ちするかと思っていたのだが、倉庫の警備が手薄であったのと、あまりに大量であるので惜しくなったのだ。そのため、すぐ近くの地下廃墟に開いていた魔法のドアノブを引き抜き、改めて蛮族の倉庫に忍び込みなおして、一番奥の壁にドアノブを差し込んだのだった。今まで試したことはなかったが、魔法のドアノブは開いた先で引き抜くことは出来るが、引き抜いてしまうと元の場所には戻れず、魔法のドアノブは登録した先にドアを開けるという機能しかないようだった。倉庫棟に運び込もうと思ったマートはあてが外れ、屋根がないので雨などを不安に思いつつ、ヨンソン山にある温泉地に積み上げることにしたのだった。
空になったマジックバッグをニーナから受け取ったマートは、積み上げられた穀物の山をマジックバッグに回収しながら倉庫に近づいてくる足音に気がついた。マートは急いで、幻覚呪文でかなり空きの目立つ倉庫の中をカモフラージュし、自分の姿も隠す。
倉庫の鍵を開けて、ヒル・ジャイアントが5体と、リザードマン達が中に入ってきた。それぞれ、背中に荷物を背負っている。ヒル・ジャイアント自体が身長5mほどあるので、彼らが運んでいるのはかなりの量である。指揮しているのはリザードシャーマンとよばれる呪文が使える種類のリザードマンだった。彼はヒル・ジャイアントに指示して、荷物を空いている場所に積み上げさせた。手下のリザードマンたちも、荷車から荷物を下ろし始めた。
途中でニーナが魔法のドアノブを通って帰ってきたので、扉を閉じてドアノブを引き抜いてもらう。顕現していたのは1時間程だが、この状況で顕現を解除するのは危険すぎるとマートは判断した。
「どうする?向こうはもうかなり一杯だよ。そろそろ切り上げてもいいんじゃない?」
ニーナは、マートに近づき、小さな声で囁いた。彼女は新しく作った鎧を身につけていた。黒いしなやかな魔物の革をベースにミスリルで補強したそれは、全く物音がしない。流石にドワーフ製の鎧というところか。きちんと彼女の要望どおり顔は仮面で隠されている。
「そうだな。残ってるのは腐りかけた肉とかが多いし、連中が居なくなったら焼き払って退散するか」
「えー、ヒル・ジャイアントと殴りあいたいな」
「わざわざ遊ばなくてもいいだろ。我慢しな」
マートたちは静かにヒル・ジャイアントたちの作業が終わるのを待った。ヒル・ジャイアントとリザードマン達はリザードシャーマンの指示に従って荷物を積み上げ終わった。最後にリザードシャーマンは何かを呟き、そして、マートとニーナが隠れているところを指差した。
「ギャギャギャ……!」
リザードシャーマンが何か叫んだ。
「やばっ、魔法感知か?見つかったみたいだな。しかたねぇ、ニーナ遊んできてくれ。その間に俺は焼き払う」
「わかったよ」
表情は判らないものの、嬉しそうな声でニーナはそう答え、隠れているところから立ち上がった。
「ギャヒー!!」
5体のヒル・ジャイアントたちは雄たけびを上げた。拳を構え、石畳を蹴ってニーナの居る方向に我先にと突進してくる。
“ヴレイズ、姿を現せ”
マートは、炎の精霊のヴレイズを召喚した。マートの前に、ヴレイズは姿を見せた。体長は1m程、翼を生やし宙に浮かんでいる。ヴレイズの周囲の気温が急上昇した。
「ヴレイズ、俺とニーナに耐熱の呪文を。その後は、この倉庫の中を焼き払ってくれ。邪魔する相手は倒してもいい」
ヴレイズの戦闘能力は泉の精霊のウェイヴィと違い、決して低くはない。そして、空を飛び、炎を放つ彼に対して、ヒル・ジャイアントなどは石を投げる程度の攻撃しかできないだろう。
「わかった。マートよ」
『耐熱』
マートとヒル・ジャイアントに向かって駆けているニーナの全身を黄色い光が覆った。ニーナはすでに肉体強化と爪牙を発動しているらしく、一歩一歩石畳を蹴るたびに、その部分がへこみ、抉れていた。ニーナはその勢いのまま、一気に飛び上がる。ヒル・ジャイアントたちの突進は、激しい地響きと共に進んできた。
<崩撃> 格闘闘技 --- ダメージアップ
ニーナは先頭を走るヒル・ジャイアントの頭に膝をめり込ませた。飛行スキルを使ってくるくると回転しながらそのまま斜め上に跳ぶ。
マートはベルトポーチのマジックバッグから取り出した弓を構え、リザードマン達に矢を放つ。
<射雨> 弓闘技 --- 面攻撃
リザードマン、そして指揮をとっていたリザードシャーマンの上から矢が降り注いだ。半分以上のリザードマンがその矢に貫かれ倒れた。矢を剣で払い、リザードシャーマンがその攻撃で姿が見えたマートを睨みつける。
『*@#$』
リザードシャーマンが何かをマートに唱えたようだったが、マートには効いていない。ドシンとニーナの膝で柘榴のように頭を割られた一体のヒル・ジャイアントが倒れた。ニーナはその倒したヒル・ジャイアントのすぐ後ろを走っていた別のヒル・ジャイアントの頭を両手で掴み、今度は地面方向に飛ぶ向きを変えた。ヒル・ジャイアントの足は宙に浮き、仰向けになってその後頭部を石畳に叩きつける。
炎の精霊のヴレイズは、踊るように何度も跳ね、そのたびに飛び散った炎は倉庫にあった荷物を一気に燃え上がらせた。黒い煙が倉庫の中に充満し始める。
<貫射> 弓闘技 --- 装甲無効射撃
マートの矢は、次の呪文を唱えようとしているリザードシャーマンの胸に突き刺さった。そのままリザードシャーマンは後ろに倒れる。指揮役のリザードシャーマンが倒れ、残った蛮族たちも何をしてよいのか判らなくなったようで、叫びながら倉庫を飛び出していく。
「よし、引き上げだ」
もう消火されることはなさそうだと判断したマートは、そう言って、倉庫の中にかけていたカモフラージュの幻覚を解き、魔法のドアノブで倉庫からヨンソン山にある温泉地に逃げ出す。ヴレイズもその後を追い、最後にニーナが抜け出す。ヨンソン山の温泉地側からドアノブを引き抜き、撤収は完了した。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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2021.2.12 わかり難い表現になってしまっていましたので変更しました
ニーナ、ヴレイズもその後を追った。 →
ヴレイズもその後を追い、最後にニーナが抜け出す。ヨンソン山の温泉地側からドアノブを引き抜き、撤収は完了した。




