179 付近調査
誤記訂正 2021.3.30 碧都ヘイマン → 碧都ライマン
マートはシェリーたちに家を頼んで、王都から真っ直ぐ北に飛んだ。ジュディからの依頼はヘイクス城塞都市近辺まで行った実績を作りたいということだった。マートの能力からすると4日程飛ぶだけで可能だが、魔獣扱いされたくない彼は2週間ほどで到着したということにするつもりだった。それにかこつけて、自由に旅をしたいという思いもあったのかもしれない。マートは久しぶりにわくわくしながら、以前、碧都ライマンに行く途中でみつけた研究施設で、時間がなくて調査しきれていなかったところがあったのを思い出し、一路、そこを目指したのであった。
半日飛行して、夕方にはマートは研究施設らしき場所に無事到着した。以前、魔法無効の魔道具を使ったせいで崩れ落ちてしまったままの廊下側から、少し広い部屋に入る。そこに設置された転移装置をつかって、前回と同じように倉庫棟に転移した。
倉庫棟は、相変わらずガラクタが山と積まれたままだ。マートは前回と同様に、小さい窓を変身呪文を使って抜けると外に出た。かなり寒いが、空は綺麗に澄みわたり夕日が垂直の岩壁を照らし眩しいほどだ。風は強く、油断すると身体が飛ばされてしまいそうだ。
『耐寒』
泉の精霊のウェイヴィに耐寒の呪文をかけてもらい、マートは飛行スキルで高く飛びあがった。南側は東西に尾根が続いており、北側には平野が広がっている。知っている景色とは全く当てはまらない新しい場所だ。あたりは少し暗くなり、北側の平野には遠くにいくつか明かりが見えた。
街だろうか?マートは警戒しながらそちらのほうに飛ぶ、近づくとゆっくりと降下し1キロほど手前に着地した。周囲は農地のようだったが、完全に雪で覆われており、歩くと膝あたりまで埋もれてしまう。いままで、これほどに積もった雪をみるのは初めてだったマートは、少し歩いてその移動のし難さに閉口し、飛行スキルで雪の表面ぎりぎりに宙に浮かんだままで進むことにした。
明かりは果たして集落のようなものだった。その中心に造りが粗い家が1軒建っており、その周りには土で盛った塚のようなものが沢山あった。マートは幻覚呪文で自分の姿を隠し、注意深く近づいていく。村の中心の家の周りには小柄な緑色の肌や赤い肌の蛮族の姿があった。ゴブリンだ。村の中心の家を順番に訪れている様子である。その立派な家の扉の前にはなんと人間の姿があった。
その人間は、なにか粒状のものをゴブリンたちが差し出す椀に入れてやっていた。ゴブリンたちは、それを受け取ると、塚の様に掘られた洞窟に帰っていくのだった。マートはその粒をじっと見つめた。おそらくライ麦か大麦のように見えたが、その量は1体分にしてもかなり少ないように思えた。
マートは姿を隠したまま中心にある家に近づいた。屋根に上り夜が更けるのを待つ。ゴブリンたちが塚のようなものの中に帰り、家の明かりが消えるのを待って、マートは家の中に忍び込んだ。
中には3人の人間が眠りについていた。1人はゴブリンに麦を与えていた男だ。年齢は30代前半だろう。小太りで、顔の半分に緑色の鱗があり、明らかに前世記憶があると判る容貌だった。のこる2人は女性で、男よりは若い感じである。前世記憶がありそうな外見ではなかった。マートは首を傾げた。彼はこんなところで何をしているのだろう。蛮族の前世記憶があるのであれば、蛮族と会話はできるのかもしれないが、3人がゴブリンに襲われない理由はわからない。
【毒針】 -睡眠毒
『記憶奪取』
マートはいつものように睡眠毒で念押ししてから、呪文で記憶を奪った。外に居るゴブリンは何者かを思い出す。男の記憶では、ゴブリンには最低限の穀物を与えて生かしておくのだと考えていたようだった。脅威にはあまり感じていない。雪が解けたら、外の畑を耕させる。収穫した麦は、近くの倉庫に納めにいかせる。その男はゴブリンが好きではなかった。出来るだけ働かせて麦を作らせる相手。鞭なども良く使う。たまに魔人仲間がやってきて、その魔人仲間が連れてきているオーガやオークが遊びでゴブリンたちを殺したりする。
“ゴブリンを家畜みたいに使ってるんだね。オークやオーガたちがバックに居るから、この男は襲われないってことかな”
ニーナがそう言う。マートも同じように感じた。ここに来たときの事を続けて思い出してみる。ああ、やはりこの男は魔龍同盟のメンバーだった。それも、この男を誘ったのはリリパットだった。男はラシュピー帝国、芸術都市リオーダン出身だ。鱗と同じように、魔龍同盟にちょっと働くだけで後はうまいものを食って、飲むだけの生活ができると言われてこの地に来たのだった。そして、蛮族語が話せることを利用され、ここでゴブリンたちを働かせて麦を作るという仕事をさせられていた。一緒に暮らしている女たちはヘイクス城塞都市から攫われてきていたが、今ではこの男の妻になっていた。この男の記憶からすると、マートが以前に見つけた山越えのルートを使い、そこから馬車で10日程揺られてこの地についたらしい。男は食料と酒、妻が2人与えられ満足している様子だった。
“ホブゴブリンの前世記憶があるサルバドルが蛮族が増える様にゴブリンに耕作を教えたって言ってたけど、こういう仕組みだったんだね”
ニーナがそうマートに呟いた。
“ゴブリンとか繁殖力の強い蛮族にこうやって耕作させて増やしてたってわけか。そりゃ、どんどん襲ってくるわけだ”
“どうする?さくっと退治しちゃう?”
“どうせ、ここだけじゃぁねぇだろ。場所を確認だけして、報告できそうならライラ姫には教えてやろうぜ。あとは出来れば溜め込んでる麦は頂いて帰ることにしよう”
“そうだね。ゴブリンばっかり殺してもつまんないしね”
マートは記憶を男に返して外に出た。山越えして馬車で10日となると、城塞都市ヘイクスの西である可能性が高い。そう考えたマートは、山を右側に見ながら、東と思われる方角に飛びはじめたのだった。
マートがしばらく飛行すると、粗末だが大きな建物があり、雪に半ば埋もれていた。男の記憶にあった穀物の倉庫だ。誰も居る様子がない。建物の中もからっぽだった。調べた感じだと、収穫の時期だけ修復して使っているような感じだった。途中にも同じような集落はあったが、人が暮らしているような街や村のようなものは見当たらず、ヘイクス城塞都市の北側はずっと同じような感じなのかもしれない。それであれば、ここに集められた穀物はヘイクス城塞都市に運び込まれているのかもしれなかった。
それ以上の捜索は時間がかかりそうだったので、マートはそこで取りやめ、その日は倉庫棟に戻ったのだった。
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次の日、マートは倉庫棟と呼ばれるところに残った転移装置を調べなおした。以前は、合言葉が必要で起動できなかったのだが、ここの倉庫棟に残された机の中に有ったメモ類を調べて貰った結果、簡単な操作方法や合言葉が書かれた紙がみつかったのだ。元魔龍同盟の12人が協力して翻訳してくれた成果だ。
「瞬間移動装置起動」
マートの言葉に、以前は起動できなかった方の少し高くなった場所の床に描かれた円の縁が赤く点滅した。
“エネルギーが不足しています。補充してください”
不思議な念話がマートに届いた。おそらく装置からなのだろう。エネルギー不足というと魔石か。マートはベルトポーチになっているマジックバッグから魔石を取り出した。点滅している床に押し当てる。赤がオレンジ色に変わり、魔石は砂に変った。
“エネルギーが不足しています。補充してください”
1個では不足だったらしい。マートは新たな魔石を取り出した。再び点滅している床に押し当てる。光っている色が少し黄色味を帯びたところで、魔石は砂に変った。
“エネルギーが不足しています。補充してください”
「いくつ使うんだよ……」
マートは思わずそう呟いたが、当然返事はない。同じようにしてマートは魔石を押し当てる。点滅している光が緑色に変るまで結局20個ほどの魔石をつかったのだった。
“エネルギーが充填されました。起動確認中……起動確認中……障害物を探知。撤去します。……障害物を探知。撤去します”
マートはよくわからないまま、しばらく待った。
“移動先が確保されました。利用可能です”
マートは丸い円が描かれた床の上に立った。
“パスワードを仰ってください”
マートは渡されたメモを取り出して、読み上げる。
「PASS314159265359」
“認識しました。転移先を仰ってください”
「登録されている転移先を教えてくれ」
“登録されている転移先は、中央転移公共地点のみです”
「では、中央転移公共地点へ移動」
マートの姿はその場から掻き消えた。そして、次の瞬間、マートが居たのは土の匂いの濃い、真っ暗な空間だった。
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