175 エミリア伯爵のパーティ
誤記訂正 2021.1.29 エミリア様 → エミリア伯爵
「よく来てくれた。我が夫殿」
年末も近づいたある日、マートは、エミリア伯爵邸で行われたパーティに出席していた。招待状が届いたときには、行くべきか迷い、しばらく保留にしていたのだが、彼女の補佐官であるメーブが、貴族同士の付き合いとして気楽においでくださいという連絡をくれたので、出席することにしたのだった。
「ご招待ありがとうございます。エミリア伯爵」
マートはいつものように少し芝居じみた感じでお辞儀をした。今日のエミリア伯爵は黒をベースに、ところどころ銀色と紫色の装飾の施された大人の色気を感じさせるドレスだった。彼女はマートを見てにっこりと微笑んだ。
「エミリア伯爵とは、また他人行儀ではないか。エミリアと呼んでくれても良いのだが……いやいや、無理強いはすまい。今日のパーティでは第2騎士団の者も多く来ている。皆そなたには感謝しているのだ。ハンニバル卿、よろしく頼むぞ」
エミリア伯爵が声をかけると、銀髪の男が軽くマートに礼をした。以前アレクサンダー伯爵領南部で蛮族討伐をした時に参加していた騎士だ。
「こちらにおります。マート様、お久しぶりですね」
「ああ、ハンニバル卿、お久しぶりでございます」
「今日のパーティではご一緒させてください」
貴族の知り合いが少ないマートにエミリア伯爵は配慮してくれたらしい。マートとしては嬉しい配慮だ。彼の案内で、第2騎士団のメンバーや他にもエミリア伯爵の領内の男爵や1等騎士たちと話をしている間に、いつもなら、非常に長く感じるパーティの時間はあっという間に過ぎていった。
「そういえば、マート様は新しく領地を賜ったとか。新しく人を雇われる余裕はございませんか?」
ハンニバル卿からそう尋ねられ、マートは頷いた。
「今度、屋敷を賜ることになって、実は人は探しているんだ。あとは、領地のほうもまだ足りてねぇ。未開拓のところもあるから条件次第ではいくらでも人手は欲しい感じだよ」
「そうなのですか?実は知り合いでブロンソン州からの難民が結構いるのです。余地がありましたら是非お願いしたい者がおります」
「ウォレス侯爵家から没収された土地とかで補填されたと聞いてたが、十分じゃなかったってことか」
「男爵、騎士などはかなり配慮していただけているのですが、残念ながら身分の低いものには苦労しているものが居るのです」
「そうか。うちの屋敷は判るかい?1等騎士でシェリーというのが居るから、彼女宛に相談してほしい」
「ああ、アレクサンダー領の姫騎士ですか。そういえば、彼女はマート様の配下になったとか。今は王都に居られるのですか」
「へぇ、シェリーも有名人なんだな。ああ、王都に居る。貴族街9番通りだ」
「マート様程ではありませんが、彼女には騎士仲間では隠れて熱烈なファンも居るようですよ。ああ、貴族街9番通りというと、ライラ姫が改築させたというところですね。マート様にかなり肩入れされていると伺っておりましたが、わかりました。また、連絡させていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
そういった話をしていると、来客たちの相手をしていたエミリア伯爵が再びマートの近くにまでやってきた。
「我が夫殿、あと1人そなたには会わせたい客が居るのだ」
エミリア伯爵はマートの呼び名を変える気はないらしい。マートが頷くと、彼女が案内してくれたのは、年の頃は10代後半といったところだろうか。栗色の長い髪をし、少し垂れ目なのが印象的な一人の女性の前だった。
「彼女の名前は、リサ。はるかダービー王国から来られた姫君だ。リサ、彼はマート男爵。今王都で水の救護人という名で知られている」
「初めまして、リサ姫」
マートは跪き彼女に礼をした。彼女も礼儀正しく礼を返したが、顔は伏せたままだ。
「彼女は我が国に外交の使者として来られていてな。だが、わが国がハドリー王国と戦争を始めてしまい、帰るに帰れないという状況になっているのだ」
「なるほど。悲しい事にラシュピー帝国の内海側も蛮族の手におち、ダービー王国への航路は塞がれておりますね」
マートは懸命にそう喋る。
「そうなのだ。碧都ライマンから北オルガ河を経由すれば内海に出れないわけではないというが、安全が保証できぬのだよ。我が国としても申し訳ないが、滞在を続けていただいている。今日は少しは気晴らしになればとこのようなパーティに連れ出しては見たのだが、騎士連中は無骨なものばかりで、気の利いた話すらできぬ。不甲斐ないばかりだ」
そう言って、エミリア伯爵は苦笑した。たしか、ダービー王国から外交の使者が去年の新年パーティに来ていたような気がするが、彼女なのか。ということはもう1年以上ということになる。ダービー王国とワイズ聖王国とは途中にハドリー王国があり、陸路では繋がっていない。内海を横切る海路でしか行くことはできないのだが、ワイズ聖王国の内海に面した土地は前回の戦でハドリー王国の手に落ちてしまったのでダービー王国との国交の道は閉ざされたままだ。
「異国ではいろいろと大変でしょう。そういえば東方産かもしれない穀物を最近入手したのですが、米というのは御存知ですか?」
マートはドワーフたちがダービー王国で入手したという植物を思い出しながらそう切り出してみた。彼らも酒の材料にはしているものの、料理としての調理方法がよくわからず、調べてほしいと託されていた穀物だ。他にもいくつか東方の作物がある。
「おこめ?」
リサ姫がその言葉には反応して、頭を上げた。
「そうですね、小麦よりすこし大きい粒なのですが、茶色い殻に覆われた穀物なのです。東方植物図鑑に載っている米によく似ているので、もしかしたら御存知かもと尋ねさせていただきました」
「茶色い殻となると、私の知っているお米とは少し違うかもしれませんが、試しに少し分けていただけましたら確認させていただきますわ」
世間話程度に言ってみたが、リサ姫はかなり興味深そうな反応だ。その声は先ほどまでの沈んだ様子から少し明るいものに変わっていた。
「実は、私は最近男爵に叙爵させていただいたばかりなのですが、領地で育てる作物を内政官達がいろいろと試しているのです。中には調理方法がわからないものも結構ありまして、米というのもその一つなのです。王都で調べてみようと思い持ち込んでいるものもありますので、後でお届けさせていただきましょう」
リサ姫に仕えるメイドが、彼女に何か囁いた。彼女は頷くと、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、その中に、ダイズという豆はございませんでしょうか?」
「ダイズ?調べてみないとわかりません。豆類は種類が多く、レンズマメやエンドウ、ラッカセイ、ツルマメ、アズキは憶えているのですが、それとはちがうのでしょうか」
マートがそういうと、リサ姫や、そのメイドたちも首をかしげた。
「わかりました。残念ながら、全ては手許にありませんが、併せてお届けさせていただきます」
「ありがとうございます。是非よろしくお願いいたします」
マートの言葉に、リサ姫はにっこりと微笑んだのだった。
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