172 王都の新邸宅
「マート様、よく来てくださいました。お待ちしていたのです」
ジュディに送ってもらったマートが魔術庁の自分の部屋につくと、早速ライラ姫から呼び出しの使者がやってきた。マートとしても彼女に相談があったので都合がいい。早速、魔術庁長官であるライラ姫の執務室に顔を出したのだった。
「長く留守をして悪かった。領地でも色々決めないといけない事とかあってな」
「初めての領地なのですから当然でしょう。統治はうまく行っていますか?」
そういいながらライラ姫はマートに席を勧めた。メイドが香りのよいお茶を運んできてくれる。
「ああ、人手が足りなくて苦労しているらしいが、いままで出来なかった事を試すんだって内政官達が張り切ってるよ。結果は春のお楽しみだな。あと、ハドリー王国から一度狙われた」
「まぁ、早速ですか。前世記憶がある者たちですか?」
「ああ、前世記憶がオルトロスとケルベロスだったよ。ケルベロスが前世記憶のやつがいきなり炎の息を吐いてきたので結構苦戦させられた」
「まぁ、それは、大変でしたね。ご無事でよかった」
「ああ、ケルベロスが前世記憶のやつはどうしようもなかったけど、オルトロスのほうは生け捕りに出来たんで今はうちの領地の地下牢に放り込んでるよ。2人だけの行動だったみたいなんで、あの親衛隊というのもあまり組織的には動いて無さそうな感じだな」
「そうですか、マート様にばかり負担をかけてしまっているようですね。申し訳ありません。何か他に情報はありましたか」
マートはオルトロスの記憶を奪取して得られた情報を思い出した。
・彼ら2人はハドリー王国の第2王子 グラントの親衛隊であったこと
・王子に、彼ら2人がマートの新領地の調査を申し出、場合によっては伯爵として迎え入れるから無理をしない範囲で説得してみて欲しいと頼まれたこと
・王子と彼ら2人のやりとりは、命令ではなく、依頼のような形であったこと
・親衛隊に魔龍王国の主要メンバーであるブライアンがいなかったか、それを聞くときに彼の知っている範囲での親衛隊メンバーの情報
結果からいうと、聖剣の予言である邪悪な竜にあたりそうなドラゴンの前世記憶を持つ男はグラント王子ではないと判断できそうだったが、おそらく報告するほどの事柄ではないだろう。マートはそう判断した。
「いや、強情でまだ何も。魔獣スキルが怖くてこっちに護送するのも難しい」
記憶奪取したという情報はそれを明かすわけにもいかないので、全ての情報は共有できないのが、マートとしてはもどかしいところだ。
「そうですね。後日、誰かをそちらに派遣しましょう。それまでに何か判りましたら是非」
「俺の方で何かすることはあるかい?」
「いえ、今はありません。マート様のお立場は、魔術庁長官直属の特別調査官で、必要に応じて依頼をさせていただきますが、普段は特に決まった仕事というのはないのです。これは、マート様が特別なわけではなく、他の領地持ちの貴族の方々もよくある話なのですよ」
「俸給がでるっていうから、ある程度詰めてないといけないんだと思ってたよ」
「ハドリー王国との戦争中は皆躍起になっていましたから、その必要があったのです。もちろん、ブライトン男爵やウルフガング教授のように魔術庁執行部や魔道具開発部門などの方々で、毎日勤めてもらっている方もいらっしゃいます」
「そうか、わかった。で、今日の呼び出しの用件は?」
「今回の叙爵にあたり、マート様の邸宅も併せて下賜されるように調整させていただいたので、そのご連絡を」
「俺の家?そんな立派なのは要らねぇんだけどな。丁度、今回領地から何人か人を連れて来たんでな。いつまでも魔術庁の部屋でくらすのもどうかと思って、家を借りようと思うというのを一応言っておこうと思ってはいたんだが」
「マート様には、十分に褒賞をだせておりませんので、少しは埋め合わせをさせていただきたいと思い、国王と相談したのです。なんとか受け取って頂けませんか?」
「そこまで言われると、断る理由はねぇけどな」
「場所は貴族街の9番通り31です。元々あった邸宅はそれほど新しいものではなかったですが、きれいに改装させておりますので、すぐに使えると思いますわ。ここからだとすぐ近くですので、誰かに案内させましょう」
マートは、ライラ姫の傍付きのメイドに案内され、彼女が用意してくれたという邸宅に向かった。たしかに距離はそれほど遠くなく、歩いても5分ぐらいの距離だろう。敷地はかなり広く、金属の柵塀で囲まれており、正面の建物は3階建てのかなり立派なお屋敷で、馬車留めなどもあり、舞踏会でも開けそうである。アレクサンダー伯爵家の王都での邸宅よりも広いように思われた。その奥側にも2つ建物が建っており、入口の門には詰所があって、1人の門番が立っている。
「なんかすげぇ立派な屋敷だな。これって本当に男爵が住むような建物じゃねぇだろ」
思わず、マートが尋ねる。
「以前は子爵の方が住まわれていたと伺っております」
「子爵??アレクサンダー伯爵の屋敷より立派な気がするんだが。まいったな、ライラ姫は本当に俺にここに住めと?」
「はい、嬉しそうに、壁紙や調度品などを選ばれておりました」
「今、門番さんは2人?あとどれぐらいの使用人が居るんだ?」
「今は3人の門番がつとめているだけで、他に中は誰も居りません。ですが、もしこのお屋敷の規模での使用人を考えると、ハウスキーパーと呼ばれる執事かメイド長が1人、コックやキッチンメイドなどが5人、ハウスメイドが10人、あとは厩番や洗濯などをする下働きが10人程必要だと思います」
「おいおいおいおい、それって、男爵の住む家の規模じゃねぇとおもうんだが」
「救国の英雄であるマート様ですから、これぐらいの邸宅だろうと国王陛下もお認めになられたそうです」
今回の王都行では、マートも今までとは違って男爵という立場があるので、さすがに自分1人というわけにもいかないと考え、シェリー、アレクシア、エバ、アンジェの4人を連れて来ていた。これは、決して、怪我をした状態で皆に介抱され、王都に行くと言った時に、心配だから絶対についていくと言われてしぶしぶそれを認めたというわけではない。シェリーに魔法のドアノブの事を明かし、アレクシア、エバ、アンジェと共に、海辺の家で待機してもらった状態で、ジュディに転移呪文で運んでもらうという方法を使ったのだ。
そして、先程ライラ姫に話した通り、王都でリリーの街と同じようにどこかに家を借りるつもりであったのだが、しかし、これはその予定から大きく変わり、逆に足らない人間を雇ってこの屋敷を管理しないといけないことになりそうだった。あとで彼女たちにどうするか相談しなくてはならない。
「……こちらが、マート様のお部屋になります」
メイドが順番に邸宅の中を案内してくれたのだが、最後が彼用にライラ姫が用意してくれたという執務室と書斎、更衣室、寝室の4部屋だった。
「ん?」
マートは更衣室の壁の一つがマートでなければ気づかないほどではあるが、微妙に薄いのに気が付いた。
「ああ、気づかれてしまいましたか」
案内してくれたメイドが残念そうに言う
「隠し扉だよな。どこに通じてるんだ?」
「実はここの隣の敷地は、ライラ姫様の休憩用の別宅となっておりまして、そちらの一室に地下通路を通じてつながっております。ご安心ください。もちろん別宅と言いましても、ライラ姫様の名義ではありません」
マートは、その案内してくれたメイドが、ライラ姫の信任が厚く、夜中にマートが彼女の部屋を訪れる際に案内してくれていたメイドだという事に気が付いた。
「なぁ……これはさすがにまずくないか?」
にっこりと微笑む彼女にマートは思わず呟いた。
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マートは魔術庁に取って返し、邸宅の返上の話をしたが、国王陛下の肝いりの話でもあるということで、返上はもう叶わなかった。ただし、秘密の地下通路だけはお互いの了承があるときにだけしか利用しないということだけは、渋るライラ姫を説得し、お互い施錠するという話をとりつけたのだった。
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