168 シェリーとエール
一日村を巡った後、その結果のメモの説明を内政官にし終えたマートはおいしそうな夕食を求めて、ウィードの街のメインストリートをふらついた。最近は少し顔が売れて来たらしく、彼にお辞儀をしたりする連中も居る。跪いて礼をしようとする者も居たが、そういった連中を見つけると、マートは急いで立ち上がるように言うのだった。
「ここにするか」
マートは一軒の店の前で足を止め、ふらりと中に入った。それほど大きくはなく、宿屋も兼ねているような店だ。既に、一組がテーブルに座って食事をしていた。
「いらっしゃい」
調理カウンターの中から元気な親父さんの声がした。
「美味しそうなのを、いくつかお任せで頼むよ。あと、エール」
マートはそう言って、空いているテーブルに座った。しばらく世間話をしていると、給仕係らしい女性が料理を運んできてくれた。
「今日は羊肉のパイとキャベツのスープだよ」
「ほう、ありがと。最近景気はどうだい?」
「あんまり、変んないね。新しい領主さまが来たらしいんだけど、政務館には居ずに、ずっと遊びほうけてるらしいよ。でも、偉そうに威張る連中は居なくなったから、それは良かったかな」
「そうかそうか、困ってる事とかないのかい?」
「最近、ゴミを捨てるのがうるさくてさ。近くの川に捨てたら怒られるんだよ。それが面倒かな」
「成程な。このエールは良いな。自家製かい?」
「いや、三軒隣の酒屋で作ってるんだ。さっぱりして飲みやすいだろ?」
「幾らでも飲めちまう。もう一杯頼む」
マートがそんな感じで料理を楽しんでいると、顔見知りの女性が店に入ってきた。シェリーだ。
「ただいま、親父さん、奥さん」
彼女は馴染みの様子だったが、マートに気が付くと、目を見開き顔を赤くした。
「マート殿!わ、わざわざ来てくれたのか?」
「ん?いや、偶々だ。夜は順番に店を変えて食べていてな」
「そうか、ここは私がこの街に来ている間、ずっと世話になっている宿なのだ」
少しがっかりとした様子でシェリーはそうマートに説明をした。マートは身振りで向かいに座るように合図して料理を頼んだ。
「そうか、騎士もまだ家がないか」
「まだ、家を買う程の蓄えもないし、もし買ってもメイドなどを雇わなければならなくなるしな」
「一等騎士になった時にも金がかかったのか?」
「祝い金は頂いたのだが、領地の家を用意したりするにも金がかかってな。でもまぁこの宿に泊まるぐらいの金はある」
「成程な。騎士によっては、領地の村から余計に税を取るものもいるみてぇだが」
「そんな汚い事をするのは騎士ではない。騎士は民のためにあるものだ」
シェリーがすこし憤慨してそう言った時に、追加の料理が運ばれてきた。
「シェリー様、こちらはお知り合いなんですか?」
給仕の女性がそう訊ねた。
「ああ、マート殿だ。この街の……」
「マート!へぇ、この男が、マートかい、この色男」
シェリーの言葉の途中で、給仕の女性がかなり驚いた様子でそう聞き返し、マートの顔をじろじろと見た。
「ん?何かついてるかい?」
マートが聞き返した。シェリーもきょとんとして訳が分からない様子だ。
「いや、シェリー様はあんまし酒は強くないのにさ、それでも、毎日夕食の時にエールを頼まれるのさ。新しい領主様になって、お偉いさんがまるっきり居なくなったじゃないか。シェリー様はよっぽど大変で、飲まないとやってられない位なのかな、酷い領主様にあたっちまったんだねとか思ってたんだよ」
「あ、いや、それは……」
シェリーはあわててくびを振った。
「ああ、でも、そんな悪い酒じゃぁないみたいでさ。それも、三日に一日ぐらいは、かなり上機嫌になられてね。すると、必ずマート殿は、マート殿はって自慢をしてくれるのさ。その自慢するときのシェリー様の顔がそれはそれは嬉しそうなんだよ」
「えっ?」
シェリーはびっくりしたような声を出した。憶えておらず、自覚もなかったようだ。
「へぇ、そんなに俺の事を自慢してくれてた?」
マートはつい面白がって、そう訊ねた。
「そうなんだよ。前に1月以上一緒に旅をしたんだろ?その時も上手にサポートしてくれて活躍させてくれた。そのおかげで一等騎士になれた。あと、傷も治してくれたって。傷をゆっくりと撫でて温かい波がきて一瞬で治ったとか言ってたね」
「お、奥さんっ」
シェリーは、動揺しすぎたのか、給仕の女性の腕を必死に掴んだ。
「あれ?そういえば、新しい領主さまっていうのは、元冒険者で、功績で男爵になったって……」
そこまで言って、給仕の女性はマートの顔をじっと見た。
「まさか?」
「あーあ、ばれたか。ああ、俺が新しい領主で、元冒険者のマートだよ。酷い領主様さ」
「ひぃいいいい」
給仕の女性はその場で膝をついて謝ろうとした。
「いやいや、大丈夫だ。そんな事で俺は怒ったりしねぇから安心しなよ。領主として何をやったらいいのかわかんねぇから、いろんなところで話を聞いてるんだ」
「だって、私は悪口を」
「実際、何もできてないから仕方ねぇさ。逆にどうすれば良いかいろいろ教えて欲しいと思ってるんだ。そして、シェリーいつまで固まってるんだ?」
マートの向かいの席で、シェリーは顔を真っ赤にしたまま、動けなくなっていた。
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