164 人手不足
ウィードの街というのは、人口がおおよそ1万2千人。街を囲む城壁のようなものはなく、今まではアレクサンダー伯爵家の直轄地で、内政官が送られて統治されていた街であった。街の東部の平原には広大な麦畑が広がり、そこにおおよそ30の農村を抱える田園都市である。ワイズ聖王国東部の中では指折りの小麦、大麦、ライ麦の産出量を誇っていた。 そして、街の南部は、まだまだ蛮族が多く、開拓村が6つ設置されていた。最新の1つはマートが参加し、シェリーに与えられた村であった。
マートが領主として新たに任命されたのはそのような街だった。内政官の治める街であったので、城や砦などはなく政務館があるだけである。ジュディの転移魔法で花都ジョンソンまで運んでもらったマートは、飛行してその日のうちにこのウィードの街に到着したのだった。
「よう、パウル、立候補してくれたらしいな。嬉しいぜ」
マートが政務館を訪れると、パウルと共に、シェリーとオズワルト・グールド、アズワルド・グールドの3人が、地図や報告書を前に、会議をしている真っ最中であった。
「マート様。早いお着きですね。まだひと月はかかるだろうと伺っておりました」
4人は衛兵の案内で部屋に通されたマートを見ると立ち上がって敬礼した。
「そんなのは要らねぇよ。ジュディに花都ジョンソンまで転移魔法で送ってもらってな。パウル、ありがとうよ、よろしく頼む」
敬礼している4人に良いから座ってくれと手で合図をしながら、マートはそう挨拶した。
「はい、男爵閣下。ご存知のようにかなりブランクがあり、こういうハンデもありますが、騎士学院での学業の成績は一位でした。ハドリー王国から救っていただいたこの恩、かならず返させていただきます。よろしくお願いいたします」
パウルが、肘から先がない右腕を見せながらそう答えた。
「パウル、その口調どうなっちまったんだよ。前会った時とは全然違うじゃねぇか」
「騎士が男爵閣下と話をするときには、どうしてもこのような口調になります」
「うーん、わかった。だが、俺は肩書きこそ男爵だが、こんな喋り方か、あとは芝居じみた感じしかしゃべれねぇんだ。そこは了承してくれ」
「はい、それは判っております。逆に判っている者しか集まっておりませんのでご安心ください」
パウルはそう言って席に着いた。
「マート殿。よろしく頼む。なんなりと命令してほしい」
その横でシェリーもそう言って座った。心なしか頬が赤い気がする。
「シェリーは開拓村は大丈夫なのか?」
「うむ、パウル殿にも報告したのだが、他の開拓村も含めて、最近はかなり蛮族が少なくてな。父と弟でなんとかなっている。こちらのほうが大変だろうと思ってな」
「そうなのか。ありがとな。シェリーも1等騎士になったばかりなのに大変なところに巻き込んで悪いな」
「いや、マート殿であれば、私は安心しているぞ。一度わざわざ寄ってくれたしな。父や弟も、マート殿であれば安心だと言ってくれている」
「そうなのか。ならば良かった。グールド兄弟はどうなんだ?元々は俺の事は気に入らねぇんじゃなかったのか?希望者しか集めてねぇはずだったんだが、何か手違いだというのなら、アレクサンダー伯爵に話をするぜ?」
マートがそう言うと、オズワルト・グールド、アズワルド・グールドの2人はその場で跪いた。
「我ら兄弟は、考え違いに気が付いたのです。我らが間違っておりました。改めてマート殿にお仕えさせていただきたく希望させていただきました。受け入れてもらえぬでしょうか」
「へぇ、そうなのか。いや、希望してくれるのなら俺は大歓迎だよ」
マートはにっこりと微笑んだ。彼ら2人は、身分制度にかなりこだわっていたはずだったのだが、ここ1年でいろいろ考えなおしたということだろう。もし、マートに反感を持っている貴族が偽装して誰かを送り込むのなら、彼ら2人ではなく、もっと目立っていない人間を送り込むだろう。逆に安心できるかもなとマートは考えた。2人は再度立ち上がってお辞儀をすると席に着いた。
「他の騎士や内政官たちも、魔人だという先入観に囚われず、マート殿の水の救護人としての名声を信じて希望してきた者ばかりです。少しばかり人数は他の男爵領に比べて少ないですが、みな革新的な考え方のものばかりなので、新たなやり方で効率よく処理してゆけば大丈夫であると考えています」
パウルがそう言った。
「少しばかり少ないというと、どれぐらい少ないんだ?」
「実は衛兵隊の半数程が前に居た内政官について一緒に移動してしまいました。さらに、ここは王国直属の独立領になるので、本来であれば騎士団を抱える必要があります。衛兵隊の不足については、現在、自警団として街や村々の住民に助力を頼んでおります。尚、内政官、事務官については、通常よりかなり多く集まっています」
「なるほどな。衛兵隊が半分で、騎士団は作れてないってことだな。具体的には本来はどれぐらいで、今はどれぐらいなんだ?」
「この規模の男爵領であれば、衛兵隊は12名構成の小隊、32個、およそ400名程が標準です。騎士団は領地によってばらつきがありますが、男爵領の規模であれば、20騎、100名程の構成が多いと思われます。今の所、騎士はシェリー殿の父のように既に引退した者を除くと、ここに居る一等騎士が3名、他は2等騎士が6名です。従士は合わせて23名。騎士ではない衛兵は203名で、現在は衛兵隊を再編成をして17個小隊として、街と領内の治安維持を図っております」
「32個のところを17個小隊か。かなり無理をしてるな。騎士、衛兵だとやっぱり俺みたいなのの下には付きたくねぇってことなんだろうな。パウル、騎士でなくても衛兵隊というのは、世襲が多いのか?」
「2等騎士にしても衛兵隊にしても、信用度の問題と、幼い頃から武術を仕込まないと大人になっても役に立たないという2つの理由から余程の事がない限り世襲となっています。騎士学院に入学するのは8才ですので、騎士はなおさらですね。冒険者から貴族というのは、マート様以外聞いたことがありません」
「そうか。今回は冒険者や自警団から衛兵隊への希望者を募ることにしよう。冒険者でも安定した仕事に就きたいっていう連中は結構居るんだ。抵抗がある連中もいるかもだが、人が居ねぇから諦めてくれと言ってくれ。そうでないと、みんな休みが確保できないからな。あと、やり方も工夫してくれよ。ほら、得意、不得意とかで分担して効率を上げるとかさ」
「了解しました。逆にそういう考えがある者ばかり集まっているのが現状です。いままでの所では受け入れてもらえなかったアイディアをここなら試させてもらえるんじゃないかと皆期待しているのです。たとえば、衛兵隊が巡視するのではなく、村には数人だけ衛兵が駐在して自警団を作るだとか、休耕地でクローバーといったものを植えて牛を飼いたいだとか……」
「へぇ、まぁ、よくわからねぇが、試してみると良い。ただ、村人にはちゃんと考えを説明してやってくれ」
「ありがとうございます。そのあたりはきちんと言い聞かせるようにします。ところで税金をなくすというのは本気ですか?」
「たしかに、宰相閣下には税金を無くしてくれとは言ったが、それは国に納める分は免除されるというだけで、自分たちの食い扶持は要るだろ。だから無いというのは間違いだ。凶作のときのための備蓄は必要だろうし、さっきの話だと、いろいろ試したいんだろ?そのあたりも考えて、うまくやってくれ。いろいろ試すけど、これぐらいの税だったら大丈夫かって感じにすりゃぁいい」
「わかりました。いろいろ考えておられるようで安心いたしました」
「さすがに、税金ナシで領地が回るとは思わねぇよ。とはいっても、具体的にはわからねぇから、そのあたりはパウルの采配に任せる」
「では、内政については、まだ、現状把握中ですので、後日整理して文書を提出します。騎士団は当面なし、衛兵隊はシェリー殿が隊長として他の騎士たちを指揮して巡視をする形でよろしいでしょうか?」
「わかった。任せるって言ってるだろ。とりあえず、リリーの街、黒い鷲のショウさんと話をして、衛兵隊の増員については調整するよ。あと、何か質問とかあるか?」
「現在、この街には政務館はありますが、領主館はありません。如何いたしましょうか」
「前の内政官とかはどうしてたんだ?政務館に余ってる部屋とかはねぇのか?」
「以前の内政官は個人宅を持たれており、売りに出ておりますが、男爵が住まわれるような広さではありません。政務館には一応、来賓用の部屋が3階に5部屋ほど用意されていたようですが、今は使われておらず、手入れもされていないようです。とは言え、こちらも男爵が住むには狭いのではないかと思います」
「まぁ、良いさ、その3階の部屋を掃除して使っとくよ。領主館とかは2、3年して軌道に乗ってからでいいだろ」
「わかりました」
「他に質問は?」
「今はありません」
「おっけー、じゃぁ、パウル、後は任せたぜ」
「マート殿はどうされるのですか?」
「ん?どうせ詳しい事はわかんねぇから、3階の俺の部屋の掃除でもするかな。あとは領内を見て回ってくる」
「いきなりお出かけになるのですか?」
「夜には帰るようにするよ。何かあったらその時に頼む」
そういって、マートは政務館でのほとんどの仕事をパウルや他の騎士、内政官たちに任せ、再び出かけて行ったのだった。
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マートに内政が判るはずはありません。パウルはともかく、主要騎士が3人とも脳筋気味ばかり集まってしまいました。パウル頑張れ
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