163 叙爵準備
2021.1.18 誤記訂正 魔法庁 → 魔術庁
2021.3.7 港街クロス → 港街グラスゴー
報告も終わり、魔術庁の自分の部屋に帰ったマートは、鍵を閉め、いつものように近くに誰も居ないことを確認して魔法のドアノブで海辺の家に向かった。
海辺の家でのあの魔法装置の研究はまだまだかかりそうだが、ようやく魔法装置にある魔法陣の抽出ができるようになったようで、少しは進んでいる感じだった。とはいえ、マートに新しい領地が与えられ、場合によってはそちらで生きる道を選ぶメンバーが居るかもと考えたマートは元魔龍同盟の12人の意志を確認しようと考えたのだった。
「皆、このままで良いのか?」
「はい。ここでこうやって暮らしているのが楽しいです。お互い魔人同士で気を使う事もないですし、戦いもない。もちろん、マート様になにかあればお手伝いしますが、それが無いのであればここで暮らしていければ一番楽なのです」
12人を集めて会議室で話をして、そう答えたのは、ワイアットだった。巨大アリの前世記憶を持つ男だ。
「私はもうちょっと魔獣スキルを練習できたら、猫の領地に行ってみたいかな。猫の領地って、すごく楽しそう。でも、今はまだ自信がないから、もう少しだけ待ってほしい」
モーゼルはそう言った。彼女は最初に会った頃に比べて少しは進化しているのかもしれない。とりあえず、皆今すぐは無理そうだったが、ニーナの教育の成果か、数人は前向きになっているようだ。
そう考えているところで、一階の扉が開く気配がした。挿したままの魔法のドアノブだ。魔術庁は最近かなり警備が強化されており、侵入者など誰も居ないはず……だ。
マートは皆に静かに警戒するように言った。みな身構える。
「猫、居るの?」
魔法のドアノブがつながっている倉庫で女性の声がした。ジュディだった。
猫は思わず天を仰いだ。扉のカギは掛けたはずだったが、合い鍵でも存在したのだろうか。どう誤魔化すかを考えながら、階段を下りて、倉庫の部屋にむかう。そこには、ジュディと彼女のメイドのクララがここはどこだろうとキョロキョロしていた。
「よう、ジュディ、どうしてここに?」
「あ、猫。ようやく見つけた。こんなところまで勝手に入ってごめんね。ライラ姫からあなたがもうすぐ帰るからって連絡を受けたの。実は私、転移魔法を使えるようになったのよ」
「転移魔法?おお、それはすごいじゃないか。限られた人間しか使えないんだろ?」
「そうなの。転移魔法で、アレクサンダー領まで送ってあげようと思ったのよ。あなたって、いつも勘がいいから、一度転移魔法であなたの部屋に転移してビックリさせようと思ったの。でも、部屋に誰も居ないじゃない?そして、在り得ないところにドアがあって……」
「開けたらここだったって事か。なるほどな」
「で、ここはどこなんですか?変な匂いがしますね」
クララがそう訊ねた。興味深々の様子だ。
「ちっ、仕方ねぇな。教えてやるよ。冒険中に手に入れた扉の魔道具でな。この南の島に来れる扉なんだ。変な匂いっていうのは、海の匂いだよ」
そう話していると、12人の元魔龍同盟の連中が武器を構えながら階段を下りてきた。
「大丈夫ですか?マート様」
「ああ、大丈夫だ。安心していい。彼女はワイズ聖王国 アレクサンダー伯爵家の次女 ジュディ様と、そのメイドのクララだ。彼らは俺がここで保護している魔人と呼ばれる連中だ」
マートはそう言って、ジュディ達に彼らを紹介した。
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「ふぅん、これが海っていうのね。初めてみたわ。こんな天国みたいな隠れ家を持ってたのね。そりゃぁ、領地なんて欲しくないって言っても不思議じゃないわ。私でも、ここで暮らしてたいって思っちゃうもの」
ジュディはマートの案内で海岸まで出、大きく息を吸い込んだ。
「まぁ、そういうことさ。他には内緒にしておいて欲しい。クララもだぞ」
ジュディはクララの顔を見た。彼女はにこりとして勿論ですと頷く。
「イマイチ不安なんだが」
マートの言葉に、ジュディは苦笑した。
「うーん、では、約束を守ったら次に王都に来た時にここに遊びに来させてくれる、そういう事ならクララも約束を守れるでしょう。ね、クララ?」
ジュディがそう訊ねると彼女もうんうんと何度も頷き、マートもこれ以上は仕方ないかと諦めた。
「領地はウィードの街なんでしょう?お父様はマートがうちの配下じゃないってがっかりしてた。あなたのところと港街グラスゴー付近は王家直轄地になって、ウィードの北西のおおきな街が新たに領地になったって言ってたわ」
「んー、俺にそう言われてもな。とりあえず、うちは王家直属の男爵家らしいな。違いはよくわからねぇけど」
「たぶん、魔術庁に勤務してもらうのは変わりないから、そういう事なんでしょうけど、ちゃんと勉強しておきなさいよ。一応パウルっていう騎士があなたの家令に立候補して、彼がそのあたりも全部仕切ってくれるだろうって聞いたけどね」
「ああ、パウルか。あいつなら信用できそうだ。俺がハドリー王国から救い出した男の1人だよ。たしか、リリーの街の衛兵隊長と騎士学院で同期って言ってた」
「シェリー様が猫さんの配下になるでしょう。権力にものを言わせて変なことしたりするのは絶対ダメですからね」
「するわけねぇだろ」
クララの言葉に、マートは首を振って答えた。
「じゃぁ、明日の朝には転移魔法で花都ジョンソンまで送ってあげるけど、それでいい?リリーの街だと、私の家は売りに出しちゃったから、飛べそうな場所がないのよ」
「ああ、俺の家は来たことなかったな」
「うん、シェリーの新しい領地にも行きたいと思ってるのだけど、なかなか時間がとれないのよ」
「ああ、わかった。ジョンソンまで送ってくれるだけでもかなり短縮になる。助かるよ」
「王都に戻ってくる時はどうする?何日って決めてくれるのなら、迎えに行くけど」
「ああ、じゃぁ、悪いが年末の月の10日に一度、花都ジョンソンまで迎えに来てくれるか?それに間に合うように行くようにする」
「わかったわ。転移呪文って便利でしょ」
「ああ、かなりな。さすが勇者を支える魔法使い様だ」
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