162 休戦協定
2021.1.18 誤記訂正 魔法庁 → 魔術庁
「なんとか、凌ぎきれそうな感じみたいだな」
王都に向かうマートは、フレア湖畔に建つ古城を利用した第2騎士団の指令所にエミリア伯爵を訪ねると、そう言った。
「ああ、すべてそなたのおかげだ。我が夫殿」
「まだ、その気持ちは変わってねぇのか?」
マートは微笑みながらそう言った。
「もちろんだ。そして分の悪い話というのも分かっているよ。メーブを始め沢山の者から、そなたの身の周りには何人もの女性の影があって、止めておいた方が良いと忠告を受けた」
「ライラ姫と深夜に会われていたという噂もありました」
彼女の補佐官のメーブが、丁度2人に飲み物を運んできたところだったが、そう補足した。そう言われて、マートは苦笑を浮かべるしかない。
「否定はしないのか?」
「会っていたことはある。そういう関係ではないけどな。あくまで調査結果の報告だ」
マートはそう答えた。王城には人が沢山居る。彼を案内したメイドは口が堅いと言っていたが、どこかで目撃された可能性もゼロではない。もちろんカマをかけられた可能性もあるが、嘘は言わない方が良いだろう。
「今更だが、この間は一方的にエミリア伯爵から告白をうけて、俺は何も言えなかったんで、一応言っておくと、俺は誰とも結婚をするつもりはねぇんだよ。というか、俺は子供を作るのが怖い。この眼を見たら判るだろうが、俺はいわゆる魔人だ。子供が出来た時に魔人になるかもしれない。魔人だから劣っているとは思わないが、苦労を子供にも結婚相手にも味わわせたくない」
「魔人の子が魔人になる可能性は高いのか?」
「わからねぇ、だが、魔人の子は魔人になる。そんな話があるのさ。こんな話をしたのは、あんたの想いにきちんと応えようと思ったからだ。あんたは卑下していたが、その美貌でまだ子供も産める年だ。俺みたいなのを相手せず、他にイイ男をみつけたほうがいい」
「ふっ、そなたは心配性だな。私は子供が魔人であっても良いぞ。それぐらいの覚悟……」
「いいや、俺はもう爵位を受けることを宰相に了承した」
エミリア伯爵の言葉を途中でさえぎって、マートは言葉を続けた。
「あんたはそこまで俺を守ってくれようとしなくても、大丈夫だ。いくつか条件をつけたが、全部のんでくれるそうだ。だから、今の所、俺はこの国を出ていこうと思ってない。伯爵家の財で俺を繋ぎとめようというのはもう考えないでくれ」
「そう……なのか?」
「というわけで、一旦配偶者としての申し出はひっこめてくれないか?あんたが嫌いってわけじゃないんだが、結婚という事は考えられない。誰も何も言わなければ、このまま有耶無耶になるだろう」
「私が諦めきれない場合はどうしたらよい?」
そう尋ねられてマートは苦笑を浮かべた。
「わからねぇな。他人事だったら、もっと頑張れって言うかもしれねぇが、相手が俺自身だからな。無理だと思うぜと言っておく」
「そうか、わかった。だが、私は粘り強い性格だ。簡単には諦めないぞ」
エミリア伯爵はそう言ってにっこりと笑ったのだった。
だが、その横で、メーブがマートを睨みつけた。
(子供を作りたくないとかそんな身勝手な理由で求婚を断るなんて、許せないです。たしかに、伯爵家の存続を考えれば子供は当然必要ですが、でも、それではエミリア様の想いが……)
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1ヶ月後、ワイズ聖王国とハドリー王国とは正式に停戦協定が結ばれた。国境はブロンソン州の州都及びその東側をハドリー王国領とする形で定められ、現在のハドリー王国占領地の西側の一部はワイズ聖王国に返還されることになった。そして、双方の捕虜を交換するということで、碧都ライマンで捕虜となっていたハドリー王国の第1王子は無事返されたのであった。
占領地の一部が返還されたことにより、ラシュピー帝国とワイズ聖王国との間はふたたび行き来することができるようになり、ワイズ聖王国第3騎士団は安全に本国に帰ることが出来るようになったのだった。
尚、魔龍王テシウスと名乗る男によって、ヘイクス城塞都市で魔龍王国の誕生が宣言され、ラシュピー帝国にたいして降伏勧告が行われたのもほぼ同時期であった。彼は自らを魔人であると言い、蛮族を支配下に置いており、人族も支配下に入るべきだと主張したのだった。そして、いまだ迫害を受けている魔人は魔龍王国に参加せよと結集も図ったのだった。
ただし、ラシュピー帝国は、その宣言には特に反応はせず、現在の防衛ラインであるマースディン、セイア、ライマンをつないだ線の防御の強化を図りつつ、すでにその内部に入り込んでしまっている蛮族の対処を進めたのだった。
ワイズ聖王国内では、停戦と共に論功行賞が行われた。だが、第1騎士団長及びその首脳部のほとんどは捕虜交換でも戻ってこず、跡継ぎが居ない家は残念ながら断絶ということになった。ウォレス侯爵家もキャサリン姫の事も有り、伯爵家に格下げされると共に領地の半分程が没収された。それらの領地は魔術庁や第2騎士団、第3騎士団で功績を上げた者、ブロンソン州の領主で土地を失ったものの補填などに宛てられることとなった。もちろんそのままでは飛び地となってしまうので、土地区画の整理なども併せて行うことになった。
そして、マートは魔術庁の中でも群を抜いた功を上げたとされ、男爵に叙爵となり、ウィードの街が領地として与えられたのだった。
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「お疲れ様でした」
王都に戻ったマートは魔術庁の長官であるライラ姫に魔龍同盟に関する報告をおこなった。もちろん、自分の能力はできるだけ隠したままなので、リリパットから話の裏をとったことなどは伝えられない。他に気になる事などがあれば、あとは護送中のサルバドルが王都についてから確認してほしいと告げた。
「危険な任務から無事帰ってきてくださって嬉しいです。それも、これほどの情報を頂きました。ありがとうございます。魔龍同盟は魔龍王国となったようですが、実体は魔人が蛮族をコントロールしている国ということなのですね」
「国王の名前がテシウスだというのなら、たぶんそういうことだろうな。サルバドルのいう事が正しければ、実体は200人程の魔人ということだ。いろいろとやりようはあるだろ」
ライラ姫は頷いた。今日のライラ姫は変に嬉しそうで、やたらとニコニコとマートに笑顔を向けてくる。何かあったのだろうか?
「表向き、今回の戦功で男爵になったという形になりましたが、本来であれば、ハドリー王国からの救出、魔道具持ち帰りだけで男爵になるべき功績であり、第3騎士団の圧倒的勝利に寄与した功績や魔龍同盟に関する情報の入手の功績は含まれておりません。お父様には何度も申し入れをしたのですが、マート様との約束で、広い領地はダメというお話でしたので、今回の論功褒賞にはその功績は含まれておりません。その事についてはお父様も宰相閣下も認識されています」
「ああ、それに関しては魔術庁としての仕事だって思ってたが、まぁ、わかった。それまでは、貸し1ってことでいいぜ」
マートがそう言うと、ライラ姫はくすくすと笑った。
「国に貸しなど、初めて聞きましたわ」
「そうか、まぁいいさ。で、しばらくは休んでいいのか?貴族なんてあまり気は進まねぇが、貰った領地に顔を出さねぇわけにもいかねぇからな」
「はい、マート様は一度領地に戻って頂ければと思っております。ですが、収穫祭を終えた後は、また王都に戻って頂ければと思います」
「収穫祭を終えたらすぐ?」
収穫祭は秋の祭りだ。今は夏の盛り、徒歩であれば王都から領地のほぼ南東の端にあるウィードの街までは1月といったところで、帰ったとしても向こうでの滞在期間は1週間程度ということになってしまうだろう。もちろんマートの飛行能力からすれば余裕を作れない訳ではない。
「急ぐことでもあるのか?」
「第3騎士団などからも話が上がっているのですが、マート様のご協力を頂いて、国の運営としても軍事的にも情報というものが圧倒的に不足しているということに気が付かされました。今現在はマート様に全く頼りきりの状態で、情報部門を立ち上げる必要があると言う話になっています。今の所、どういう体制にするかを検討中ですが、対外的には秘密にする必要もあり、魔術庁の内部組織としてカモフラージュしようという話になっているのです」
「ライラ姫の配下でそういうのを作るって事か」
「はい。今回の事を考えると魔術庁配下ということになってしまいそうです。それに関してもいろいろ助力をお願いしたいのです」
「姫も大変だな」
「ありがとうございます。年末には帰って来ていただけるようにお願いします」
マートは少し考えたが、彼の能力からすればもっと早く行き帰り出来るだろうと結論づけた。
「ああ、わかった。じゃぁ、一旦帰るよ。また年末な」
「新年パーティでは、叙爵式も有ります。亡くなられた方がたくさんありますので、今ではなく、そのタイミングとなりました。遅れないようによろしくおねがいします」
「ああ、わかった」
読んで頂いてありがとうございます。
ここでワイズ聖王国とハドリー王国との戦争は一つの区切りとして、章を改めます。
エミリア伯爵にマートはきちんと説明したつもりのようですが、まだまだ再燃するかもしれません。
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