159 碧都ライマン攻防戦
ワイズ聖王国とハドリー王国の碧都ライマン攻防戦はマートが合流した翌々日の明け方、碧都ライマンの北門付近に上がった炎と煙から始まった。
マートはその反対にある南門に程近い教会の尖塔の屋根の上からその様子をじっと眺めていた。
煙は瞬く間に量を増し、もくもくと天を覆わんばかりに一面に広がっていく。屋外のワイズ聖王国の第3騎士団の野営地からは、騒ぎの声が上がった。そして、その声は徐々に煙の上がる北門方面にむかっていくように聞こえた。それとほぼ同じ時刻に、南門の近くでは、黒い布でカモフラージュされた空飛ぶ絨毯から、騎士や従士たちがつぎつぎと降り始めていた。その数はおよそ三千。彼らは余程訓練されているらしく、あまり大きな音も立てずに南門に近づいていく。そして、彼らが南門の前に到達すると、その彼らを迎え入れるかのように、碧都ライマンの南門がギギギと音を立てて開き始めた。
その南門から攻め込んだのはハドリー王国の騎士団だった。彼らが掲げた旗は獅子。ハドリー王国第1騎士団の旗である。門が完全に開いたのを見て、彼らは大きな雄たけびを上げ、剣を構えると、都市の中に突っ込んでいく。
もちろん、北門に上がった炎と煙はワイズ聖王国軍の注目を集めるためのハドリー王国側の策略であった。その間に、事前に忍び込んだ約200の部隊が碧都ライマンの門を開き、第1騎士団の騎士と従士を迎え入れるという手はずである。門が開いたということは、彼らが仕掛けた策が成功したという合図である。いや、正確にはそのはずだった。
勝利を確信し、碧都ライマンの奥深くに突撃していくハドリー王国の軍勢の頭上から、大量の矢が振りかかったのである。
ラシュピー帝国の碧都ライマン守備隊とワイズ聖王国第3騎士団はマートから得られた情報を元に正確にその動きを掴み、彼らが油断するように、かつ、萬見の水晶球の限界である街の人々と騎士団の見分けがつかない、高さも判別できないという点を利用して、巧みに彼らを待ち伏せしたのだった。
ハドリー王国の騎士団が無防備な街の人々と考えていたのは全員完全装備の騎士と従士達。彼らは突撃してきたハドリー騎士団を十分にひきつけ、ラシュピー帝国とワイズ聖王国の連合軍は屋根の上から矢の雨を降らせたのだ。
それと、タイミングをあわせて、碧都ライマンの中心にある城の門が開いた。そこに居たのは、ワイズ聖王国第3騎士団の副騎士団長、ライナス子爵に率いられた重装備の馬にまたがった精鋭千騎。彼らはその力を発揮出来る時を待ち構えていたのだった。
「蹂躙せよっ!」
ライナス子爵の声に、第3騎士団の筆頭騎士、マイク・スチュアートが「オウッ」と応え、乗騎に突撃の合図をかけた。
彼を先頭に騎士たちの奔流が弓を受けて混乱中のハドリー王国の騎士団に襲いかかる。魔法の絨毯で侵攻するという都合上、馬を持たないハドリー王国の騎士たちは、馬に乗った第3騎士団の突撃の圧力の前にひとたまりもなかった。碧都ライマンに侵入したハドリー王国第1騎士団の騎士、従士達は、構えた盾ごと文字通り吹っ飛ばされ、壊滅的な打撃を受けたのだった。
ハドリー王国の悲劇は、それだけに収まらなかった。第1騎士団を指揮していたのは嫡子たる第1王子のカインだったのだ。側近が何重にも肉の壁を作り、彼自身は命を落とさずに済んだものの捕虜となってしまったのである。
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「来てくれたか。マートよ」
ハドリー王国第1騎士団が壊滅し、碧都ライマンでの戦いが終息したところで、マートは第3騎士団の司令部に顔を出した。
「ロレンス伯爵、大勝利おめでとうございます」
「ああ、なんとか王子も捕虜にできたようだ。これで交渉に入れる」
「交渉?攻め込むんじゃねぇのか?」
マートは、一言めは丁寧に喋ったのだが、次はいつもの口調に戻ってしまった。吟遊詩人が喋るような言葉以外は相変わらず喋れないらしい。
「くくくっ、その口調でかまわんぞ。第1王子が率いていた第1騎士団は壊滅したとは言え、まだこちら方面には2個騎士団が残っておる。まだまだハドリー王国のほうが優勢なのだ。このタイミングで和平交渉をする。王子を材料とできる分、かなり譲歩はひきだせるだろう。本腰を入れて戦うのは、ラシュピー帝国に侵入している蛮族を片付けてからだ。これは宰相殿とも話をすませておる」
「なるほどな。この大勝利でも優勢ってわけじゃねぇのか。勝てなかったらどうするつもりだったんだ?」
「持久戦だな。河を利用してなんとか耐えつつ、蛮族をなんとかするしかないという話になっておった。しかし、まことそなたからの情報があって助かった。これほど情報の大事さを痛感した戦はなかった」
「そうか、俺は戦争というのはよくわからねぇが、役に立てたようだな。ライラ王女や宰相にも報告があるんだろ。使ってくれよ」
マートはそういって、長距離通信用の魔道具をロレンス伯爵に手渡した。彼は隣に居た従士に連絡をするように指示した。
「マートよ、そなたはどうするのだ?話によると、調査の仕事があるという事だったが」
「ああ、芸術都市リオーダンまで行ってくる。オーガキングが居るという話なんで、おっかないけどな」
「確かにな。こちらは先程言った通り、このまま和平交渉に入るつもりだ。完全にまとまるまで1ヶ月はかかるだろうが、なんとか和平成立まで持ち込むつもりだ。落ち着くまでには帰ってこい。王都で一緒に祝杯を上げようぞ」
「ああ、わかった」
「エミリアの旦那となるのか?」
にやりと笑いながら、ロレンス伯爵はそんなことを尋ねた。
「ああ、情熱的なプロポーズされてるのさ。よく知ってるな」
「こっちで変な虫がつかないように注意してくれとくぎを刺されてな。あいつはなかなかいい女だぞ。余程の器量の男じゃないと釣りあわん。お前さんなら務まるだろう」
「ああ、わかった。ちゃんと考えておく」
「ほほう、殊勝だな」
「いや、エミリア伯爵がああやってくれた事には感謝してるからな」
「そうか、ならば良い。無駄にするな」
ロレンス伯爵はそう言って微笑んだのだった。
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