157 間諜
「……というのが、俺の知る現状だ」
マートは、ワイズ聖王国側の状況、ハドリー王国のもつ魔道具などの情報を一通り話をした上で、ライラ姫から預かっている長距離通信用の魔道具をロレンス伯爵に渡した。言葉遣いについては、話す先に了承を求めたが、意外と拘る人間はいなかった。騎士というと貴族の末端ではあるが、そこは実力重視ということなのであろう。
「これ以上の難しい話は判らないので、後はこの魔道具でライラ姫を通じて情報を確認してもらいたい」
「わかった。マート。非常に助かった。これで第3騎士団がどのように動けばよいのか、的確に判断ができよう。しかし、空飛ぶ絨毯に萬見の水晶球、そんな魔道具があるとはな。知らなければ為されるがままになっていたであろう」
ロレンス伯爵は微笑んだ。
「エミリア伯爵も同じような事を言ってたな」
「マート、君はその萬見の水晶球よりも遠くを見えるのだろう?マイクに聞いたぞ。晴れていれば30キロぐらいの範囲なら見通せると」
ライナス子爵がそう訊ねた。マイクというのは、たしか討伐訓練でエミリア伯爵と一緒に来てた3人の騎士の1人だ。あのときにそんな話をしたようなことがあったかもしれない。だが、今はニーナを顕現しているので、そこまでは見えない。
「ああ、見通せるというのとは少し違うが、ある程度……今は30キロは無理だが萬見の水晶球と同じ5キロ程度なら大丈夫だ」
集まっていた各隊の隊長たちが、ざわざわとなにか小声で相談しはじめた。
「すまぬが、敵の配置など判る範囲で教えてもらえるとありがたいのだが」
「ああ、良いとも。ここに来る途中で見たからわかってる。地図はこれか。ハドリー王国の騎士団はココに3千位とココに8千ぐらい……」
マートは淀みなく地図を指さしながら、来る途中に空中から見たハドリー王国の兵力を説明し始めた。途中で旗や装備などの情報をライナス子爵は尋ねたが、それも的確に答えていく。
「あとは河のこちら側だと、ここに2百ほどの集団が居たな。こっちの偽装じゃなければ、ハドリー王国の連中だ」
「河のこちら側?渡河してる部隊がすでにいるというのか」
マートの最後の話に、ライナス子爵は驚いた。渡河については、かなり注意して見ていたはずだったのだ。
「向こうは空飛ぶ絨毯があるからな。船が接岸できるとかそういう事は関係ないだろ」
「そうだな。わかった。我々はそなたの持ってきてくれた情報を元に軍議を行う。少し休憩しながら待っていてくれないか。テントを用意させよう」
「ああ、わかった」
マートがライナス子爵付きの従士に案内され、軍議の開かれていたテントから出ようとして、テントのすぐ近くに立っていた男が急いでマートから隠れようとしたのに気が付いた。
「あいつは誰だ?」
マートは従士に尋ねたが、彼は知らない様子だ。マートが指さしたのに気が付いたのか、男は逃げ出し始めた。
「待てっ」
マートは追いかけ始めた。背中に半透明の羽根が生える。魔獣の飛行スキルだ。
<影縫> 弓闘技 --- 行動キャンセル技
マートはマジックバッグから弓を取り出して撃ったが、飛行スキルのキャンセルは間に合わなかった。とは言え、矢は右肩に刺さっている。男は痛みで顔をしかめた。
「敵のスパイだ。捕まえろっ」
マートは大声で叫ぶ。男は右肩を押えながら徐々に高度を上げつつ逃げていく。マートと、第3騎士団の従士たちは走りながらそれを追いかけた。その男の飛行スキルは★3程度のようで、疾走するマートとはほぼ同じ速度だ。1キロほど走ったあたりで従士たちは体力が持たずに脱落しはじめた。いつもであれば全員脱落を待って飛べばすぐ追いつけるのだが、今はニーナを顕現していてマート自身の飛行は★2しかない。撒かれないように走って追いかけるので精一杯だ。
懸命に追いかけ、岩場にでた。碧都ライマンからはすでに5キロほど離れているだろう。マートは自分自身を透明化した。
しばらくして逃げていた男は、ようやく撒いたと思ったのか空中で止まった。ゆっくりと降下してくる。
マートは透明のまま、降りてくる男にゆっくりと近寄りじっと見た。男の年頃は20代後半といったところだろう。金色の髪を少し伸ばし、肌は白、彫りは深く、鼻は尖っていた。瞳はアイスブルー。見たところ魔人を思わせるような特徴はない。
【毒針】 -麻痺毒
『氷結』
マートは毒針スキルと精霊魔法を続けざまに使った。男は氷結は効かなかったが、麻痺毒は効いたらしく、その場で片膝をつく。透明化しているマートに気が付いたらしく、かれの居る方に振り向いた。
マートは、透明化を解き、腰に差した強欲の剣を抜いて、一気に男に近づいた。
「透明に毒、呪術か。あと精霊魔法まで」
男はそう言いながら手をまるで猛禽類の爪のように変えてマートのほうに突き出してくる。毒針ではなく毒呪文だと思ったようだ。
「そういうお前さんは、鷲か鷹かよ」
マートはそのカギ爪を剣で横薙ぎした。男はカギ爪を引きバックステップをして避けようして、よろめいた。毒の影響が残っていたのだろう。カギ爪の指先が剣に斬られて血が噴き出た。
「くそっ……それもカギ爪を斬るとは」
マートはさらに一歩踏み出し、袈裟懸けに斬ろうとした。男はカギ爪でマートの剣の刀身を横から叩くようにしてそれを払う。男の動きをみて途中でマートは刃の向きを変えたが、小手先だけの動きではカギ爪に傷はつけられなかった。
「きちんと当たらなければさすがに無理か」
「しるかっ」
男はそう言って、カギ爪を構えつつ、背中の翼を開こうとした。
<虚剣> 直剣闘技 --- 行動キャンセル技
マートは手に持った剣で足元を払い、すかさずそれをキャンセルし、サイドステップをして横に回ると斬りかかる。
<暗剣> 直剣闘技 --- 相手の死角に回りこんで斬る
男はマートの動きを見て、カギ爪でマートの手首を狙おうとしたがその動きは麻痺毒のせいで空振りに終わった。マートの剣が男の肩口を切り裂いた。
うぐっと言って、男はその場にひざをつく。その男の顔面にマートは剣先を突き付けた。
「そこまでだ。諦めて捕まりな」
男は膝をつき、マートを見上げると苦笑した。
「マートとか言ったな。魔人のくせにどうしてワイズ聖王国の肩をもつんだ?」
「なにを言ってるんだ。魔人だからってどう生きようが勝手だろう」
「ワイズ聖王国で、その瞳なら碌な目に会わなかっただろう。グラント王子は我々魔人に優しいぞ。今からでも良い。親衛隊に推挙してやる。どうせ、この戦争はハドリー王国の勝利に終わる。なぁ、その剣を下げてくれ」
その男はマートの顔をじっと見た。グラント王子といえば、たしかハドリー王国で魔人を親衛隊に集めている第二王子のことだろう。怯えてないのを見ると殺されるとか思っていないのだろうか。それとも、余程グラント王子とやらに傾倒しているのか。
「やはり親衛隊か。おまえさんたちこそ、好きに利用されてるんだろう。どこへ行くつもりだった?潜入部隊と連携か?飛べるから城門を開けるのも簡単だよな」
「ふん、どこに行くかなど、言う訳がないだろう。俺が居なくてもライマンの城門を開けられるぐらいの親衛隊メンバーは何人も居る」
「ちっ、まあいい。むこうを向いて、手を上に上げて交差させるんだ」
男はマートに剣を突き付けられて、しぶしぶ言う通りにした。マートはロープで両手首、腕と手首も固定した。
「空を飛んで逃げれると思うなよ。ちょっと遠いがついて来てもらおうか」
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