155 倉庫棟と一般棟
“最後にこの一段高いところの識別を頼む”
マートは一番最初の広い部屋に戻り、魔剣にそう依頼した。今日最後の識別呪文だ。魔剣から返ってきた答えは、転移のための魔道装置というものだった。
“転移?転移呪文と同じなのか?好きなところに行けるとか??”
“残念ながらそうではない。転移先として登録されているのは、倉庫棟と一般棟という2カ所じゃな”
“倉庫棟と一般棟?どこかよくわからねぇが、それはどこなんだ?”
“それは行ってみなければわからぬ”
“魔法のドアノブみてぇだな”
“転移という魔法は便利じゃからの。家から働きに行ったり遊びに行ったりするときに、全部歩いておっては時間がかかる。今の時代でいうと馬車のような扱いということじゃろう”
“魔法使いがそんなにいっぱい居たのか?”
“儂が作られたころは、どんどん魔法使いは減っておった。転移まで使える魔法使いは尚更少ない。おらんかったから魔道具が有るのじゃ”
“なるほどな。魔法は使えないから、魔道具を作らせた。魔石や金の力でなんとかしたってことか。考え方は昔も今も変わらねぇな”
“で、どうする?”
“じゃぁ、まず倉庫棟からにしよう。どうすりゃいいんだ?”
“その一段上がったところに乗り、倉庫棟へと口に出して言うのじゃ”
マートが言う通りにしてみると、ふわりと宙に浮いた感じがして、次の瞬間にはただっぴろい空間のある場所に移動していた。
“ここが、倉庫棟か”
マートが見回すと、その空間は一辺が300メートルはある巨大な部屋だった。天井までの高さも10メートルほどある。その部屋の中には大量に空箱と黒くて丸く輪になった弾力のあるものや、割れたガラス、細い鉄のパイプ、他にも何に使うかよくわからないガラクタのようなものが山のように積まれていた。
部屋の隅に先程移動してきた一段たかくなった段のようなものがここには2カ所あり、あとは机が一つと、天井近くに小さな窓らしきものが3つ並んでいた。
マートはまず机をしらべた。ここでも引き出しの中に無限ペンが2本。マートには読めない文字で書いてあるメモが大量に入っており、そのメモの山の間にベルトポーチが一つ挟まっていた。
以前ウィシャート渓谷にあった遺跡でマートが机の隠し場所からみつけたのとおなじベルトポーチ型のマジックバッグだ。マートは期待して中を開けたが、今度は中は空っぽだった。
マートは空を飛び、その小さな窓のところにまで移動した。30センチほどの四角い穴が2メートルほどの壁を穿かれており、例によってその外側に窓戸が設けられている。今の体格では抜けることができないので出会った頃のアンジェに変身し穴を抜けると、窓戸を開けて外に出た。
見回してみたがそこは、マートが来た山壁と材質は異なるものの高さは同じような感じであった。同じ山脈の違う場所だろうか。先程まで居た場所よりもっと寒い気がした。マートはそのまま山を下ってみたいという誘惑にかられたが、そこは我慢して中に戻る。ここがどこかというのはまた後の冒険にしよう、マートはそう考えた。
そして、2カ所ある移動用の段のうち、来るときには使わなかった方の前に立った。
“魔剣、これも転移装置か?”
“うむ、そうじゃな。ただし、起動には合言葉が必要なようじゃ”
“合言葉か……それは識別ではわからねぇのか?”
尋ねてみたが、やはりそれはわからないらしかった。仕方なくマートはもと来た転移装置の上に乗り、一般棟へと呟いた。
今度の転移先は見覚えのあるところだった。最初、よく似ていると考えた、あのウィシャート渓谷にあった遺跡の中だ。当時は魔法感知がなかったために転移装置は見落としていたらしい。あれ以来、ここには誰も来ていない様子だった。財宝を期待していたマートにとっては、倉庫棟にしても一般棟にしても、期待外れな結果であった。
その後、マートは、ニーナを顕現させた。とりあえず、魔石はダイヤル5にあった建物の2階の大部屋に運び込み、資料室にあった莫大な資料と魔法装置、魔道具を海辺の家の2階にある会議室に運び込む。
また、しばらくの間はニーナを1日8時間顕現させることにしようとマートは考えた。顕現している間は呪術は★5から★3、鋭敏感覚も★4から★3になるなど、いろいろ弱体化するが、それでも精霊呪文は使えるのだし、さまざまな魔道具もある。何とかなるだろう。それも、少しやり方が確立すれば、ニーナの顕現は止めて、作業は12人だけに任せればよいのだ。
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マートがラシュピー帝国の山脈沿いの都市、鉱山都市 クレーバーンにたどり着いたのは、翌日の夕方だった。以前魔龍同盟の部下だった12人のうち、前世記憶に巨大アリを持つワイアットが、ここから少し北のボールドウィンの街出身だというので、彼と一緒に都市の門に向かう。
その彼が話してくれたところによると、鉱山都市クレーバーンは、国境となっている山脈地帯にある鉱山から鉄鉱石を掘り出し製鉄を行うのが盛んな都市なのだそうだ。活気は非常にあるが、鉱山夫など荒くれ者が集まるため、あまり治安も良くないところとしても有名らしい。
そして、今、都市の周りは大きな荷物を持った人々でごった返していた。農具などを担いでいる者も居れば、牛や羊、豚などを連れている者も居て、かなり混乱している。
「すごい人だが、まるでどこかから逃げ出してきたって感じだな」
「そうですね。ちょっと聞いてみましょう」
ワイアットは、そういって、すぐ隣で座り込んでいた、おそらく農作物がつまった袋を背負った初老の男に話しかけた。
「どこから来たんだ?」
「ボールの村だ。ボールドウィンの街とクレーバーンの間にある村なんだけど、付近にオークの集落が出来てね。とっても敵わないから逃げてきたんだ」
「蛮族がそんなに来てるのか?」
「ああ、碧都ライマンに居た騎士団も逃げ出し始めてるって話だよ。もうすぐこっちにくるんじゃないかな?」
ワイアットに訊くと、碧都ライマンというのは、ラシュピー帝国とワイズ聖王国との国境の川岸にある都市で、都市の中心にある城の壁が緑色に塗られているところからその名が付いたのだと言う。もう一つのボールドウィンの街というのは、今居るクレーバーンからほぼ真北にある大きな街らしい。今の話からすると、ヘイクス城塞都市陥落から溢れ出してきた蛮族がこのあたりまで進出してきている事だ。そうなるとラシュピー帝国の半分近くが蛮族であふれかえっているということになる。
「碧都ライマンっていうのは、ここからどれぐらいだ?」
「徒歩だと3週間といったところでしょう」
「よし、じゃぁ、まずそっちに向かおう。第3騎士団が居るとすれば、帝都という可能性もあるが、まず碧都ライマンだろ」
マートはおおまかな都市の位置関係や目印をワイアットにいろいろ教えてもらった。
「おっけー。助かったぜ。やっぱり知ってる人間が居ると助かるな」
「お役に立てたようでよかったです。碧都ライマンに向かわれるのですか?」
「そうだな。又、飛行することになる。一旦は海辺の家に戻っていてくれるか?」
「わかりました。お気をつけて」
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