154 難しい魔道装置
その廊下の床は何かしらの魔法の力で支えられていたのだろう。魔法を無効にすると同時に床は一斉に崩れ無くなった。と言っても、マートは飛行のスキルがあるので浮かんだままだ。これが魔法でしか空を飛べないとなるとどうしようもなかっただろう。魔法無効化に対する即死トラップと言ってもいい。魔法無効化の魔道具の効果時間はおおよそ6分、中々考えられたものだと思いながら、マートは飛行したまま廊下の向こう側の扉の前まで移動した。
扉のカギは閉まっていたが、マートにとってはカギを解くのは簡単だ。その先は小部屋となっており、そこには、ちゃんと床が存在した。マートは部屋に入ると魔法無効化の魔道具の効果を切り、マジックバッグに戻したのだった。
小部屋には、正面、右、左と扉が3つあった。魔法感知呪文を使う。天井の照明の他は、左と右の部屋の中にはいろいろありそうだが、小部屋の中に反応するものはなかった。マートはまず左の扉を開けてみた。そこは装丁された大量の本の他、大量の紙が詰め込まれた木箱が整然と棚に並べられていた。木の箱は100や200では効かない数だ。そして、その奥に一つ、1辺1メートルほどの立方体の不思議な金属製の箱と、その上に、カードのようなものが大量にならべられた小箱があった。
装丁された本の半分ぐらいと立方体の箱、カードは魔法感知に反応した。マートは用心深く身構えながら、立方体のほうに近づいた。近づくと上に乗っているカードのようなものは、あの冒険者ギルドで1枚1金貨で買えるステータスカードと非常によく似ていた。枚数は30枚ぐらいはあるだろう。
その台になっている1辺1メートルほどの立方体の不思議な金属製の箱は、どういうものなのか全くわからなかった。上面に操作パネルのようなものと、カードとほぼ同じサイズの薄い窪みがある。何かしら関係する魔道具ということだろう。
“魔剣、これは識別してくれるか?価値のあるものだったら、回収しておきたい”
“ああ、試してみよう”
マートは魔剣の返事を待った。だが、答えはなかなか帰ってこなかった。
“どうした?”
“この識別結果は……複雑すぎて正直よくわからん。ステータスカードを作成・編集することのできる魔道具、いや、サイズが大きいので魔道装置ということらしいのじゃが、結局何をどう編集できるのかが識別しきれないのじゃ。おそらく理解するための前提知識が足らんのじゃろうな。理解する手がかりが、この部屋にある資料を調べれば出てくるかもしれん”
“ステータスカード……冒険者ギルドで販売してるあのステータスカードって、魔道具でつくってたのか”
“そんな事を聞かれても儂は知らぬ。冒険者ギルドに友人が居たら聞いてみたらどうじゃ?ついでに買取もな”
“くそっ、とりあえず調べたりするのは苦手なんだよ。ニーナは興味あるか?”
マートは左手の獅子の文様に指を触れて尋ねた。
“もちろん興味あるよ。難しそうだから、魔剣をまた貸してほしいかな。僕もステータスカードは持ってみたいしね。12人の中に真理魔法の素質が1あるのが2人、神聖魔法の素質が1あるのが1人いるから、その3人にも手伝わせるよ”
“ウルフガング教授に頼むっつーのはだめなのか?”
“マートは魔道具でもそうやってお願いしたけど、本当にウルフガング教授は僕たちの味方なのかい?ワイズ聖王国が絶対僕たちの味方だって言いきれる保証もないとおもうんだけどな”
“確かにそう言われたら、そうかもしれねぇけどよ”
“じゃぁ、これは僕たちが調べよう。ようやく手伝ってもらえる人もできたしね”
“わかった。しかし、ここは魔法のドアノブじゃこれないからな。果たしてどうするか”
“全部、海辺の家の2階の会議室に運び込めないかな”
“今の会議室は二つとも魔石のつまった箱で一杯になってるのは知ってるだろ”
“それは、ダイヤル5のほうのお風呂のある建物の2階に移せばいいじゃないか。あそこも空いてただろ?それかドワーフたちに預かってもらっても良いし”
“どちらにしても侵入者が来るかもしれんと考えると不安なんだが……”
“今まで誰も居なかったんだろ?大丈夫さ。どうしても気になるのならアンデッドに守らせておくよ。マンティコア・ゾンビやオーガナイト・ゾンビで良いかい”
“仕方ねぇな。わかった。でも守り手は無くてもいい。アンデッドが守ってるってなると、盗ろうとした側も罪悪感がねえだろうからな。取り返すのがしにくくなる”
“猫は妙にそういうところ気にするよね。取り返すのなら皆殺しでいいのにさ”
“とりあえず、運び込むのは後だ。先に扉二つをかたずけよう”
マートはそう念話を送り、調査に戻ったのだった。
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小部屋から右の扉の先を調べると、そこは、解剖台やら、標本やらが並べられた実験室と思われる部屋だった。解剖と言っても、解剖台のサイズはさほど大きくなく、対象は人間ではないのがすぐわかった。おそらくゴブリンだ。標本が並んでいるのを見ると、普通のゴブリンより身体が一回り小さい沼ゴブリンと呼ばれる種族だと思われた。ゴブリンの中でも力は弱いが、一番繁殖力が強く、生まれて半年で生殖能力を持つと言われている。
“これはゴブリンを使って何か実験をしていたのじゃな”
“そうだろうな。みてみろ、これを”
マートは瓶の中に何か液体で漬けられたゴブリンの手を指さした。それにはまるで猛禽類のような爪が生えていた。
“魔獣スキルの研究をしていたのかもしれん”
“ゴブリンにも前世記憶を持つ者がいるってのか”
“どうなんじゃろうな。さっきの資料室にその答えはあるのではないか?”
“魔龍同盟より、こっちを調べる方が先のような気がしてきたな。まぁ、考えるのは後か、次は最後の真ん中の扉だ”
マートは実験室から小部屋に戻り、残された正面の扉を開けた。そこはいきなり下り階段になっていた。かなり深い。下からは、饐えたような何とも言えない嫌な臭いがしてくる。階段を全て下った先は、檻が大量に並んだ牢獄のような場所だった。石壁には鎖のついた枷のようなものもぶら下がっている。
“ここでゴブリンを飼育してたんじゃねえかな。何年経ってるのかわからねぇが饐えた臭いが消えてねぇ。あまり気持ちのいい場所でもねぇが……一応魔法感知だけしておくか”
マートは気を紛らわすかのように魔剣にそう念話を送り周囲を見回したが、魔法感知に反応したものが1つだけあった。それは牢屋の隅に埋められ隠されていたが、なにやら禍々しい雰囲気を持つちいさな短剣だった。
“魔剣よ、2回目の識別でこの短剣を調べてくれ”
しばらくの沈黙があった。
“それは、ゴブリンの秘宝、強欲の剣じゃ。手入れが不要で、鋭い切れ味を持つ上に、斬った相手の能力を奪い、使った本人にその能力を与える”
“すげぇな。奪った能力というのはずっと使えるのか?”
“いや、1度使えば、返却されてしまうようじゃな。それも、必ず奪えるわけではない”
“それでもうまく行けば強い相手が弱体化するっていうのであれば強ぇじゃねぇか”
“そういうことじゃな。あとは、所有者が望むサイズに変えることができるらしい”
“ほう”
マートは通常の片手剣のサイズにして、手に持ってみた。普通の剣より少し軽い。鞘から抜くと片刃のその剣の刀身は黒く鋭く、何やら文様が彫ってあった。
“この剣はすべての力を奪うという意味の紋様が刻印されておるのじゃ”
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