150 魔龍同盟の男女
「待て、こいつはもう倒した。あんたたちがこいつの命令に従う必要はもうねぇぜ」
「あんたは、何者だ?俺たちを助けに来てくれたのか?魔龍同盟の敵なのか?」
扉から入ってきた3人の男女は、マートの言葉に戸惑ったが、目の前で彼らがリーダーと呼んでいた男が倒れているのを見て、震えながら声を絞り出すようにしてマートに尋ねた。
「俺は猫、水の救護人とも呼ばれている。見ての通り魔人でもある」
そう言って、マートは伸ばしたままだった爪を元に戻した。本当は誤魔化したかったが、3人が飛び込んでくるのが早く、その暇はなかったのだ。
「こいつの仇を打ちたいというのなら、相手するが、どうする?」
マートは3人のほうに一歩踏み出した。彼らはお互い顔を見合わせ首を振る。手に持った武器を放り出した。
「いや、そんな気はない。俺たちは無理やりやらされてただけだ。助けてほしい」
「わかった。他の連中を起こしてきてくれ。これからどうするのか相談したい。一番広い部屋はどこだ?」
「1階の酒場だ」
「じゃぁ、そこにみんなを集めてくれ。ああ、ワイアットという男は眠り薬で寝てるからこの毒消しを飲ませてやってくれ。出かけている奴はいるか?」
「2人出かけている。魔術庁の建物を交代で見張ってるんだ。そろそろ交代の時間のはずだ」
「そうか、その2人も後で呼んできてやってくれ。今後どうするか相談しよう」
3人は毒消しを受け取ると、急いで部屋を出て行った。
“あーあ、せっかく記憶奪取したのに殺しちゃったんだね”
ニーナから念話が届く。
“殺したらダメだったのか?”
“相手が死んだら奪取した記憶が消えちゃうのよ。だからわざわざ奪取したって言ったのに”
“そうだったのか、それは知らなかった。まいったな。記憶を奪取したから逆に殺してもいいって思っちまった。仕方ねぇから持ってる物でも調べるか。手がかりが残ってればいいんだが”
マートは魔法感知の呪文を使って部屋の中を確認する。リーダーの男がつけていた指輪が反応した。
“魔剣、こいつを識別できるか?”
解毒の指輪だと答えが返ってきた。成程、これで毒針が効かなかった理由がわかった。念には念を入れているつもりでも、予想外の魔道具があるものだ。
所持品を調べてみるが、それらしい手がかりは何もなかった。もちろんステータスカードも持っていない。どちらにしても死ぬと名前以外の情報は綺麗に無くなってしまうらしい。
どうするか考え込んでいると、先に覗きに来た3人のうちの1人がマートを呼びに来た。みんな揃ったというのだ。マートの知覚では1人は外に呼びに行ったものの、ちゃんと2人を連れて帰ってきており、結局この宿屋から逃げ出した者は1人も居ない。
マートはその場に集まった12人を見回し、手空きの男に夜中で悪いがみんなにお茶を用意してくれないかと頼んだ。男は頷きお茶を淹れ始めた。その横でマートは口を開いた。
「なぁ、あんたたちはどうしたい?」
そう言われて、その場にいる全員が顔を見合わせた。そして、1人の男が話し始めた。
「俺はもう魔龍同盟とは縁を切りたい。こんなのはもうたくさんだ。だが、奴らから逃げられるのか?」
男が1人そう言いだすと、他の連中もそう言いはじめた。だが、黙ったままのも居る。たしか、ワイアットという名前の巨大アリの前世記憶を持っている男もその1人だった。マートはその男をじっと見つめた。
「俺は、強制されたとは言え、人を殺してしまった。いまだにここの宿屋の娘の血だらけの顔を思い出して寝られない。罪を償いたい」
見つめられて、ワイアットはそう言い、口々に逃げたいといっていた連中も押し黙った。唇をかみしめている者もいる。
「逆らえなかったというのは俺は理解している。その償いについては、衛兵に言っても魔人として正当に扱ってもらえないかもしれねぇから、別に考えたい。とりあえず魔龍同盟に戻りたくはないということは皆一致しているのか」
「ああ、そうだ」
12人は即座にそう答えた。
「ここに魔龍同盟の連中が居たというのは、魔術庁を通じて、この国の宰相であるワーナー侯爵に報告するつもりだ。だが、あんたたちの身柄をそのまま国の偉いさんに渡すのはさっき言った償いの件と同じ理由でリスクが高いと思ってる。だからこっそり逃げたいというのなら邪魔しねぇ。ただし、俺の事は黙っていてもらいたい。それが条件だ」
マートはまずそう言った。だが、皆、顔を見合わせるだけで、どうしたらいいかわからない様子だった。
「ワイズ聖王国には、エイトと呼ばれる魔人の組織はあるみたいなので、助けを求めることは出来るかもしれない。あと、ハドリー王国の第二王子は自分の親衛隊に魔人を優遇しているという話があるが、俺は実体をよく知らない。他、辺境のほうにいけば、魔龍同盟の目も届かないかもしれないな」
そういいながら、マートは鱗の事を思い出した。彼ら2人は無事どこかにたどり着いただろうか。
「猫と言ったな。あんたは守ってくれないのか?」
「守る?どういうことだ?」
「あんたは魔龍同盟と戦っているんでしょう?それも、私達と同じ魔人、守ってくれないの?」
別の女も同じような事を言った。彼女の目は複眼だ。前世記憶はハチかトンボ、ハエ関連の魔物といったあたりだろうか。年はまだ十台後半だろう。
「どうして、俺があんた達を守るんだ?」
「どうしてと言われても……。俺はどうしたらいいのかわからない。もしあんたがこうしろとか言ってくれたら言う通りにする。ああ、人殺しとか、そういうのは勘弁してほしいけどな。なぁ、あんたは強いんだろ?」
「ああ、そうだよ。どうだい?私の身体とか捨てたもんじゃないだろう?好きにしていいんだよ。その代わり、私を守っておくれよ」
マートはその連中の言葉にうんざりした。この連中は自分で自分の身を守ろうという気がないらしい。強い者に阿り、指示を待っているのだ。これでは、俺の事を黙っててくれと言っても、すぐ喋りそうで、宰相に引き渡すのもためらう。
“殺しちまえばいいんじゃない?ばれるのは嫌なんだろ?即死呪文を使って死体は死霊術でゾンビにして回収すれば何も残らないよ。どうせ宿の連中を殺した人殺しなんだ。そういう事もしないといけないっていう可能性も考えずに魔龍同盟に入ったんだ。自業自得だよ”
ニーナが念話を送ってきた。
“こいつら、ステータスカードを手に入れる前の俺より余程恵まれているはずなんだがな。ラシュピー帝国での扱いが酷かったっていうのか。鱗とは大違いだ。しかし12人も殺すっていうのは後味が悪すぎるな”
マートがそう返すと、ニーナからすぐ返事が返ってきた。
“ふふん、やっぱりね。そういうと思ってた。じゃぁ、僕が貰って良い?”
“まさか実験台にするとかじゃないだろうな”
“それはゴブリンとかで十分だよ。こういう他人任せの連中でも、自分の身を守れるように鍛えてあげたら変われるかもしれない。試してダメだったら、もっかい考えればいいじゃない”
“どうかなぁ。それで変わるものでもないと思うが、ニーナがそう言うなら試す位良いか”
結局、マートは、12人を試しにニーナに鍛えてもらうことにした。鍛錬場所には海辺の家を使う。再び1日に8時間、ニーナを顕現させるのを、王都でするのは少し危険な気もするが、すぐに戦争にはならないだろうし、海辺の家ならニーナが行けなくなっても暮らして行けるはずだ。
マートが倒した魔龍同盟でリーダーとよばれていた男は、ニーナが死霊術で回収したが、死体はレイスとなったらしい。ということは前世記憶はレイスだったのだろうか。
マートは拠点そのものには手をつけず、朝になってから、宰相に魔龍同盟の拠点らしきものを見つけたが逃げられたと報告したのだった。
-----
「それで、ここが魔龍同盟の拠点になっていて、そなたが調査していたが、皆逃げ出してしまったというのかね」
宰相が派遣した衛兵隊の副団長は年配の男性だった。
「調査といっても、俺を尾行してきた奴がいたから、それをまいて、逆に尾行しかえしたらここにたどり着いたってだけさ。宰相に報告した後、戻ってきたら、空っぽになってたんだ」
「ふむ、かなりのものが散乱しているな。ここを拠点に様々な調査をしていたらしい。争ったような痕もある。わかった、マート殿。後の調査は我々がしよう。マート殿とはどうやって連絡を取ればよろしいか?」
「俺は貴族街の外れに在る旧近衛騎士団の塔を利用した魔術庁に部屋を持っている。そこに連絡を貰いたい」
「了解した。マート殿については、宰相閣下が身元を保証すると伺っているので、このまま帰られてもかまわない。協力を感謝する」
読んで頂いてありがとうございます。
評価ポイント、感想などいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




