146 首輪
2021.5.5 誤記訂正 魔法学院 → 魔術学院
「エミリア伯爵はずるいです。かっこよすぎます」
2人が出て行った後、会議室でライラ姫は小さい声でそう呟いた。そして、気を取り直したようにワーナー侯爵の方を向き直った。
「宰相様、今回の件のマート様への褒賞はいかがなさいますか?」
「うむ、正直これほどとは思わなかった。エミリア伯爵の言葉通り、これでハドリー王国との戦いにもすこし希望がでてきた。マート殿、本当に叙爵は受けてくれぬのか?」
「俺みたいな無学な人間が貴族になってどうするんだよ。うまく行きっこないし、下になった人間が苦しむだけだろ」
「これほどの実績に金貨だけで払うとなると幾ら払えばよいのかわからぬ。魔道具は決戦が終わればすべて返却するとして、金貨3万枚ぐらいだろうか。それより、男爵、いや、足らぬな、子爵を受けてくれぬか?優秀な内政官をつけてすべて任せれるように手配しよう。孤児が貴族になったという話になれば、新たな希望をもつ者もでてくるだろう。それにライラ姫もおそらくそなたを手助けしてくれるだろう。どうだ?」
マートは考え込んだ。金はもうすでにかなり溜まっていて、ランス卿のほうの報酬も棚上げしている状況でもある。冒険者から足を洗うか?いやしかし、貴族の生活は息が詰まりそうだ。
「悩んでいるのか?気になる事を言いたまえ」
「孤児が貴族になる、それは確かに一つの夢だろう。だが、俺みたいな奴に仕えようと考える奴が居るとは思えねぇし、貴族同士の付き合いもとても出来ねぇだろう。あんたはどうしてそこまで俺を貴族にしたいんだ?」
「答えは簡単だ。私が貴族だからだ。そなたの力は計り知れぬ。敵にしたくない。だからそなたを、自分と同じ立場、同じ価値観に近づけたいと考える。そなたも、自分の領民をもてば、私の考えを少しは理解できるようになるだろう。ハドリー王国や蛮族に対する考え方も変わるに違いない。だから、そなたを貴族にしたいのだよ」
「つまらねぇ事を考えるんだな。やっぱ貴族の考えることは難しいわ。だが、そこまで踏み込んで答えてくれるとはな」
マートは言葉ではそういいながら、掌には汗を掻いていた。この宰相殿は仲間にならなければ敵と認定しなくてはいけなくなるかもしれないぞといいたいのだろう。貴族になるか、それとも、姿をくらますか。ああ、エミリア伯爵はこの可能性も見越してわざわざ、皆が居る場所で言ってくれたのか、すげえな、あんたは男前だよ。
「そなたに表面上のごまかしは逆効果だろう」
ワーナー侯爵はそう言って微笑んだ。
「わかった。ただし条件が4つある。全部呑んでもらえるのなら叙爵を受けよう」
マートは必死に頭を回転させる。どうすれば宰相の介入を受けずに済むだろうか。
「ほう、条件か、試しに言ってみよ」
「1つ目は領地は小さい街とその一帯という程度にしてほしいというものだ。いきなり広い土地を渡されても困る」
「ふむ」
「2つ目は、周囲は辺境が良い。隣接する貴族領はできれば1つ。多くても2つにしてもらいたい。たくさんの貴族に囲まれてもうまく付き合えないだろう」
「なるほどな」
「3つ目、俺なんかに従おうという人間は少ないだろう。だが、そうでねぇとうまくいかねぇ。内政官や衛兵隊といった俺の配下になる連中は希望者に限定する。希望しない人間はダメだ」
「ふむ、わかった。異例ではあるが、その条件で募集しよう。しかし、ここまでの条件では功績に対して褒賞が薄すぎるな。最後の条件は何だ」
マートはゴクリと唾を飲み、じっとワーナー侯爵の顔をじっと見ながら、口を開いた。
「国への税は免除してもらいたいということだ。開拓村などで3年ほどの免除がある場合があるだろう?それの拡大版ってこった。俺は内政の素人なんだ。税金を払うのは難しい」
それを聞いてワーナー侯爵は考え込み、そして頷いた。
「税の免除か。大きく出たな。男爵領として、丸ごと税の免除という前例は聞いたことがないが、確かにそれであれば、男爵領並みの領地ということで爵位は男爵としても、功績に対するバランスも取れるだろう。ただし、税の免除ができるのは、そなたの代のみだ。それでよいか」
「俺の子がもし居ればだが……もちろんそれで良い。大人になってからは自分で切り開くべき事だ」
「わかった。それで国王陛下に諮ってみよう。大丈夫だと思うが、さすがに私の権限を越える。少し待ってくれ」
「ああ、あと、一つ話があった。ランス卿とは、脱出につかった空飛ぶ絨毯と魔石100個の代償に今回ハドリー王国から脱出してきた連中21人に20金貨ずつを下賜してやってくれと話をしていて、その交渉を王都とするはずだ。よろしく頼む」
「その空飛ぶ絨毯と魔石は返さなくて良いのか?420金貨と交換は少し安そうだが」
「空飛ぶ絨毯をオークションに出すわけにもいかねえだろうよ」
「そう考えてくれると助かる。そなたの希望通りに処理をしておこう。国王陛下の了承を頂いたとしても、そなたの領地や家臣の選定に時間が必要なので、受け渡しには半年ほど待ってもらうことになるだろう」
「ああ、わかった、よろしく頼む」
「報酬はそれで良いとして、それとは別に、マート殿には仕事を頼みたいのだよ」
「あんなに領地を持たせたがったのに、ほったらかしでいいのか?」
「いや、領地が決まれば、もちろん、そちらにも顔を出してもらう。先程言った理由とは矛盾しているかもしれないが、私と同じように領地を持ちながら別の仕事をしている者も、王国では数多くいるのだ」
「確かにな」
「有能な貴族であれば、自らの領地の他に、国や自らが仕える上位の侯爵家、伯爵家などで役職を務めることも多いのだ。これについては、別に俸給が出る。領地には本人の代理人として家令を置き、ある程度の仕事を肩代わりさせることで役職と自領の統治を両立しているのだ。そなたの場合は、元から家令を置くことになるであろうから、おのずと両立は可能であろう」
「結局、俺を使いたいんじゃねぇか」
マートはそう呟き、ワーナー侯爵は苦笑を浮かべた。
「そう不貞腐れるな。決して悪い話ではないと思うぞ。最初の手紙の話だ。我が国は、平和であり過ぎた。魔道具ではハドリー王国に圧倒的に劣っており、戦争をしても勝てる見込みは薄い。また、魔龍同盟という危機もある。それらに対抗する手段を急ぎ構築せねばならぬのだ。これは急務だ。現在、ライラ王女、宮廷魔術師であるブライトン・マジソン男爵を中心に研究のための機関を立ち上げ始めたところだ。機関の名は魔術庁。他にも何人かの宮廷魔術師が参加しており、アレクサンダー伯爵家の次女であるジュディ殿も含まれておる。最近は彼女の勧めで魔術学院のウルフガング教授も参加いただくことになった。そして、それにそなたにも参加してもらいたい」
「それについて俸禄も出るという事か。具体的に何をするんだ?」
「私たちは今、感知の魔道具、魔法無効化の魔道具をつかって王城と重要拠点の防御方法の確立、魔道具の生産を目標としています。相手は空を飛び、姿を隠すことができる。マート様には、侵入を防ぐ方法に関する議論に参加してもらいたいの」
ライラ姫が話し始めた。
「私たちは魔龍同盟のことも、ハドリー王国の事も知らなさすぎる。今日、ジュディ様に提供してくれた資料で、ハドリー王国について、少しは知ることができるでしょう。それでも、まだほんの一端にしか過ぎないと思うわ。王城や重要拠点の侵入対策に目途がたてば、大規模な潜入調査が必要になるでしょう。それらについても相談したい。他にもたくさん相談したいことがあるわ。一緒に魔術庁に行きましょう。ジュディ様も待っているわ」
読んで頂いてありがとうございます。
猫に首輪がつきそうですが、はたして侯爵の思惑通りになるでしょうか?
次回から新章になります。
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