142 ランス卿とのすれ違い
「マートよ、よくやった!ありがとう!」
扉を開けると、ランス卿がいきなり大きな声でそういいながら、抱きついてきた。
「なんだ?おいおい、どうしたんだよ」
「ハドリー王国から、よく21人も救出してきてくれた。どれほど感謝しても言い足りぬ。ありがとう!ありがとう!」
「ああ、こんなに喜んでくれるのなら俺も嬉しい。アンジェの両親を探して行ったら見つかったんでな。それもうまく助け出す手段が見つかったのは幸運だった」
「おおまかな話は、パウルから聞いた。実はパウルは儂が騎士団長になったときに初めて採用した2等騎士の1人でな。ここの衛兵隊隊長とパウルとは騎士学院で同期なのだ。衛兵隊隊長は実技で1番、学業は2番、パウルは、騎士学院の学業の成績は1番だったのだが、剣技はそこそこで、儂が毎晩のようにしごいてな……」
ランス卿の口ぶりから、彼はパウルをかなり可愛がっていたんだなというのがよくわかった。
「一応、ハドリー王国に行く前に、捕まってた連中を助け出して来たら、その連中に何らかの保護、補償、介護をしてやってほしいっていうお願いをしてたはずなんだが、そっちはどうなりそうだ?」
「ああ、花都を出る前に、伯爵にはお願いして来た。とりあえずアンジェの両親やその一行のほうだが、そちらは、マクギガンの街でハドリー王国の間諜が占拠していた店や家は確保してあるので、それはそのまま返すことが可能だ」
「他の連中は?」
「他の連中については、とりあえず、いくばくかの金を出すことにはなると思う。騎士2人についても同様だ」
マートはすこし落胆の表情を浮かべ、それをランス卿も敏感に感じ取ったようだった。
「マートよ。気持ちは判るが、盗賊に襲われたものを全て補填できないのと同様に、今回脱出してきた連中すべてに財産を補填してやることはできないのだ。それをすれば、それこそ犯罪の被害者すべてに補填をしてやらねば不平等になってしまう」
「確かにそれは判るけどな。パウルたちは騎士として復帰できそうなのか?」
「1人は大丈夫だが、パウルは、片手の怪我が有るからのう、正直騎士としては厳しい。だが、指南役なり事務方なりとしてなんとか仕事を見つけようと思っている」
「まぁ、そんなものだろうな。国の理屈としては、それだけでもありがたい話だ。ところで、空飛ぶ絨毯の話は、パウルから聞いてるか?」
「ああ、聞いている。それに乗って脱出してきたのだろう。見せてもらえるか?」
「良いぜ。これだ」
マートは自分のマジックバッグから空飛ぶ絨毯を取り出した。
「これが、空を飛ぶのか。高さ5mと言ったな。実際に演習場で飛んで見せてくれるか?」
ランス卿と騎士パウル、マートたちは衛兵隊の演習場に移動した。空飛ぶ絨毯を地面に広げる
「パウル、一緒に乗って、ランス卿と、あと希望者に空の旅を経験させてやってくれよ」
「ああ、わかった」
丁度非番だった衛兵隊の連中が我先にと集まって来たので、ランス卿とパウルは相談して20人ほどに限定した。皆が絨毯の上に座ると、パウルがコマンドを唱え、宙に浮かぶ。
おおっという声が乗っている者、見ている者からも同時に出る。パウルの運転で、空飛ぶ絨毯は高さ5mの位置でぐるっと演習場を一周し、帰ってきた。
「どうだい、乗り心地は悪くないだろ?」
「たしかにの。これで脱出して、山を越えてきたというのじゃな」
「ああ、その通りだ。歩きにくい山道やちょっとした崖や亀裂ぐらいなら簡単に乗り越えられるからな」
そう言いながら、マートは絨毯を巻き、マジックバッグに収納してしまう。3人は、わいわいと騒いでいる衛兵たちを残し、部屋に戻った。
「空飛ぶ絨毯は、ハドリー王国から奪取してきた俺のもの……国の理屈としては、それでいいよな?」
マートはランス卿にそう訊ねた。
「う、うむ。確かにその通りじゃ」
「だけど、これは欲しいだろう?国王陛下に報告するときにも実物を見せたいもんな」
そう言って、マートはにやりと笑って、話を続けた。
「これに、魔石を100個つけよう。ハドリー王国の魔石鉱山で産出されていた魔石だ。どうせ、これも品質を確認したいという事になるだろう。どうだい?これを献上した褒美に、国と伯爵は420金貨出してくれないかな。こういうことなら国の理屈も通ると思うんだ」
「空飛ぶ絨毯については、そなたは欲しがるだろうと思っていた。そなたが、そういう風にしてくれるのなら、儂もやりやすい。アレクサンダー伯爵には、儂が責任をもって話をしよう」
そう言って、ランス卿は何か安堵したようだった。
「言っておくが、今回は特別だ。今後もそうだとは言わねぇぜ。しかし、国にとっては一大事じゃねぇのか?あんな魔道具が潤沢にあったらやばいだろ」
「ああ、それに関しては急いで宰相閣下に報告の使者を向かわせておる。あと、その宰相閣下から、そなたに手紙を預かっておる」
そう言って、ランス卿は、印章をつかった封蝋で閉じられた大仰な手紙をマートに差し出した。
「すげぇ立派な手紙だな。どうしたらいい?」
「儂もアレクサンダー伯爵も中身は見せてもらっておらぬ。きちんと読んで、対応してくれとしか言えんな。個人宛に宰相が手紙を出すなど異例の事じゃ。儂にわかるわけがないじゃろう。この場で読むか?」
「いや、いい。とりあえず受け取った」
マートはそう言って、その手紙を受け取った。
「儂から、一つお願いしたいことがあるのじゃ」
「俺からも聞きたい事があるが、先に聞こう」
「シェリーの事じゃ。1等騎士としての教育を終えて、近々領地に赴任する予定となっておるが、非常に心細く思っているようじゃ。彼女の領地の基本となる新しい村の村民は伯爵領内の各地から既に移住が始まっているところじゃが、そなたは彼女をよく知っておるじゃろう。手助けしてやってくれんか」
マートはその話を聞いて苦笑した。エミリア伯爵が『シェリー嬢が1等騎士になるのは、そなたへの褒美でもある』と言った時のニヤニヤした笑顔が思い出された。
「大変なんだろうな。で、その手助けというのは依頼?」
マートがそう言うと、ランス卿はすこしムッとした表情になったが、マートは言葉を続けた。
「手助けはしてやりたいが、領地を治めることについて、学のない俺が手伝えることは少ないと思う。もちろん、依頼内容と報酬次第だけどな。具体的に魔物が発生しているから討伐して欲しいというのなら、友人価格で安くしてやってもいい」
「シェリーにはそう言って良いのか?」
「勿論、良いぜ。とりあえず、ランス卿の願いというのはそれで終わりかな?」
「そうじゃな。非常に残念じゃが、そうなるの」
「では、次に俺の話だが、今回の調査依頼に関する俺自身への報酬はどうなった?」
「空飛ぶ絨毯ではなかったのか?」
ランス卿は、何を言っているのだという顔をして言った。
「空飛ぶ絨毯については、俺がハドリー王国で手に入れたものを王国に献上するのであって、今回の報酬とは関係ないだろう。ついさっき、空飛ぶ絨毯は本来は俺のものだと言うのに納得したばかりだと思うんだが、違ったか?」
「あ、ああ、そうじゃったな」
「前回話したときに、感知の魔道具と魔法無効化の魔道具についてお願いしていたが、あれはどうなったんだ?」
「いや、あれは……国に届けて……」
「国の調査検討で必要なものということになっちまったのか。あれも本当は俺が見つけた物で、説明するために渡しただけと言うこともできたんだがな。じゃぁ、俺への報酬はどうなる?」
ランス卿は押し黙ってしまった。マートは苦笑を浮かべる。
「とりあえず、国や伯爵家からの依頼については、少なくとも今回の報酬として満足出来るものが欲しい。マクギガンの街での話は、個人的には、あんたから礼は貰ったから、まぁ、あれで良いとしても、ハドリー王国が作った間道の警備状況などの調査依頼に関しては報酬が決まってないし、もらえる目処が立っていない。報酬が決まらない事には、調査依頼に関する報告はできない。伯爵にはそう言っておいてくれ」
ランス卿は苦虫をまとめて噛み潰したような顔をしたが、マートは言葉を続ける。
「ランス卿、あんたは、他の貴族とかに比べて話がわかるから、あまり言いたくなかったんだが、だいぶ積み重なってきたから、今回はきちんと言っとくよ。貴族同士なら、位の上の人間が下の人間に命令したりするやり方が普通なのかも知れねぇが、俺は冒険者だ。国から給金のようなものを貰ってるわけじゃねぇ。勲章で支給してるつもりなんだったら、それはあんたの勘違いだぜ。それは貰う時にちゃんと確認したはずだ」
そこまでマートは一気に言い、さらに言葉を続けた。
「冒険者は無報酬では仕事をしない。モンスターが大量発生したとか、そういう事件なら俺ももちろん協力するが、国同士の争いに駆り出されるのなら、納得する報酬をだしてもらわないとなんだ」
マートは言いたいことを言った後、空飛ぶ絨毯と魔石を100個入れた皮袋を置き、無口になってしまったランス卿と騎士パウルに挨拶して立ち去ろうとした。
「マート、少しいいか?」
パウルが片手を上げて、立ち去ろうとしたマートを留めた。
「ん?何だ?」
「いくら伯爵家と言っても、予算なんて限られたものだ。420金貨だけでも、結構厳しいってことぐらい、判って言ってるんだろ?」
「ああ、判ってる」
「なら、あんまりランス卿を虐めないでやってくれよ」
そう言いながら、パウルはすこし微笑んだ。
「虐めてるつもりはないんだ。だが、あんまりお願いをこなしちまうとさ、他の冒険者連中が働く仕事を取ってることになるんだよ」
「それは、あまりにも何でも出来るからだな。今回、マートがきちんと話した事で、少しはランス卿も貴族世界以外の話も理解しただろう。試したりせずに、報酬として何か欲しいものがあるのなら言ってくれよ」
「残念ながらホントに今はねえし、試してるつもりもねぇんだよ。思いついてたら提案してるさ」
「そうか、わかったよ。お前のおかげでこの国に戻らせてもらったからな。ギスギスしてるのは面白くないので口を挟ませてもらった。シェリーに関してはこちらからの依頼は無いが、顔はみてやってくれないか?」
パウルは貴族出身でありながらも、捕虜として一般の人に混じって苦労してきただけに、いろいろ判っているようだ。
「ああ、もちろん顔は見に行こうとおもってた」
「ランス卿も気にしてるみたいでな、よろしく頼む」
マートは頷いた。
「依頼については、もう少し考えてからやってくれるようにパウルからもランス卿には説明しておいてくれ。なんでもかんでも便利だからって俺に振るのはやめてほしい。あと、他の21人に対する補助として20金貨ずつというのはなんとか確保してやってくれ」
「うむ。俺自身については微妙だが、他の連中の分については尽力しよう。伯爵様にも話しておく」
読んで頂いてありがとうございます。
会話が多くて少し長くなってしまいました。
すれ違いがちだったマートとランス卿に代表される貴族連中と間にパウルが調整に入ってくれました。これでマートが好き放題に働かされたりというのは減るかも?
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