141 魔法のドアノブの5番
エバたちを送り出したマートは、ニーナも訓練に送り出し、最近出来ていなかった武器や夜営道具の手入れをしたりしていたが、思っていたより時間はかからなかった。女性陣が服を選ぶとなると、おそらくそんなに早くは帰ってこないだろう。何をするかと考えていたのだが、ふと魔法のドアノブの事を思い出した。
ダイヤルは10個あるが、結局まだ1と8しか行く先は判っていない。だが、1の時と同じようにすれば、開通すること自体はすぐできるだろう。そう考えたマートはダイヤルを今度は5に合わせて壁に差し込んだ。
扉を開いた先は、たしかに岩だらけだったが、今度は天然の物がほとんどで、加工されたものは見当たらない。1の時と同様に、マジックバッグに岩を収納して、ゆっくりと空間を広げていった。
岩の向こうでは、ビョウビョウと風の音が聞こえている。パラパラと今にも周囲の壁が崩れそうだ。マートは倉庫から木の板を持ってきて天井と壁を補強しながら、掘り進める。ようやく明かりが見え、トンネルができたのは3時間程その作業を続けた後だった。
マートはそこから顔を出し、周囲を見回した。山の中だ。近くに湯気の上がるお湯が溜まった場所がある。その横に海辺の家と同じような継ぎ目のない白い岩でできた建物が存在していた。
飛行スキルを使い、空から周囲を確認する。そこから見た風景にマートは見覚えが有った。ここはヨンソン山だった。以前ヴレイズと出会った洞窟の入口からはそれほど遠くないのだが、今現在の山道からは切り離されており、空を飛んだりといった方法がない者にとっては隔離された場所だった。
マートは魔法の扉を抜けてきた場所にもどる。上空から見ると、その場所は古い時代に岩肌が崩れふさがれたのだろうと思われた。やはり、魔法のドアノブの先のほとんどは長い年月の間に土砂崩れなどによってふさがれているものが大半なのだろう。ヨンソン山に来る人間が多いとは思えないが、以前来た時にはワイバーンに襲われた。そちらにも注意が必要だろう。
もうすぐニーナが戻ってくる時間で、それまでに昼食を済ましておくべきだとは思ったが、最後にマートは建物のほうに戻った。壁には、海辺の家と同様に操作パネルのようなものが存在した。マートは魔石を操作パネルに宛がった。操作パネルが赤く光り、そのあと黄色に変わった。メーターのようなものが映り、それが真ん中ぐらいまで目盛りが移る。マートは腰の魔剣に手をやった。
“なぁ、これはわかるか?”
“設備の操作パネルじゃろうな。海辺の家にもあっただろう?”
“それはわかるが、何の操作パネルだよ”
“少し待て、確認してやろう”
マートは魔剣の反応を待った。
“ここは、大地の熱と地表に湧いて出る湯を利用した設備のようじゃな。ほれ、外に湯が溜まっている場所があるじゃろう。あれは露天風呂というものらしい。今は汚れておるが、清掃のためのボタンが別にある様じゃ。中にも海辺の家より豪華な風呂と、サウナと呼ばれる身体を蒸して温めるもの、低い温度の水風呂などがあるようじゃ”
“へぇ、海辺の家もそうだったが、これを作った連中は風呂というものが好きだったんだな。たしかに海辺の家の風呂は気持ちいいけどよ、そのサウナとかもそのうち試してみよう”
“中には、飲み物などが生成される魔道具があるようじゃ”
“へぇ、飲み物?”
“水や果実水のほか、冷えたエールを作る魔道具もあるようじゃぞ”
“そんなのが生成できる魔道具なんてあるんだ。昔はいろいろ作ってたんだな。まぁ、そっちに魔石を使うかどうかは使う時に考えよう”
“そうじゃな”
“そろそろニーナが帰ってくるはずの時間だ。戻ろうぜ”
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マートが昨日の売れ残りのパンにチーズを乗せ、軽く魔法で温めて食べていると、窓から透明になった状態のニーナが入ってきた。透明になった状態といっても、マートには姿が見えているので不意を突かれる様なことは無い。
「おかえり、ニーナ どうだった?」
「ただいま。美味しそうだね、貰っていい?」
「ああ、良いぜ」
マートが用意していたチーズ載せパンをニーナは一口齧り付き、今日はテーブルの上に座った。
「前にエミリアに頼まれて討伐したところだけど、ちょっとオーガたちが戻りつつあるね。即死呪文とかの練習を兼ねて少し間引いてきたよ」
「へぇー、あんまり間引きすぎたら……」
「ああ、ちゃんと判ってるよ。急に減ったら不審に思われる、だろ? 君のいう事は判ってるさ。あそこよりさらにもうちょっと南側とか西側とかのあたりで洞窟だか鉱山だかよくわからないところを根城にしてた連中を潰してきた」
「それならいいけどな。オーガの死体はほったらかしじゃないだろうな」
「ああ、全部死霊術でゾンビにして回収してきたよ。あれは便利だね。何体かゾンビにして穴に突っ込ませたら、それに群がってくるからさ。こっちはその後ろで透明になって呪文や毒針で倒し放題」
「オーガにしても可哀想になってくるな」
「あれで暫くは流れてくるのは減るだろ。シェリーの領地になるんだろうしね」
「そうらしいな。そのうち覗いてやろうとは思ってる」
ニーナの表情は活き活きしている。
「時間は4時間だとちょっと短いね。これだと、あまり遠くまでいけない。海辺の家からさらに転移して森のほうに行くか、ダービー王国の方に行ってみたいな。あとさ、お金をちょっとおくれよ。帰りに美味しそうな昼ごはんを売ってたんだけど買えなくてさ。魔法でちょろまかそうかとおもったけど、そういうのは嫌なんだろ?」
「ああ、そうだな。金も余裕ができたから渡しておくか。時間はこの顕現を解いて試してからな」
「あいよ。じゃぁ顕現を解いてみておくれ」
マートは残ったパンを食べ終えると、ベッドの横で顕現を解いた。くらくらとめまいがし、マートはそのままベッドに倒れこんだのだった。
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「冒険者のマートだ。ランス卿に呼ばれて来た」
マートたちがリリーの街に戻ってきてから3週間。花祭りも終わったらしく、ランス卿から、リリーの街の衛兵詰所に顔を出してくれという連絡があった。マートがそう言って、衛兵隊詰所に顔を出すと、衛兵はまるで偉い人を出迎えるように立ち上がり、敬礼をした。
「おいおい、どういう事だ?いつもと全然ちがうじゃないか」
衛兵達は、マートが冒険を始めた最初の頃は偏見だらけで、ランクCになってようやく顔見知りの何人かは親しげに話してくれるようになったものの、こういう詰め所では冷たい視線を向けられることが多かったのだ。この間の宴会の雰囲気はどうせ一時的なものと思っていたのだがそうではなかったようだ。
「よう、猫、この間の宴会からみんなお前を見直したのさ。今まではあんたの悪口をいう騎士しか居なかったからな。俺がずっとお前は良い奴だって言ってたんだが、パウル様の話でようやく皆信じるようになったんだ」
顔見知りの衛兵がそう言った。
「へぇ、そうなのか。見直してくれたのは嬉しいが、敬礼されるのは勘弁してくれよ」
「へへっ、そうだってよ。俺が言ってたとおりだろうが。ランス卿は奥で待ってるぜ。案内するよ。パウル様も一緒だ」
「あいよ、じゃぁ、頼むぜ」
マートは、衛兵に案内されて、詰め所の中を移動した。
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