139 両親との再会
『炎の矢』
マートは即座に呪文を唱えて魔術師の目を潰した。
「魔法使いが居る。警戒態勢を」
パウルたちは戸惑った様子だったが、剣を抜き、周りを見回しつつ構える。
「何だ、こんな街の目の前で何が有った?」
元冒険者のロッツが戦闘経験のないアンジェの両親などマクギガンの住人や元メイドたちを内側にして警戒の輪をつくる。
“猫、誤解だ、俺だよ。魔法で街道の様子を見てただけだ”
緊張して周りをさがしていたマートに念話が届く。それはクラン<黒い鷲>のサブリーダーで魔法使いのエリオットからだった。
“ショウから聞いてな。もうそろそろ来るかと思って見てたんだ。リネット村からわざわざ知らせてくれた男も横に居るぜ”
それはニーナが化けた姿だなとマートは確信した。やり方は任せていたが、いい方法だ。
“そっちにパウルっていう騎士が居るんだろう?実はそいつとリリーの街の衛兵隊隊長は騎士学院で同期だったらしいんだ。それでこんな騒ぎになってる”
“びっくりさせるなよ。こっちは衛兵が門の所にぞろぞろいるし、変な目玉が宙に浮いているしよ。寿命が縮んだわ。まぁいい、とりあえず大丈夫だってみんなに言って、そっちに向かうわ”
「すまん、大丈夫みたいだ。あれは歓迎らしい。今念話が来た」
「よかった。歓迎してくれとるのか。じゃぁ街まで急ぐぞ」
アンジェの両親たちは疲れていたのが嘘のように急に元気になり、しゃきしゃきと歩きはじめたのだった。
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「おおお、エバ。すまんかった。さぞ盗賊たちに酷い目に会わされたのじゃろう。生きていてよかった」
アンジェの両親は出迎えに来ていたエバを見つけてそう言いながら駆け寄った。そして、その横に立っていたアンジェをじっと見つめた。
「お前は、アンジェか?」
「うん、お父さん」
「アンジェ……こんなに大きくなって……」
横で母親が手をわなわなと震わせ、詰まりながらなんとか言葉を絞り出した。
「うん、お母さん」
アンジェに両親が抱きついた。
「おおお、アンジェ……アンジェ……よく生きていてくれた。たった2才で、小さかった儂らのアンジェ……エバもよく守ってくれた。ありがとうありがとう」
アンジェの母親がエバも抱き寄せる。アンジェとエバも両親に抱きつく。
マクギガンで攫われたあとの4人もエバちゃん、アンジェちゃんよかったねと呟いて、彼女たちの頭を撫でていた。エバは私だけが生き残ってしまって……と4人に謝っていたが、エバが謝る事ないんだよ。わるいのは盗賊たちさ。2人の様子を聞かせておくれと慰められていた。
そして、その横では、騎士パウルと、リリーの街の衛兵隊隊長が再会を喜んでおり、衛兵隊詰所には帰還の宴会の準備がされているとのことだった。
マートは、ショウやエリオット、ニーナが変身したリネット村の若者と共に集団の最後尾あたりで一緒についていった。
「ショウ、エリオットありがとよ。こんな騒ぎになるとはな」
「ああ、今は花都ジョンソンじゃ花祭りでさ、代官のバジョット男爵は留守なんだ。で、衛兵隊に話を通しておこうとしたら、パウルと学院で同期だって飛び上がって喜ぶもんだからこんなことになっちまった」
「でも、まぁよかったさ。最初、衛兵隊が門の前に並んでいるのを見た時には、魔獣が近づいてきてるとかかと思ったよ」
衛兵隊詰所に着くと、集会場には大量の料理と酒が用意されていた。
「今日は、特別な祝いだ。堅苦しいのはやめて友達として話をしよう。冒険者のマート。猫という名前のほうがよく知られているな。水の救護人が、やってくれた。今度は別の所から、騎士仲間や、街の連中を救助してきてくれたんだ。本当にありがとう。乾杯。今夜は飲むぞっ」
衛兵隊隊長がそう言って宴会は始まった。マートとしては、いつもは衛兵たちから冷たい視線を受けることも多かったが、今日は全然違った。衛兵たちも次々とマートに話しかけて来て、つぎつぎと乾杯する羽目になったのだった。
マートは上機嫌になり、以前ダービー王国のセドリックに貰ったキタラと呼ばれる竪琴を取り出した。抱えて奏でるタイプで、かなりの名品らしく素晴らしい音が出る。マート自身も最近のお気に入りだ。
彼はアレクサンダー伯爵領でよく歌われている故郷の詩を歌い始めた。美しい森、周囲を守る山々を称えた歌だ。ハドリー王国からようやく故郷に帰ってきた皆にふさわしい曲だとおもったのだ。
演奏に併せ、衛兵達も帰還者も皆嬉しそうに大きな声で歌いながら乾杯を繰り返している。
そうやって宴会が進み1時間程経った頃、騎士パウルたちも含めた21人の連中がマートの所にやってきた。先頭はアンジェの親父さんだ。
「ありがとう、マート殿、無事に助け出してくれて本当にありがとう。残念ながら儂等は何も財産がなく、今は礼としては何もできない。だが、こうやって助けてくれた恩は絶対に忘れん。何か出来るようなことがあればすぐに言ってくれ。当たり前の事だが、改めて言っておこうと皆で相談したのじゃ」
マートはそういわれて、照れたように頭を掻いた。
「ああ、わかった。でも、元々あんた達を助けようとしたのは、礼が欲しいからじゃねぇ、アンジェたちのためだ。俺は孤児だからな。親なんてものは知らずに育った。もし可能性があるのならと思ったのさ。それに、ランス卿やアレクサンダー伯から、今回の調査報告で、報酬は分捕るから安心しな。今日は脱出できた祝いで宴会だ。久しぶりに飲んで騒ごうじゃねぇか」
「ああ、ここまで良くしてくれて……」
親父さんは言葉に詰ったようだった。
「そんな堅苦しく考える必要はないさ。ほら、酒だ、久しぶりだろ?衛兵隊の隊長が用意してくれた無料酒だ。今夜は飲もうぜ。そうそう、パウル、今晩はどうするんだ?」
「ああ、そうだな。衛兵隊隊長は宴会の事ばっかりですっかり頭から抜けてるかもだ。衛兵隊の詰所なら綺麗かどうかは別にしてベッドぐらいならいっぱい空いてるから、俺たちは大丈夫だが」
そういって、パウルはちらとティナたちの様子を見て言葉を続けた。
「ああ、衛兵隊にも女性は居るが、彼女たちにはちょっとしんどいかもだな」
「アンジェの親父さんたちはこちらで引き取ろうと思っていたんだ。じゃぁ、彼女たちもこっちで引き取るよ。エバに話をしておこう」
読んで頂いてありがとうございます。
章が長くなりましたのでここで、一度区切って、次からは新章とします。
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