138 山越え
嬉しいお知らせがあります。一迅社様より書籍化のお話を頂きました。現在校正を始めています。きちんと結実できるかは心配ですが、がんばって努力してゆきたいと思っています。順調に行けば、刊行は5月頃になる予定です。尚、こちらの隔日投稿につきましては、このまま継続の予定ですので御安心ください。
空飛ぶ絨毯で移動し始めて4日目の昼、ようやくハドリー王国とワイズ聖王国の間を遮る山脈がマートたちの目の前に迫ってきていた。クリントン監獄からここまでの間、途中何度かオーガやゴブリンなどの集団を見かけることはあったが、高さ5mとは言え、空を飛ぶマートたちには手を出せず、逆に物陰に隠れて通り過ぎていくのを待つという様子であり、このまま特に問題なく脱出が出来そうに思われた。
とはいっても、座っているだけとはいえ、4日間も同じ姿勢というのは、なかなか辛いものだ。皆、夜に着地して野営の準備に入る頃にはいつもぐったりと疲れている様子だし、特に年のいっている連中は今朝も腰が痛んでなかなか起き上がれない様子だった。
「ここからは山越えだ。寒くなってきたら、耐寒呪文を使うので言ってくれ。うまく行けば暗くなる頃にはアレクサンダー伯爵領に入れると思う。今のところ順調だが、あと一息、油断せずに頑張っていこう」
マートは、絨毯の上で座っている21人にそう説明した。夜にはアレクサンダー伯爵領に入れると聞いて、皆の士気は上がったのだった。
「あれから8年か、変わったんじゃろうな」
アンジェの親父さんが呟く。最初はエバとアンジェの事ばかりを話したがった両親だが、エバと一緒に盗賊の手許に残された他の2人は死んでしまったということを知ってからは、言葉を選ぶようになっていた。
「そうだろうな。だが、もし脱出できたらランス卿には何とかしてやってくれってお願いしてある。あのおっさんの事だから、何か考えてくれるだろうさ」
「ランス卿はまだ騎士団長でおられるのか?」
「いや、怪我で団長は辞めたって聞いたけどな」
騎士のパウルはそう聞いて、少し落胆した様子だった。
「あのおっさんは、人気がありそうだな」
「当たり前だ。20年前にハドリー王国軍がホワイトヘッドに侵入してきたときに、当時ホワイトヘッドの騎士隊長だったランス卿は、配下の50騎を率いて、ハドリー王国の500騎を撃退されたのだ。いまだにその戦いぶりは騎士団のなかでは伝説になっている。ランス卿はその功績をもって騎士団長になられたのだ」
「10倍の敵か。すげぇな」
そんな事を話しながら飛行を続けていると、遥か上空に漆黒で羽の生えた四足の獣が旋回しているのが見えた。マートが気がつくのとほぼ同時に相手もこちらに気がついたようだ。
「上空に何かいるぞ。パウル、岩陰に絨毯を下ろしてくれ」
マートの言葉に、パウルは空飛ぶ絨毯を降下させ始めた。コマンドでの操作なので、それほど早いわけではないが、この4日間にパウルは操縦がかなり上手になっていた。
マートは弓を取り出しつつ、その空を飛ぶ四足の獣をじっと見つめる。鷲の上半身と翼を持ち、下半身はライオン 体長は3mほどだろう。魔獣グリフォンだ。
グリフォンはくるっと3回ほど旋回した後、こちらに急降下する体勢をとった。マートは弓を引き絞った。足元が揺れるので、狙いがつけられない。もう1人の騎士とロッツたち元冒険者は手に剣や槍を構え、狭い絨毯の上であるが、他の連中を庇う様な位置取りをする。彼らも絨毯が揺れるのに備えて膝立ちの姿勢だ。
猛禽類が得意とする急降下。前脚の鋭い爪を構え、落下速度を加速度としてグリフォンはマートたちのいる空飛ぶ絨毯に向かって一直線に向かってくる。
マートは飛行スキルを使って一瞬浮く。その瞬間だけ揺れが収まる。
<貫射> 弓闘技 --- 装甲無効射撃
グリフォンの右目を狙いマートは矢を放った。
狙い澄ましたその一撃は誤らずグリフォンの右目を貫通した。衝撃に巨体が揺らぐ。浮力が失われた。鳥などと違い、翼の力ではなくスキルで飛行している魔獣はそのスキルの力を失えば、その体重に比べて翼は小さすぎて、滑空などできなくなる。
きりもみ状態でグリフォンは荒野に落下した。息を止めてその様子を見ていた連中からは、どよめきが起こった。
「グリフォンを一撃か。すげぇ、やるな」
ロッツがそう呟き、マートに拍手をした。
「ああ、運がよかった。急降下は一直線で来るからあまり相手の位置がぶれないからな」
「っていっても、こんな揺れる場所からよく射れたよ」
「まぁな。あの高さから落ちたら、さすがのグリフォンも死んでるだろう。せっかくだから、素材だけ回収して、先に進もうぜ」
マートはそう言って、パウルに空飛ぶ絨毯の操縦を頼んだのだった。
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それから3日後の夕刻、マートたち一行には、ようやくリリーの街が見えてきた。
グリフォンを倒した後、山を越えると、アレクサンダー伯爵領のリネット村。魔法の絨毯にのって山を越えて来るという信じられないような方法での来訪ではあったが、マートは以前に村の人々と面識があり、21人の脱出者も歓迎をしてくれた。その後はアレクサンダー伯爵領内の移動であり、騎士2人と元冒険者が数人いるという旅であったので、監獄からの脱出行では魔法の絨毯という移動方法で疲労も少なかったこともあってなんとかここまでたどり着けたのだった。
「おおお、ついたぞ。街だ。ワイズ聖王国の街じゃ。もう安心じゃ」
疲労困憊で歩いているアンジェの親父さんたちは、喜びの声を上げた。
「ああ、もうすぐだ。知り合いと俺のクランのリーダーには先に連絡して待ってもらってるからな。身元引受人として街には問題なく入れるはずだ」
「ああ助かるな。そんな事までいつの間にやってたんだ」
パウルは不思議そうに尋ねたが、マートはにっこりと笑っただけだった。実は朝早くにニーナを顕現して先行させ、エバ、アンジェ、そしてクラン<黒い鷲>のリーダーを務めるショウに連絡を取るように指示していたのだ。旅芸人の一座に居た子供の頃はそうやって街の外で野宿する羽目に何度も遭っていたマートは、人数が多いというので、門のところで留められると厄介だと考えたからだ。
だが、門に近づいていくと様子がいつもとは変わっていた。衛兵の数が多い。大抵3人ほどが門の前に立っているのに過ぎないのだが、今日は20人以上の衛兵が門の前に立っていた。他にも門の横には行列ができている。
「ちょっとまて、なにか様子が違うぞ」
マートが、皆を静止した。
「おかしい、衛兵隊が20人以上門のところで待ち構えている」
マートは上空からの視線を感じた。何かが少し上に浮かんでいる。目玉??
“何だあれは?”
マートは魔剣に尋ねた。魔法感知の呪文はニーナが顕現したままになっているので使えない。
“魔術師の目じゃ。どこかの魔法使いがこっちを見ておるな。あの目玉は魔法でも矢でも潰せるぞ”
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