137 目指すはワイズ聖王国
東の空が白みはじめ、周囲は少し明るくなり始めた頃
マートは、囚われていた21人の連中と共に、クリントン監獄の南の少し小高い丘にたどり着いた。抜け出してきた監獄をマートの視力で覗き込むと巨大アリたちは監獄全体を住み処として歩き回っており、他に人の姿はなかった。
運良く脱出したものも居るかもしれないが、追ってくる連中はとりあえず居なさそうで、マートが皆にそう告げると安心のためか、多くのメンバーがその場に座り込んだ。
「無事、脱出できたようだな。改めて礼を言う。ありがとう」
パウルたち2等騎士の2人組がマートに握手を求めてきた。移動しながら聞いた話によると、2人共、アレクサンダー伯爵家の騎士で、国境であるホワイトヘッドの街にある砦に居て、警備任務をしている途中に襲われ、捕まったらしかった。騎士としては情けない限りだと自嘲気味に言っていたが、その動きは俊敏で、おそらく監獄のなかでも希望を失わず、鍛錬を続けていたのだろうと思われた。
「とりあえず第一関門は突破だ。まずはここで簡単に腹ごしらえをして、夕方まで移動の予定だ。大変だと思うが、頑張ってくれ」
マートは、そう言って、マジックバッグから鍋や水の入った木の樽、椀などを取り出した。
「ここで料理をするのか?」
パウルは不安そうだ。
「一般人もいるからな、少しは腹に入れておかないと体力がもたない。心配しなくていい。もう調理済みのスープだ。いっぱいあるから心配しなくていい」
『加熱』
マートはそう言い、取り出した鍋の中身を温めた。追加でパンも配る。
「成程な。そいつはいい。マジックバッグなんて高級品に調理済みの鍋を入れておくなんて思ってもみなかったが、こういう時は助かるな。それも魔法でスープを温めるなんて、贅沢な話だ」
「パン屋の親父さんにこんなパンを渡すのも気が引けるが、まぁ非常時なんで我慢してくれ」
「いやいや、そんな事は言わんさ。温かいものは良いのう。もう春とは言え、まだ朝は寒いからの」
アンジェの親父さんはおいしそうにパンをスープに浸しながら食べている。
アンジェのお袋さんは、20歳前後の女性3人にスープを渡していた。1人はあのランス卿の治める村出身のメイドで、名前はたしかティナと言ったはずだ。3人ともあまり元気はなく目は虚ろだが、スープを口に入れ、すこし微笑んでいたのが救いだった。
「ここから、どうするのか教えてくれ」
行商人をしていて捕まったと言っていた男がマートに尋ねた。
「これを使う」
そう言いながら、マートはマジックバッグから巨大な絨毯を出して広げはじめた。6m四方はありそうだ。行商人は不思議そうな顔をしている。
「監獄の研究室にあったのを頂いてきた。空飛ぶ絨毯という魔道具らしい」
「空飛ぶ絨毯?その大きい絨毯が、まさか飛ぶのか?」
「ああ、まだ開発中らしくて、高さも地上から5m程しか上がらないし、速さも馬の速歩程度までしかでないそうだ。何人ぐらい乗れるかはまだテスト中だが、30人は乗れそうらしいってことでな。今回使えそうだろ?」
「高さ5mというのは微妙だが、ここに居る全員が乗れるのなら丁度良いな。どうやって動かすんだ?」
「乗るのは誰でも大丈夫だが、操作するには利用者登録というものをしないといけないらしい。登録するのに魔石と10分程の時間、既に利用者として登録している者の許可が必要だ。登録した利用者は浮かべ、右回転、進め、止まれといったコマンドが使えるようになる。今は俺だけが利用者として登録されている状態だ」
「成程な」
行商人の男は頷いた。
「一応、騎士のパウルは利用者に登録しておこうと思う。問題はこいつの燃費だ。出荷前の魔石を山ほど貰ってきたが、30分置きに補充しないと、高度が下がって地面に下りてしまうらしいので結構面倒なんだ。だが、歩くことを考えれば全然マシだろう。これをつかって、このまま南西に向かおうと思う」
「南西?このまま蛮族の住むエリアを進むのか?ずっと南に行けば、外海に出れるとは思うが、そっち経由ということか?」
パウルはそう訊ねた。外海というのは、ワイズ聖王国から蛮族の住む荒野をさらに南に行くと広がっている海の事だ。ちなみに内海というのは、ラシュピー帝国の東側からハドリー王国とダービー王国の北に広がっている海のことになる。
「いや、夏に向かう時期だけだが、リリーの街の南、ウィシャート渓谷あたりには、山を越えてくるオークが居るんだ。今は春に向かう時期なので、オークが抜けてくる時期にはまだ早いが、そのオークが使うルートを俺は知ってるんで、それを利用しようと思う。もちろん、普通では雪や氷で滑りやすく、気温も低いので難しいルートだが、この空を飛ぶ魔道具と、精霊魔法使いである俺の耐寒呪文があれば、越えることが出来る」
「そういう事か」
「ただ、蛮族の多い荒野をつっきることになるから、もちろん危険はある。極力居ないルートを探るが、場合によっては戦いになる可能性がある。その時は、騎士2人には頑張ってもらわないといけないが、他に戦いの経験のあるやつはいたら是非手伝ってほしい」
マートがそう言うと、先程、どうするのか教えてほしいと言った行商人が手を上げた。
「俺はロッツ。交易商をしていたが、以前冒険者として働いていたことがある」
その他にも、何人か剣や槍を使ったことがあるという男たちが申し出た。マートはその連中たちを絨毯の外側の場所に、戦いの経験のない連中は比較的安全な内側に座らせると、空飛ぶ絨毯を浮上させ、国境となる山脈に向かって移動しはじめたのだった。
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