130 逮捕 (アレクサンダー伯爵領付近地図あり)
マートの心配は杞憂に終わり、ランス卿親子たちは、あっさりとマクギガンの街から逃げ出した連中を捕まえることに成功した。最大の懸念は逃亡者の中に魔術師が混じっているかもということだったのだが、それはなかったようだ。そうであれば、騎士2人と従士を相手に、普通の人間10人では勝ち目はなかっただろう。
ランス卿の話では、彼らは一旦近くのホワイトヘッドの街に護送し、そこで軽く尋問をするのだそうだ。その後で、花都ジョンソンに移送し、伯爵に判断を仰ぐことになるだろうという事だった。
マートがアンジェの親たちが連れ去られた可能性について先に質問できないかと相談すると、ホワイトヘッドでの尋問の際に確認しても良いが、それなら一緒に護送して欲しいと依頼してきたので、同行することになったのだった。
ホワイトヘッドという街の名前は、街の北側に白い巨岩がごろごろと転がっており、人の頭に見える物があったことから由来しているらしい。そこから先も、巨大な石がごろごろと転がる道が続き、馬も通れない難所となっているということだった。途中、ハドリー王国との国境地帯として複数の見張り砦が設置されているという話だ。
街には、防衛のための騎士が100人ほど駐屯しているらしい。ワイズ聖王国の場合、騎士が1人に対して従士が2人~5人ぐらい付くし、補給支援の部隊も含めると千人ほどの関係者が駐屯していることになるので、街の人口の1/10ぐらいが騎士団ということになるのだろう。街を歩いていても、武装した連中が多い印象だ。マートは、冒険者ギルドに顔を出してみたが、冒険者は逆にかなり少ないようだった。
マートは街で特産品を買ったり、外で狩りなどしてしばらく時間を潰したあと、ランス卿の居る騎士詰め所に顔を出した。マートの事を知らず怪訝そうな様子をした騎士も居たが、それ以上の事もなく、彼は部屋に通されたのだった。ランス卿は伯爵家の騎士団長を引退したはずだが、それでも彼の影響力はまだまだ強いということのようだ。
「やはり、そなたの言う通り、奴らはハドリー王国の者たちであった」
ランス卿は部屋に入るや否やにマートにそう言った。
彼らの話によると、1年ほど前に指示役の魔術師が姿を見せなくなり、仕方なくそれ以降は、残った連中で不安に思いながら調査作業を継続していたらしかった。
指示役の魔術師について、詳しく確認すると、結局アレクサンダー家の後継ぎ争いを演出して、マートによって倒されたあの魔術師と同一人物だったようだ。そして、マートの睨んだ通り、アンジェの父親たちは、盗賊たちから引き渡された後、ハドリー王国に送られていた。あの住宅の引渡しの時には、あのメイドに化けていた男が、変身の魔道具を使ってアンジェの親父さんに化けていたのだという。
「今回の件は公にすることになりそうだ。実は王都でも王家の文書を偽造する事件があってな。裏切りを働いた貴族が処刑された。この事でハドリー王国には正式に非難する使者を派遣し、示威として軍を国境まで進めることになるだろうという連絡が来たのだ」
ランス卿は、マートにいろいろと説明してくれた後、嬉しそうにそう言った。戦争になるかもしれないというのに何がうれしいのか、マートにはよくわからない。王家の文書偽造……あの地下水路で見つかった印章に関わる話かもしれないなとマートは思った。しかし、ヘイクス城塞都市が陥落して魔族が攻め込み、さらに魔龍同盟が暗躍している中、そんな事をしている余裕があるのだろうか。国の考えることも、輪をかけてよくわからない事だらけだ。
「そなたが連絡してくれたおかげで、今回の件ではアゼルが活躍する事が出来た。この功で、あやつも謹慎が解かれ伯爵家騎士団に復帰することができるだろう。本当にありがとう。礼を言う」
ああ、そういう事か。たしかにランス卿にとっては嬉しいだろうな。マートは少し醒めた感じでそう納得した。
「これは、そなたに対する礼だ。正式には伯爵様が王都より戻られてからになるが、とりあえず儂からだ」
そう言って、ランス卿はおそらく金貨の入っているであろう革袋を手渡してくれた。2、30枚はあるだろう。国からならともかく、個人の懐から出たとすれば大金だ。余程アゼルの活躍が嬉しいのだろうな。マートは素直に受け取ることにした。
「どうだ、そろそろ気が変わって、伯爵家に仕える気はないか。今回の件が公になれば、そなたが男爵というのも夢ではないだろう。どうだ?リリーの街の領主になりたいと言ってみてはどうだ?」
マートは首を振った。
「何かもらえるのなら金と、あと、あの戦士が持っていた魔道具が欲しい」
「魔法を無効化するというあれか」
「ああ、それと、部屋に入ってきたら感知する魔道具だ」
「魔道具か……」
ランス卿は考え込んだ。
「どうした?」
「いや、実は最近、以前の変身する魔道具とマジックバッグについて、本当に価値がわかっていたのかと伯爵からお叱りの言葉を頂戴してな」
「確かに両方ともいろいろと使わせてもらっているが、それで伯爵家の跡継ぎ争いが落ち着き、ラシュピー帝国への調査隊参加でもアレクサンダー家は面目を施したんだ。安い買い物だっただろう」
「ああ、儂もそう言って、伯爵に納得してもらった。だが、また新たな魔道具となると……もちろん説得してみるが、慎重にならざるを得んのだ。わかってくれ」
「ランス卿様もつらい立場だな」
「マート、そなたには実はもう一つ相談があるのだ」
「そろそろ俺はリリーの街に帰りたいんだが……」
「ハドリー王国に行く気はないか?」
ランス卿は、マートの顔をじっと見た。
「ハドリー王国に?」
「ああ、ハドリー王国とわがワイズ聖王国とは、山脈に間を隔てられており、実際に行き交いできるのは王国北部の湖沼地帯と、このホワイトヘッドの街の北に伸びる険しい山道だけだ。どちらも大軍の展開が難しい地形で、それゆえいつも小競り合いにとどまっているわけだが、今回湖沼地帯に、ワイズ聖王国でも屈指の大貴族であるウォレス侯爵と第一騎士団とが協力して軍を進めることになった」
マートはそう聞いて驚いた。
「つまり、本格的な戦争が始まるってことか」
「ああ、王都では、そういう話で大騒ぎになっている。最初にそう言っただろう。ハドリー王国がわが聖王国でおこなっている事について、非を唱えることになったと」
「そうだったな。しかし……」
マートは考え込んだ。魔龍同盟の事は放って置いて大丈夫なのだろうか。たしかに、今すぐ何が出来るという訳でもないのかもしれないが。
「そうなると、我々も何もしないわけには行かぬ。いつハドリー王国が攻めてくるやも知れず、また、場合によってはこちらから侵攻が必要となる状況になるかも知れぬ。さらに気になる事もあってな。ホワイトヘッドの街の北にある険しい山道には、別に抜け道があるというのだ」
抜け道か。マートはヘイクス城塞都市の近くの山脈に有った断崖絶壁の道を思い出した。どこにしても、道なき道を通って抜けて来ようという連中がいるということなのだろう。たしかに10人の間諜が簡単に国境を抜けれるわけがないので、そういうルートがあるからこそホワイトヘッドに向かってきたのか。
「ホワイトヘッドから北に向かえば既知の山道なのじゃが、少し東に外れたところにも道があるらしいのだ。当然、正規の斥候部隊も派遣するのだが、そなたにも確認してもらいたい。そして、それを抜けた向こう側の状況を見てきてほしいのだ」
「わかった。だが、条件がある」
マートはランス卿の願いを珍しくすぐに承諾した。実は彼もハドリー王国には行こうと思っていたのだ。
「今回、ハドリー王国の間諜がマクギガンの街で利用していたあの家、あと、国境のホワイトヘッドの街にハドリー王国に捕まっている連中がもし救い出せたとしたら保護する約束、そして、補償と介護」
そこまで言うと、ランス卿もマートの意図がわかったようだ。
「拉致されたという者たちを救い出そうと言うのじゃな。それは本来我らがやるべき事だ。やってくれるというのなら、それを手助けするのに否やがあろうはずが無い。伯爵様は許してくださるだろう。もちろん何かしらの補填も働きかけよう」
マートはそう聞いてにやりと笑った。
「さすがだな。あとは、俺が面白いと思う魔道具を1つでいいよ。もちろん、さっきの話とは別に頼む」
「魔道具か……儂は一介の1等騎士でしかないのじゃぞ。伯爵様には相談しておくが、期待はしてくれるな」
ランス卿は呟いた。
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