127 アンジェの両親の行方
リリーの街に戻ってひと月経たない内に、マートはマクギガンの街を訪れていた。
アンジェが冒険者として登録をしたと聞き、以前ハリソンにお願いしていたアンジェの両親の調査がどうなっているのか気になったからだ。もちろん、出会った2年前の時ですら、すでに6年経っていた事件だし、何の痕跡も残っていないかもしれないとは思っていたが、改めて調べておきたいと思ったのだった。
「それで、アンジェの自宅あたりはどうなってたんだ?」
マートは、ハリソンの店を訪ねて、こう切り出した。
「ああ、エバさんから聞いた住所は確認したよ。だが、不思議なことになっていてね。調査は行き詰っているんだ」
ハリソンは、短く切り揃えた髪を掻き上げながらそう答えた。
「不思議な事?」
「実は、8年前の花祭が終わった後、アンジェの親父さんは一度、このマクギガンの街に帰ってきてるみたいなんだ」
「え?そいつはどういうことだ?行く途中に盗賊に襲われたんじゃなかったのかよ」
「だろう?だが、聞いて回った結果では、親父さんはこのマクギガンの街に来て、花都ジョンソンに引っ越しをすることになったので店舗を売ることにしたのだと言っていたらしいんだよ。今ではその店舗を買ったという男が同じようにパン屋をやってる」
「たしか、近所の気の合う連中も一緒じゃなかったのか?」
「ああ、一緒に行った近所の連中も、アンジェの親父さんと同じように、自分の家や店舗を花都ジョンソンで会った相手に売ったらしい。今聞けば変かなと思うんだが、その当時は、親父さん本人が周りの住人にそう説明したので、余程金になる話が有ったのかってことで、皆納得したみたいなんだ」
「へぇ、まぁ、家を売った本人がそう言ったのなら、納得もするのかな」
マートは首をかしげつつ、そう言った。
「それで、引っ越し先だという花都ジョンソンの住所に、親父さんと連絡をとろうとしてみたんだが、その引っ越し先はただの宿屋だった。アンジェの親父さんの行方はそこから途切れちまった」
「騙されたか、脅かされたかしてた可能性は?」
「ああ、僕もそう考えたんだ。だが、その時の口ぶりでは、そんな雰囲気は全くなかったっていうのさ。そして、肝心のアンジェの親父さんが行方知れずでどうやっても辿れない」
「そいつは困ったな、店舗を買ったほうは?」
「新しいパン屋のほうは、花都ジョンソンで仲介してもらっただけで、何も知らないって言ってるんだよ。実際、手続きは正しくされているし、隣の店とかにも、アンジェの親父さんが、俺の代わりに引き続きよろしく頼むって言ってたとまでは確認したんだが、それ以上なにも調べられていない」
「なるほどな。わかった。ちょっと俺なりに調べてみるか」
マートはそう呟いた。そして、何かに思いつき、身を乗り出して、ハリソンに囁くような声で話を続けた。
「そういえば、秘密で一つ頼みたいことがあるんだ」
「なんだ?猫の頼み事…って、怖いな」
「お嬢よりマシだろ。実は信用できる山師を紹介して欲しい」
「山師?鉱山か?」
「ああ、調べたいものがある」
ハリソンは眉をしかめた。鉱山なんて厄介事だなと思ってるのがありありとわかる。
「蛮族の居る荒野で鉱山を見つけたとでも言うのかい。忠告しておくけど、鉱山なんてのは大抵そこに領地を持つ貴族に取り上げられるからな。宝石とかだとしても、こっそりやるのは難しいらしいぞ。諦めてさっさと献上して褒美をもらったほうが良い」
「まぁ、いろいろ事情があってな。もちろん悪い事をするつもりはないからそこは信用してくれ」
「本当だろうな?まぁいい、わかった。考えておく」
ハリソンは渋々という感じで頷いた。
-----
ハリソンと別れたマートは、早速、アンジェの親父さんがやっていたというパン屋を訪れた。みたところ怪しそうなところはなく、新しいパン屋が営業しており、おいしそうなパンが並んでいる。
“ねぇ、あの包み揚げパンってやつ……”
ニーナが念話でマートに話しかけてきた。
“ああ、美味そうだな。この店のオリジナルかな”
“あれって、この辺りじゃ見ないけど、プレザンスの街でよく売ってたのとよく似てる”
“プレザンスの街……って、ハドリー王国か”
ハドリー王国は、ワイズ聖王国と隣国同士であるが、ここ百年以上ずっと戦争状態にあり、国交は全くない状況だ。ここアレクサンダー伯爵領には、ホワイトヘッドの街を越えて国境の砦があることはあるが、そこは警備の騎士たちが交代で詰めていて、準戦闘態勢という状況であり、ハドリー王国で流行している料理がこの土地に入って来ることなど考えられない。たまたま同じような料理が産まれたという可能性がない訳ではないが、それよりは、ハドリー王国出身者に対しての何かしらの目印になっている可能性が高いだろう。
去年にアレクサンダー伯爵家の跡継ぎ争いの背後にハドリー王国が関わっていたし、王都でも何かしらの陰謀があったようだったので、マートには逆に聞きなれた名前ではあったが、せっかく王都から帰ってきたのに結局こういう話になるのかとマートはうんざりした。
“どうする?ハリソンに話をする?衛兵隊に通報する?”
“衛兵隊は問題外だ。ハドリー王国絡みの案件だとハリソンを経由して、伯爵かランス前騎士団長あたりに連絡だろうけど、このままだと、単に偶然って可能性も無いわけじゃない。ちゃんと証拠を押さえてからだな”
マートは当たり障りの無いパンを2つほど選んで買ってから、店を出る、何気ない様子で脇道に入って、これからどうするか、考え始めたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
評価ポイント、感想などいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




