126 パン屋 キャット
2020.11.1 焼いている → 料理している
リリーの街に帰ると、マートの家はすっかり改装され、『パン屋 キャット』という文字とパンを抱えた黒い仔猫のイラストが描かれた看板が上がっていた。
元々、マートの家は鍛冶屋として、小さな店舗がついていたのだが、そこにはおいしそうなパンと、干し肉やちょっとした惣菜的なものが並べられており、そこでエバとアンジェが店番をしていた。昼もかなり過ぎている時間にもかかわらず、ちらちらと客が居る。
たしかに、4人に全部任せるといって出てきたのは確かだが、マートはあまりの変貌ぶりにかなり驚いたのだった。
「猫が帰ってきた!!おかえり~」
元気なアンジェの声が響き、エバが手を振ってくる。最近、アンジェは身長がどんどん伸びていて、140㎝は超える程になっていた。横に立っているエバの肩より高い程だ。以前はツインテールにしていて、まだ子供だなという感じだったのだが、最近は、エバとおなじようにストレートにしており、大人になってきたなと感じさせる。
「ただいま。エバ、アンジェ。店を始めたのか」
「はい、レティシアさんに相談しましたら、せっかくパン職人としての修行もしていたのだし、店舗付きの物件の店舗部分を遊ばせておくのはもったいない。中庭にはかなり余裕があるから、石窯を作って店を開いてはどうかと言っていただいたのです」
嬉しそうにエバはそう言って微笑んだ。昔、盗賊に捕まっていた頃に比べて、最近は少し肉付きも血行もよくなり、少し若返っているようにさえ見える。そういえば、王都に行く前に、メイドの仕事がなくなり、生活費を稼ぐ方法について悩んでいたようだったが、なるほどな。
「ショウさんにお願いして商人ギルドに紹介していただきましたら、非常に好意的に対応していただけたのです。看板なども相談いたしましたら、上手な方に描いて頂けました。あの……キャットという名前にしては駄目でしたか?」
「全然良いぜ。黒い鷲はリリーの街を代表するクランになってるみたいだし、そっちもどんどん利用したらいい。エバは料理も上手だしな」
「はい。ありがとうございます」
「アニスやアレクシアは居るのか?」
「今は仕事に行かれています。今日はお2人とも早めに帰ってこられるはずです」
「仕事、そりゃそうだな。へぇ、店は中々流行ってるじゃないか」
そう言って、店の中を見回す。パンを選んでいた少し年配の男性と目が合った。
「ここのパンはどうだい?」
「ああ、あんまりモサモサとしないし、悪くないね」
「そうかそうか、なら良かった」
マートはパンを見ていたすこし太り気味の年配の女性ににこやかに話しかけた。
「しばらく出かけてたが、この家に住んでる黒い鷲に所属する冒険者のマートだ。通称猫。よろしくな」
「あんたが、エバさんの旦那の猫さんかい」
「旦那?旦那ってわけじゃないが、まぁ、この家を買ったのは俺だよ」
「若い男がこの家を買ったって聞いたのに、ずっと姿を見ないからさ。きっと女に働かせて自分は楽をしてる悪い男なのじゃないかと心配してたんだよ。エバちゃん程の美人にはまぁ釣りあわないとしても、そこそこいい男じゃないか」
じろじろとマートの顔を覗き込む。
「あんた、もしかして、魔人ってやつかい?」
「ああ、この瞳か?こいつは生まれつきでね。魔人って呼ぶのも居る。できれば気にせずに付き合ってくれると嬉しい。とは言っても、いきなりは無理か。年末に買ってから、全部エバたちに任せきりだったもんな」
「へぇ、まぁ、そうだね。でも、みたところ悪い男じゃなさそうだ」
「OK、OK、エバ、石窯はあるとして、中庭の他のところは使えるか?」
「はい。もちろん」
「なぁ、ねえさん、あんたの名は?」
「私かい?コーネリアさ。ここの3軒隣でうちの旦那が細工師をしてる」
「じゃぁ、今晩、中庭で宴会をするから、遊びに来てくれるかい?できれば、隣近所の連中を呼んでくれたら嬉しいな」
「へぇ、何人連れてってもいいのかい?」
「まぁ、入れる人数だったらいいさ。遅くなっちまったが顔を売らないとな」
「そうかい、面白そうじゃないか。暇そうな連中には声をかけておいてあげるよ。私はエバちゃんの焼いたパンは結構気に入ってるんだよ」
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中庭で、マートが急いで狩ってきた獲物を丸焼きにしていると、アニスとアレクシアが帰ってきた。
「猫、帰ってきたのかい。年始のパーティに呼ばれてるだけだったんだろ?もっと早く帰ってくると思ってたのに、遅かったじゃないか」
「ああ、いろいろあってな。クランの皆に変わりはないか?」
「人が増えて、みんな忙しいけど、まぁ大丈夫さ。な、アレクシア」
アニスは微笑み、アレクシアの肩に軽く手を置いた。
「はい。特に何もありません。お帰りなさい、マートさん」
アレクシアはにっこりと微笑んだ。
「たくさんの料理、一体どうしたんですか?」
「急で悪いが、今日宴会することにしたんだ。飲み物は酒屋に頼んで持ってきてもらうように手配した」
「へぇ、そうなんだ。良いね。ショウたちにも声をかけてやろうよ」
「そうだな。そいつは良いが、ここに入りきるかな?」
「広さは大丈夫だろうけど、ちょっと椅子とか足りなそうだね。クランのを借りてこようか」
「ああ、姐さん、誘いに行くついでに、頼んでいいか」
「任せておきなよ。そうそう、アレクシアがランクCに上がったよ」
「おーっ、そいつも祝わないとだな」
「じゃぁ、声掛けと借りてくるのは私がしてくるよ。アレクシアはマートを手伝ってやりな」
アニスは、アレクシアにウィンクして、さっさと出かけていったのだった。アレクシアは嬉しそうにマートが料理している焚火の加減を見始めたのだった。
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マートの新しい家でのパーティは、近所や黒い鷲の連中で結局、中庭だけでは場所が足らず、裏の道路にまではみ出るぐらいに盛況になった。
用意した丸焼きも量が足りず、マートは慌てて海辺の家にストックしてあった2頭分のワイルドボアの燻製肉なども供出したのだったが、途中からは近所の連中が家庭料理などを持ち込んでくれ、最後は逆に料理も酒も余るぐらいになったのだった。
マートは、酒や料理を勧めたり、楽器を奏でたりして大忙しだ。コーネリアと名乗った近所の細工師のおかみさんは、世話を焼くのが好きなようで、テーブルに並べた料理などをアレクシアたちと共に取り分けたりといったことをしてくれている。一緒に来た旦那さんはまた男同士で酒の杯を片手に何やら歌って上機嫌の様子だった。
「猫、良い所に引っ越したな」
クランリーダーであるショウがそう言いながら、マートとエールの杯をあわせた。
「魔人でもちゃんと話をしたら聞いてくれた。よかったよ」
「ああ、俺は単純にみんな気の良い連中だなと思ってそう言っただけだったんだがな。魔人の話はそんなに気にしなくても、大丈夫じゃないのか?リリーの街に居る魔人はお前さんぐらいだし、みんな忘れてるぞ」
ショウは少し苦笑しながらそう言い、マートも苦笑を返す。
「王都の方でいろいろあってな。まだ衛兵や騎士連中だと拘ってるのが多くてちょっと神経質になってた、すまん」
「気にしすぎるのも良くないぜ。そういや、アンジェが冒険者登録したの知ってるか?」
「そうなのか?」
「10才になったら、見習いとして登録ができるからな。まだ、あんまり依頼は受けてないみたいだけどな。年明けに早速登録してきたからクランにも入れてほしいって言ってきた。街の外に出るとき、必ずクランの誰かと一緒に行くことって約束させといた」
「ありがとよ。とりあえずそれで頼む。そうか、もうアンジェも10才か」
読んで頂いてありがとうございます。
現在の日本人10才女子の平均身長は136.9㎝だそうです。アンジェはそれより少し高いぐらいですね。
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