124 衛兵たちと魔人
翌日、マートが見張る農家の近くには、昼過ぎになって、衛兵隊が20人程の規模で到着し、遠巻きに隠れて監視を始めた。ワイズ聖王国の場合、衛兵隊1個小隊は12人から構成されているので、おそらく2個小隊が動員されたということだろう。衛兵隊というのは、街の中で犯罪を取り締まる役割の部隊で、戦いの専門家である騎士ほど強いわけではなく、小隊長クラスでも、冒険者ギルドの道場でいうと初段、すなわち、マートが肉体強化を使わずに剣で戦ったのと同じぐらいの能力程度なのが普通だ。たしかに2個小隊というのは多いが、魔龍同盟の魔人相手であると考えると、マートとしては少し不安を感じるぐらいの戦力である。
マートは1日ずっと監視を続けていたが、農家の所有者である農夫の一家は別にして、魔龍同盟の連中はもちろん、鱗たちも家に閉じこもったままで、全く動きが無く、本当に居るのだろうかと思うぐらい静かな状態が続いていた。
暗くなってくると、ようやく、リリパットと呼ばれる小男が農家から出て来、何か呪文のようなものを唱えたように見えた。すると、彼の姿が薄ぼんやりとした感じに変わる。それは、2日前の夜に王城の中庭で彼を見た時と同じような感じだった。ということは、おそらくマート以外の人間からは、姿を消して、透明になったように見えるのだろう。この辺りも魔法の素養によって魔法が効く、効かないの差があって、マートにリリパットの幻術呪文が効かなかった結果だと思われた。
リリパットはどうせ王城に向かうのだろうと考えて、マートはそのまま農家の監視を続けた。すると、かなり時間が経ってから、遠巻きに監視を続けていた衛兵隊に伝令らしきものが到着したのだった。
マートは彼らの会話に耳を澄ませる。
「王城じゃ、うまく魔人を捕まえたらしいぜ」
「透明になってたけど、宮廷魔術師が魔法で見つけたってよ」
「じゃぁ、こっちもさっさと片付けないとな」
「こっちのは透明になったりしねぇのか?魔術師なんて衛兵隊には居ねえぞ」
「判らねぇが、大丈夫なんだろ。とりあえず命令なんだから突っ込むしかねぇ」
「魔人に触ったら病気になるって俺のばあちゃんが言ってたから、近寄りたくねえんだけどな」
「うちのじいちゃんは、魔人に睨まれると牛とか羊とかが死ぬって言ってたな」
「ああ、そういうの聞いたことあるぜ。地震がおこったりとかもあるんじゃねぇのか?」
「近寄りたくねぇな」
「仕方ないだろ、仕事なんだからよ」
衛兵連中の認識は昔から変わっていないようだった。
「魔人が3人だろ。何もさせないうちに全部叩き殺したらいいじゃねぇか」
「いや、なにか1人は騙されてるだけだからとかいう話じゃなかったか?」
「だれがだれかなんかわからねぇよ。どうせ、途中で乱戦になるんだから、やっちまってもわかんねぇさ」
「ああ、どうせ魔人だからな。事故でしたって言っときゃいいよな」
やっぱり、この程度だよなと、マートはため息をつく。
「ああ、それより、さっき来た伝令が笑い話で、魔人を捕まえた時に、部屋の中が見えて、キャサリン姫がお楽しみ中だったって言ってたぜ」
「キャサリン姫って言や、第二王女だよな。魔人とやってたのか」
「その辺りはわかんねぇ。でもそういうこったろうな。他にも貴族やメイドとかも一緒だったらしいぜ」
「うぉ、見たかったな」
「それがよ、すっげぇ汚かったらしいぜ」
「ぷっ、そうなのかよ、幻滅だな」
……幻覚呪文で下っ端連中に部屋の映像を流したな。マートはそう直感した。部屋の中を衛兵隊の伝令がそんなにはっきり見えるわけが無い。しかし、そんな事を考えるぐらいだから、魔龍同盟の連中は一度捕まったとしても、逃げ出せると思っているのだろう。ラシュピー帝国でも同じような事をしてきたのかもしれない。王家も舐められたものだ。だが、魔龍同盟は状況によっては王家の権威失墜を狙ってたって訳かと感心もした。
このままだと、ライラ姫も宰相も立場が悪くなるだろうから、できるだけ早く手を打つ必要があるだろうが、マートにとっては、鱗のほうが大事だ。放っておくと衛兵達に殺されかねない状況である。こっちが落ち着いてから、通信の魔道具でライラ姫に今の推察と危険性について送ることに決めた。
衛兵隊は農家の出入り口3ヶ所全部に人数を分けて突入態勢を作った。正面の一番大きい扉に12人、横と裏の小さい扉は6人ずつだ。マートは彼らの後ろで物陰に隠れて様子を伺う。
衛兵隊が一番大きい扉に体当たりをして大きく開く。だが、中にはのっぽのトカゲが立ち、衛兵たちを待ち構えていた。
「魔人め、大人しくしろ」
衛兵の1人がそう叫んだ。
「うるさい、衛兵どもめ。ラシュピーよりはまだ調査能力は高いらしいな。だが、この俺を捕まえようとするなど、身の程知らずが。これでも食らえ」
のっぽのトカゲが掌をつきだした。そこから、巨大な炎が噴出する。衛兵達はあわててそれを避けようとするが、のっぽのトカゲは、掌を左右に振り、5mほどの長さで噴出した炎が舐めるように付近の地面ごと炭に変えていく。
「ひええええ、炎の魔人だ、やばい」
取り囲んでいた衛兵たちは盾を構えつつあわてて後ろに下がるが、何人かは避け切れず、火達磨になって地面でのた打ち回った。正面の扉での騒ぎを見て、他の扉の前に居た連中も正面の扉の応援に駆けつけてくる。それを尻目に、マートは裏口の近くまで移動した。この騒ぎで中には簡単に入れそうだ。
“くそ、このまま、魔龍同盟の連中に好きな事をさせてたら、どんどん聖王国での俺みたいなのの立場が悪くなるな。ちょっとだけ手伝うか。よし、ニーナ、先に鱗たちを逃がしてやってくれ”
物陰で、マートはニーナを顕現させる。
「わかったよ。そっちのほうが面白そうだけど、どうせあんまり暴れられないんだろ。逃がしておいてあげるよ」
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2021.9.15 誤記訂正 幻影呪文 → 幻覚呪文




