119 王城の小男
10/10 11:06 ライラ姫の口調を訂正しました>< ごめんなさい。
王城の中庭。
当然ながら、中庭を囲む城壁の見張りは24時間、平時であっても、複数の人間が立っており、いくら空からとはいえ、簡単に入ってこれるような場所ではない。
マート自身も正規の手段でここにいる訳ではないので、空から降りてくる相手にどうすればいいのか、対処に困ったが、とりあえず彼を案内してくれているメイドの手を掴み、庇うようにしながら物陰に隠れた。
「急にどうしたんですか?何かあったのですか?」
メイドは何も気づいていないようで不思議そうにマートに尋ねる。マートには、空から降りてきた小男の姿がすこしぼやけて見えており、また、その背中に蝙蝠の羽根に似た羽根が生えているのが見えていた。前世記憶で魔獣や魔族がある場合、その特有のスキルを使った時に、それが見えるかもしれないというのは、ニーナと以前話したことがあったのだが、羽根が見えるのはすくなくとも、そういうことだろう。
つまり、王城の中庭に今降りてきている小男は、魔獣の飛行スキルを使っており、その魔獣は、蝙蝠の羽根をもって空を飛ぶ魔獣であるということだ。
メイドにその姿はみえておらず、彼にはすこしだけぼやけて見えているということは、以前のリッチの時と同様、おそらく幻覚呪文で姿を消していて、魔法の素養の高いマートにだけ姿が見えるという状況になっている可能性が高い。とは言え、マートの知らない透明化の魔獣スキルの存在も完全には否定はできないところだ。マートは、メイドにライラ姫の許に戻り、窓や扉の鍵を閉めて警戒するとともに、自分に念話を送ってくれるようにと伝言した。メイドは彼の真剣な顔を見て、余程の事が起っているのだと判断し、急いでライラ姫の部屋に帰っていったのだった。
そして、マートは、物陰に隠れつつ、その小男がどこに向かっているのか探った。そいつは、開いている窓を抜け、3階の広い部屋に入っていった。少なくともライラ姫の部屋ではない。マートも壁を伝い、その近くにまで移動する。
その部屋はティーパーティでもするかのような広めの部屋で、その中にはマートでも一応顔だけは知っている人間が居た。ライラ姫の姉妹、第2王女と第5、第6王女だ。彼女たちはソファに座っており、さらに、その周りにも男性、女性が混じって合わせて10人ほどが居て、会話をしたり、触れあったり、何か食べたり飲んだりしている様子だった。
“どうしたのですか?マート”
中庭に面した外壁に貼り付いて、様子を探っているマートにライラ姫からの念話が届いた。
“第2、第5、第6王女と男女が、城の3階の部屋でパーティをしていて、そこに不審な男が空を飛んで窓から入ってった”
“こんな夜中に?それも不審な男とはどういう……”
“前世記憶で空が飛べる奴だ。幻覚呪文かなにかで姿を消して中庭を経由して入って来る姿を見つけた。パーティと言っても不健全なやつだ”
“なんてこと……”
“居るメンバーの顔は見たが、誰かは判らない。何か会話しているな。騎士団…ラシュピー帝国…編成…。前世記憶で空を飛べる小男が第2王女と、その横に座ってる男に調べろって話してる”
“判りました、今すぐ衛兵を……。いえ、こんな夜中に……すぐには無理ですね。集めるだけで大騒ぎになって、みんな逃げられてしまうでしょう。わかりました、今すぐ乗り込みましょう”
“おいおい、まさか俺に手伝えってことか?”
“まさか私1人にさせるつもりはないでしょう?”
“不審な小男の能力は判らないんだぞ、万が一逃げられて、それも、第2王女たちに口裏合わせられたら、乗り込んだ俺たちが逆にやばくないか?”
“それは……。でも、皆不健全な恰好なのでしょう?私は父上から信頼されている自信があります”
“そうか……”
マートは迷ったが、話を続ける。
“でも、深呼吸してから、今すぐ乗り込むのが良いか、ここは見送って、証拠を固める方が良いか、少しだけ考えろ。今すぐ乗り込むというのは危ないと思うが、証拠を固めようとしても、相談する相手が居ないなら乗り込んだ方が良いのかもしれない。判断は任せる”
“ん……”
そう言われて、ライラ姫はすこし沈黙した。間隔が開く。小男たちの居る部屋の中からは嬌声のようなものが聞こえてくる。
“わかりました。今は乗り込みません。その代り……”
“その代り?”
“解決まで手伝ってくださいますよね”
結局こういう事かとマートは天を仰いだ。
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「部屋に居たのは、これだけだ」
マートは、幻覚呪文を使い、部屋に居た男女の姿をライラ姫に順番に見せていく。
「キャサリンお姉さま、そして、キャサリンお姉さまの同母妹であるタマラとタラッサ、キャサリンお姉さまの婚約者で王国西部で最大の領地を持つと言われるウォレス候の嫡子でもあるザビエル子爵、同じく西部に領地を持ちザビエル子爵と仲の良い男爵が2人、あとはキャサリンお姉さまに仕えるメイドが4人……。合わせて10人ですね」
「問題はキャサリン姫とザビエル子爵の父親のウォレス侯爵か?」
「そうなります。ウォレス侯爵はこの聖王国の中でも屈指の大貴族。余程明確な証拠がなければ、罪に問う事は難しいでしょう。変にこじれると、内乱にまでなりかねません」
「そして、見つけた小男はこんなやつだった」
その姿も、マートはライラ姫に見せる。
「初めてみる顔ですね。見たところ、魔獣や蛮族の特徴はなさそうですが」
「そうだな。敢えて言えば身長が低いところだろうな。たぶん1mないぐらいだったろう」
「もし、身長が低い、蝙蝠の羽根で空を飛べる、呪術が使えるという特徴だとすると……小鬼かなにかでしょうか」
「可能性は高い気もするが、決めつけるのは危険だろう。普通の人間でも身長が低いのは居るからな。やってることはインキュバスみてえだしな」
ライラ姫はマートの言葉で考え込んだ。
「どちらにしても、この前世記憶のある人間の能力について、説明すること自体が難しいですね」
「そうだな。協力はするが、さすがに前世記憶がある人間として矢面に立つというのは勘弁してくれ」
「はい。それは勿論です。キャサリンお姉さまの話が主でしょうね。あとは精々蛮族の話程度でしょう。前世記憶を持つ者の話は私にも……とてもできません。とは言っても、展開によっては……と考えると、すごく怖い。話をするときには、一緒にいてくれませんか」
そうお願いするライラ姫の声は少し震えていた。前世記憶の話をする気はなくても、話の中でそのような話になる可能性もある。マートも怖いが、ライラ姫はもっと怖いのだろう。マートも少し考え込む。お互い、即答するには難しい事柄が多い。だが、国にとって、或は前世記憶を持つことによって不利益を受けている人間にとって、放置できない事柄が絡んできているというのは、ライラ姫もマートも切実に感じていた。
「わかった。誰に話をするんだ?」
「宰相のワーナー侯爵。この状況に対応できるのはあの人しかいません」
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