114 巣からの脱出と追跡者
3人目がようやく地上に手をかけたのを横目で見たマートは、これで最後とばかりに炎を全周囲に放射した後、壁を蹴って一気に上に駆け上がり巨大アリを振り切った。
「はぁはぁはぁ、たすかった」
3人の男たちは、地面にねそべって荒い息をついている。だが、マートには、おそらく彼らをおいかけているのであろう存在の足音が聞こえてきている。
「俺は旅の者なので、地名はよくわからないが、ファクラというのは、ここから、南西の方角にある大きな街のことか?」
マートは彼らにそう尋ねた。すこし休ませてやりたいが、そういう状況でもない。
「ああ、その通りだ。ああ、名乗るのが遅れて申し訳ない。私たちはダービー王家に仕える騎士で私はカルヴァン、そしてこっちはセドリックという」
一番腕が立ちそうな男はそう答えた。華奢な男はセドリックというらしい。騎士というより、貴族かなにかのようにマートには思えたのだが、それは聞かなかった。それより、問題は彼らはダービー王家に仕えているという事だ。
ダービー王国というのは、いつもマートが暮らしているワイズ聖王国から見るとはるか東、国境を接するハドリー王国も越えて東の果てにある王国だったはずだ。彼らの言葉からすれば、ここはそのダービー王国ということになる。遠くまで来たものだ。
「そのファクラの方角からこちらに近づいてくる影がある。あんたたち逃れてきたと言ったと思ったが、その追っ手じゃないかな?」
とりあえず、3人は怪しい者ではなさそうに感じたマートは南西から近づく追跡者の説明をした。
「何と!どれぐらいの数か」
マートは耳を澄ませた。先程よりはだいぶ近づいてきている。
「ああ、10体程かな。犬みたいなのも連れてそうだ。あっちの方角だな」
そう言って、マートは南西の方角を指さした。まだ、彼我との間には丘があり姿は見えていない。
「10体もか……。そなた助力をお願いできるか?」
「俺は冒険者だからな、報酬さえあれば手伝うぜ。もちろん、あんたたちが自分で言う通りの身分で、犯罪者でないのならという前提だが」
「…わかった。金貨を100枚だそう」
カルヴァンと名乗った男がそう言う。100枚と聞いて、マートは耳を疑った。
「今、持っているのか?」
「今は持っていないが、街に着いたら必ず払う。先程の礼も含めてだ」
セドリックというのは、余程身分の高い貴族かなにかだとして、このカルヴァンというのも、かなり世間を知らないんだな。マートはそう思った。普通、冒険者に対して一回の護衛に100金貨を払うようなのはあり得ないだろう。どう考えても報酬がよすぎる。厄介事の臭いがプンプンとした。
リリーの街の近くというのなら、最後まで付き合ってもよかったが、今は身許を探られるのも避けたいところだ。
「後払いはだめだ。俺は街の入口で別れる」
マートはそう言った。それ以上関わるのは危険だろう。
3人は顔を見合わせた。自らの懐を探り、ひそひそ話をするが、あまり金は持っていない様子だ。
「わかった、私の楽器でどうか?」
セドリックと紹介された華奢な男がそう言った。
「私の愛用の品なのだが……」
マートは彼の言葉を遮った。追っ手がさらに近づいてきて、姿が見えるほどになったのだ。それはジャイアントだった。おそらく 丘巨人と呼ばれる種類だろう。体長は5mを越えている。それが10体、大型の猟犬を3匹連れているが、彼らが巨大すぎて、鼠かなにかのようにしか見えない。
丘巨人については彼もギルドの資料でしか見たことが無かったが、たしか、その資料によるとオーガやオークより手ごわいが、その上位種であるオーガナイトやオークウォーリヤーほどではなかったはずだ。
「とりあえず話は後にしよう。まずはあいつらを何とかするのが先だ」
マートが指さすと、3人もヒル・ジャイアントたちに気が付いた。
「くそっ、 丘巨人どもが、犬など使って狩人気取りか」
「とりあえずラブラの街の方向に先に行ってくれ。俺はまず、ここで弓で足止めする」
マートは、そこまで言うと、近くの木の上に駆け上った。3人はよろよろと立ち上がり北の方向に走り始めた。
----
マートが木の上から狙ったのはまず犬たちだった。犬を連れているということは、 丘巨人の嗅覚は大したことが無い可能性が高い。それと併せて、マートは一つ罠を用意した。先程、3人が落ちていた巨大アリの巣の上に幻覚で土をかぶせ、穴がわからないようにしたのだ。いくら戦闘力が高いと言っても、巨大アリにたかられたくはないだろう。
マートの弓による攻撃により、3匹の犬は、あっという間に倒れた。 丘巨人たちは、犬のロープを苛立ちながら放り出し、矢の飛んできた方角から、マートの居る場所に気づいて全速力で走り始めた。マートが見たところ、彼らの走る速度はオーガナイトほどではなかった。自分1人なら追いかけっこをしても大丈夫だろう。
マートは踏みとどまって矢を放つ。先に逃げ出した3人が走るのに必死で彼をあまり見ていないのを確認して、呪術も使い、敵の判断力を奪っていく。
<速射> 弓闘技 --- 2連続攻撃
『感情操作』
【毒針】
『毒』
ずぼっ
狂騒状態で先頭を走っていた2体の 丘巨人が、巨大アリの巣に落ちた。彼らの身長とほぼ同じぐらいの深さの穴だ。横にいたヒル・ジャイアントが仲間を助けようとするが、マートは次にその助けようとした 丘巨人の目を狙い、視覚をつぶす。
「ギャヒー!!」
残る 丘巨人は、雄たけびを上げた。
マートは木の上に立ったまま、矢を放ち続ける。
<貫射> 弓闘技 --- 装甲無効射撃
マートの弓は、 丘巨人の足を狙う。彼の矢は分厚い皮膚を貫き、痛みで彼らのうち何体かは歩く事すらできなくなった。毒針や毒呪文の効果も出始めて、 丘巨人の動きはどんどん鈍くなっていく。ぎりぎりまでひきつけてから、マートは木から飛び降りて、目の前を嘲るような動作をしながら走り出す。
「ギャヒー!!」
マートを見つけて、残された 丘巨人は再び雄たけびを上げるが、その声には先ほど程の勢いはない。しばらく、挑発を繰り返して、たっぷりと疲れさせる。マートは彼らが走れなくなった頃合いを見計らい一気に彼らを引き離すと3人に合流した。
「犬も倒したし、追いかける気力はないだろう。行こうぜ」
「ああ、そのようだな。 丘巨人10体を手玉に取るとは。マート、あんた、すごいな」
カルヴァンはそう感嘆の声を上げたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
評価ポイント、感想などいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




