103 収穫祭の後で
2020.10.7 サラマンダー → サラマンドラ
マートは花都で何度か来たことのある酒場で1人飲んでいた。収穫祭で店は賑わっていたものの、夜が更けるにつれ、ぽつぽつと空席が出来はじめている。彼は余韻を楽しみながら、上機嫌で名物のハムをつまんでいると、顔見知りが5人と知らぬ顔が1人、マートが1人で座っているテーブルになだれ込んできた。
「探したぞ、マート」
「どうして途中で居なくなっちゃうのよ」
「何を飲んでいるんだ?美味しそうだな。私にも飲ませろ」
「おひさしぶりですー」
口々に一斉に喋るので、何が何だかよくわからないが、酔っ払いの集団だった。布商人の息子のハリソン、お忍びの伯爵令嬢ジュディ、騎士のシェリー、メイドのクララ。知らない顔の若い男もかなり飲んでいる様子で、素面なのは護衛役のレドリー1人だ。
「お、みんな久しぶりだな。親父さん、みんなにワインだ。白のそこそこ良い奴を頼む」
マートは大声でそう注文し、その後小声に切り替える。
「なんだ、こんなところに来て、シェリーやクララはともかく、ジュディは城に居なきゃダメなんじゃないのか?」
クララと見知らぬ男は向かい側、ジュディとシェリーは椅子を横のテーブルから持ってきて、マートの左右に座った。4人掛けのテーブルなのに狭い。ハリソンは、赤い顔をしながら、レドリーはすこし肩をすくめて、空いている横のテーブルに座った。
「今日はセオドール兄様のお祝いだから良いのよ。貴族連中はまだ大広間でお父様とセオドール兄様を囲んで大宴会中、私が居なくなっても誰も気付かないわ。そうそう、紹介するね。私のもう一人のお兄様のロニー」
そう言ってジュディはクララの横に座っている男を指した。マートは思わず天を仰ぐ。
「おい、もっとやべえじゃねぇか。ハリソン、レドリー、どうして止めなかったんだよ。シェリー、クララお前たちも……」
「気にするな。今日は兄の日だ」
この地の領主、アレクサンダー伯爵家の次男ロニー。彼とその兄であるセオドールとの確執は1年ほど前に解消され、セオドールの継承が明らかにされたとはいえ、このような下町の酒場で楽しむような身分ではないはずである。
「お二人とも、今日はセオドール様を立てて、一日過ごされたのです。息抜きをさせてあげてくださいませ」
クララがマートにそう言い、彼もああ、そうかと心に落ちた。
「そうだ、私も息抜きが必要だー」
かなり酔っ払いのシェリーがマートにしなだれかかる。
「やーん、わたしもー」
対抗するようにジュディも反対側からマートに抱きつく。そこに店主が白ワインを持ってきた。城のように高価な陶器ではなく木の杯だ。
手に手に杯を取ろうとする皆を一旦マートが止めた。
『冷却』
白ワインの入っている木の杯は少し霜がついたように白くなった。その木の杯を取り、一口飲んだロニーが目を見開いた。
「冷たい……!これは美味しいな」
「ああ、良いだろう?冷やしたり、温めたり、精霊魔法でいろいろ自由自在だぜ?クララ、わかったよ。今日は息抜きだ。楽しく酒を飲もう」
マートは今日もリュート(ギターに似た楽器)を取り出した。陽気な音楽を弾きはじめる。周りの席からもいろいろなリクエストが来て、彼は気軽にそれを演奏した。
「マートは、ダンスが上手だったのだな。全く知らなかった。前の祝賀会の時は全く踊らなかったではないか」
今日は酔っ払っていて口調が何か違うシェリーがそう話しかけた。祝賀会というのはたぶん城塞都市での話だろう。
「そうよ!ハリエット夫人とはどういう関係なの?いつ仲良くなったのよ」
ジュディが問う。2人とも、かなり酔っ払っていて、いろいろと話がとんでいる。
「お嬢の依頼でセオドール様の護衛をするために行儀作法を習ったんだよ。ランス卿の紹介でな。それだけだ」
「それ以上の関係はないのですか?本当に?誓って?」
クララがかぶり気味に尋ねてくる。
「何もないさ、どうしてだよ」
「ハリエット夫人はとかく浮いた噂の多い方で、ロニー様、ジュディ様の父上である伯爵やランス卿とも個人的な関係があったという話まであります。今回もマート様がハリエット夫人とだけダンスを踊ったということで、新しい愛人ではないかという話でメイドたちの間では話が持ちきりなのです」
クララが声を潜めて言い、マートは思わずニヤニヤとした。
「へぇ、面白そうな話だな」
「マート殿」
急にロニーが大きな声を上げた。皆、彼の方を思わず見る。
「前から、そなたには礼を言いたかった。この通りだ。ありがとう」
彼はテーブルに両手をつき、額をこすりつけるようにして礼をした。
「ロニー様、頭をお上げください。ロニー様も被害者だったのです。私はたまたま……」
「いや、そうではない。私は思いあがっていた。ジュディにも、そして他の人々にも大きな迷惑をかけ、この伯爵領も危機に陥らせるところであった。あのまま、そなたが陰謀を暴かなければどうなっていたのかと考えると、恐怖で心が凍る。そなたにはいくら感謝しても足らぬのだ」
「それも、この思いをノーランドは口に出しては駄目だという。そなたが我が配下の騎士たちに侮られているというのを知っている。だから今日も早々に姿を消したのであろう?本来であれば、そなたこそ伯爵家の救世主として称えられるべきであるのに……」
「それは、セオドール兄様も同じような事を言ってたわ。今回父上とランス卿が王様にお願いして勲章をだしてもらったけれど、本当は去年の活躍こそ騎士連中に話をするべきで、マートは本来称えられるべきことがされていないからこんなことが起ってるんだって」
「ふふん、つまらんことだ。俺が住んでいる世界はそっちじゃない。関係ない事だ」
「うむっ、よく言った。それでこそマートだ」
急にシェリーが声を上げた。
「お嬢様には申し訳ないが、私には、そう言った話はどうしたらいいのかよくわからない。だが、マートはすごい。そのうち皆が認めるだろう。一心不乱におのれの道を突き詰めればよいのだ。安心せよ。私は信じているぞっ」
シェリーはマートに抱きついた。そして、マートがオイオイと言っている間に、そのまますぅすぅと寝息を立てて眠ってしまった。
「あーあ、寝てしまいました。シェリー様はかなり酔いが回っておられましたね」
「そうね。珍しいです。ジュディ様やマート様が表彰されて嬉しいという思いはもちろんですが、寂しい気持ちもあったのではないでしょうか」
「普段、ジュディさまの護衛はシェリー様です。ですが、サラマンドラの探索の時に、報告のためにあのとき王都に残られましたが、その間で代わりに護衛に入られたオズワルトさま、アズワルトさまが今回の件で王家より剣が下賜されました。それに、シェリー様が護衛に入っていれば、マート様とのいざこざも起らなかったでしょう。そのようなもやもやがあったのではないかと」
クララはそう言った。
「ああ、そうかもしれないな。騎士の武功は運にも左右されるし、仕方ない部分もあるのだがな。シェリーの家はこの近くか?」
「いえ、それほど近くではありませんが、近くに馬車を止めておりますので、連れて帰ります。ロニー様、ジュディお嬢様、そろそろ帰りましょう。ハリソン様とレドリー様も……」
そう言ってクララは皆を促した。
「ああ、マート様に一つお伝えしないといけないことがありました。王都より来られているエミリア伯爵がマート様にお話しがあるとのことで、下男たちが探しておりました。明日ジョンソン城においでくださいませ。門番には話をしておきます」
「ああ、わかった」
クララはかなり飲んでいたが酔っ払ってはいなかった。お酒に一番強いのかもしれないな。
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