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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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36 殺人魔道具

 魔法宮のリビングで。

 テーブルを挟んで目前にいるバルトロメウスは、いつもの男性の姿に戻っている。

 アリシアはメイドのエリィと薔薇園で長々と抱き合ったが、あの中身はやはりバルトロメウスだったのだと再認識して、赤面していた。


(あんなに堂々と抱き締めたりして……私を幼児やモフモフ動物と同じだと思ってるのかな……)


 アリシアは冷静な分析で、湧き上がる乙女心を何とか封じようとしていた。


 バルトロメウスは立ったままテーブルに並べた書類に目を通している。

 ここ暫くの間、異国の来賓客のお相手をするのに忙しく不在の日が多かったので、バルトロメウスがお昼間からリビングにいるのは久しぶりだった。珍しい光景なのでつい、アリシアは聞いた。


「あの、来賓客のお相手をしなくて大丈夫なんですか?」

「ああ。滞在期間が終わったんで、今朝方帰国したよ」


 アリシアはさらに一歩踏み込んだ。


「……あの、素敵なお姫様でしたね。えっと……」

「ファティナ姫?」

「あ、はい」


 話が終わってしまったので、アリシアは自分の下手な会話術を諦めた。本当に聞きたい事は永遠に聞けない気がしてきた。


 バルトロメウスが書類をアリシアの前に並べたので、気を取り直して、真剣な顔で内容を確認した。


 書類にはいくつかある枠の中に絵が描かれており、下に説明文がある。

 バルトロメウスから「違法な魔道具の一覧表」と聞いていたアリシアはどのような凶悪な道具が並ぶのかと緊張していたが、見せられた絵は予想外の物だった。


 それは美しいイヤリング。首飾り。ティアラ。高級なジュエリー。

 二枚目には、ネクタイや眼鏡、帽子など。やはり高級感のある日用品だ。


 アリシアはバルトロメウスを見上げた。


「あの、これが違法の魔道具?」

「そうだ。見た目はいたって普通のジュエリーや日用品だけど、これらには全て、致死量の魔力が込められている」

「致死量の魔力!?」


 バルトロメウスはイヤリングの絵を指した。


「このように一見宝石に見える石は、魔力を封じ込める鉱物を使っている。装飾を身に付けた対象者が短時間で死に至るよう、毒ガスのように魔力を放出するんだ」


 アリシアは以前、エレンから「魔道具で殺人が起こる」と聞いたのを思い出した。勝手にナイフのような凶器を想像していたので、イメージとは全く違った魔道具の形だった。


 この書類の一覧すべてが「殺人の道具である」と認識して見ると、途端に禍々しく恐ろしい集合体に見えてきて、アリシアは目眩がした。

 そして思わず、身の回りを探してしまう。

 この魔法宮には、よくわからない魔道具が溢れているからだ。


「こ……怖いです」

「ああ、心配しないで。魔法宮にそんな物騒な物は持ち込まないから。殺人魔道具は昔、要人の暗殺に多く使われた事から、王国が厳しく取り締まったんだ。以降、国内での製造も流通も許されていないんだが」

「それを、あのガースン子爵が違法で流通させているのですか?」

「ああ。闇のルートで製造し、主に輸出で大儲けしているらしい」

「悪い人なんですね……」


 アリシアはあの笑っていない子爵の目を思い出して、ゾッとした。

 いくら大金のためとはいえ、そんな黒い噂を持つ男を娘の婚約者に選ぶなんて、継母はともかく、実父の考えが理解できなかった。


「魔術師であれば、魔力を察知して事前に殺人魔道具だと見抜けるが、常人にはただのジュエリーに見える。殺意を錬った魔力は人間の細胞を破壊し、数日で死に至らしめる」


 バルトロメウスは顔を顰めた。


「しかも、役目を終えた石は空っぽになって痕跡が残らない。死因も病死と判別が付かないんだ」

「そんな。じゃあ、完全犯罪じゃないですか」

「ああ。殆どが目撃者による通報と自白。あとは魔術師が未使用品の鑑定をするしか立証の手立てが無い。公になった被害はほんの一部……これまで秘密裏に(ほうむ)られた人間は数えようがないよ」


 アリシアは恐怖で震えた。


「証拠が何も残らないなんて……」

「それがここにきて、立証できる手段がある可能性が出てきたんだ」

「どうやって?」


 バルトロメウスはアリシアを指した。


「君のその、魔祓いの能力で」

「私の……お掃除の力で?」



 ♢♢♢



「論より証拠」という事で、アリシアはバルトロメウスと一緒に出かける事になった。


 しかしそれは魔法宮の出入り口からではなく、リビングから直に出発するらしく……。

 バルトロメウスは杖を持ち、ハタキとホウキを装備したアリシアの肩を抱いた。


「ま、また瞬間移動ですか?」


 アリシアは慣れない移動の手段に、緊張して息を飲んだ。そもそもバルトロメウスに肩を抱かれるのも慣れていないので、緊張は倍増だ。


「三箇所ほど移動するよ。宮廷から馬車を走らせるより早い」

「さ、三箇所も~!?」


 思わず嘆いたアリシアの耳元で、バルトロメウスは囁いた。


「リラックスして」


 その言葉と同時にリビングの景色は消えて、次の瞬間には、二人は真っ青な空の下にいた。


「ひゃっ」


 と叫ぶと同時にまた景色が消えて、次には街のどこかの建物の陰にいた。


「!?!?」


 どうやら遠い場所へ移動する間、中継地点のような場所を挟んでいるようだ。

 そうして次の瞬間には、立派なお屋敷の前に二人は立っていた。


「こ、ここ、ここは?」


 目紛しい瞬間移動で目を回したアリシアは、よろけながら建物を見上げた。


「グレンヴィル公爵家のお屋敷だよ」


 いきなり大貴族の豪邸にやって来てしまったらしい。

 待ち構えていたように執事と見られる男性が現れて、颯爽とこちらに近づいて来た。


「バルトロメウス様。お待ちしておりました」

「突然の訪問ですまない」

「とんでもございません。いつでもご協力を致しますと、公爵閣下からも承っておりますので」


 執事に屋内に案内されるバルトロメウスの後を付いて、アリシアはホウキを抱えて忍び足で歩いた。


 落ち着いた色調ながらも豪華な廊下を歩き、格調高い階段を上り、辿り着いた立派なドアの向こうには……。


 妙に違和感がある部屋が現れた。

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