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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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35 エリィの憂い

「バ、バ、バルト……ッ」


 叫びそうな口を、アリシアは自分で(ふさ)いだ。

 目前に堂々と座っているバルトロメウスが、人差し指を自分の唇に当てていたからだ。そのまま姿が揺らいで、バルトロメウスはまたエリィの姿になった。


「え、エリィさんていったい何なの!?」


 アリシアの混乱に、エリィは「きゃはは」と笑った。そして色っぽく流し目でウィンクをしたので、アリシアは同性同士なのにドキドキしてしまった。


「エリィは架空のメイドだよ。俺の外見をそのまま女にして、理想の体をくっつけただけ」


 アリシアはその言葉にまじまじと、エリィの顔を見た。確かに、バルトロメウスの妹だと言われれば、そんな顔をした美女だ。ミステリアスで妖艶で……しかも体を見下ろすと、メリハリのある女性らしい曲線と綺麗な脚をしている。なるほど、本人の理想が透けて見える幻術だ。


 エリィは自分でティーポットを沸かし直して紅茶を淹れると、アリシアにカップを渡した。アリシアは温かい湯気と香りで、気持ちがようやく落ち着いた。

 エリィもそんなアリシアを見ながら紅茶を飲んだ。


「アリシア。(だま)してすまなかった」

「はい……まさかバルトロメウス様が女装をするなんて」

「女装ではない。幻術だよ。こうでもしないとアリシアは俺の同行を断るから」

「だって……」


 アリシアの気持ちは混沌としていた。恥ずかしい自分の過去や家の事情を知って欲しく無いという願いと、知られてしまったというショックと、それでもここにバルトロメウスが居てくれなかったら、滅茶苦茶な契約を飲んでしまったかもという恐怖で、涙が込み上げた。


 言葉にならずに泣き続けるアリシアを、エリィは立ち上がって優しく頭を抱き寄せた。


「怖かったね。逃げてもいいと言ったのに、よく耐えた」

「腰が……抜けてしまって」


 エリィの柔らかい体と女性的な香りに包まれて、アリシアは安堵で目を瞑った。


「アリシア。俺は君の上司なんだから、困っている事は隠さず相談してほしい」

「でも……あんな人達の思惑にバルトロメウス様を巻き込むなんて」

「アリシアが仕事に専念できる環境を作るのが俺の役目だ。それに……」


 エリィは言葉を濁して椅子に座り直したので、アリシアは聞き直した。


「それに?」

「……ガースン子爵には別件で捜査が入っている」

「え!? あの人は犯罪者なのですか?」

「違法の魔道具を流通しているそうなんだが……あの継母も何か関係しているかも」


 歯切れの悪いエリィに、アリシアは釈然としなかった。


「あの……それは私の父にも関係が?」

「多分ね」


 複雑な顔で絶句するアリシアに、エリィは「はぁ」と溜息を吐いて、椅子にもたれて脱力した。それから(うな)るように呟いた。


「俺の悪い癖だ……」

「え?」

「可愛い子は知らなくていいって、甘やかしてしまうところ」


 それは以前、バルトロメウスが書庫でも口にしていた言葉だった。


「俺は可愛い子につい過保護になってしまうから、よくエレンにも怒られるんだ。ベルを甘やかしすぎです、ってね」

「確かに……バルトロメウス様はベル君を猫可愛がりしてますね」

「同じようにアリシアにも、怖い事や悲しい事を知らないでいて欲しいって思ってしまうんだ」


 アリシアは思わず「幼児のベル君と同じ扱い?」とツッコミそうになったが、エリィの顔が(うれ)いていたので口を(つぐ)んだ。

 エリィはアリシアを真剣に見つめて続けた。


「アリシアには笑顔でいて欲しい。俺は君の天真爛漫(てんしんらんまん)で可愛い笑顔が好きだから」

「え……」


 突然の本心らしき告白に、アリシアは真っ赤になった。

 だが、エリィの顔は寂しそうだ。


「復讐や憎しみの心を抱いて欲しくないんだ」

「……」


 そこには悲惨な歴史を直視してきたバルトロメウスの悲しい願いが込められていて、アリシアは胸が痛んだ。バルトロメウスの言う通り、すべてを知らなければ幸せなままなのかもしれない。

「でも……」とアリシアは躊躇(ちゅうちょ)しながら答えた。


「私、自分のルーツも歴史も、少しずつ学ぶって決めたんです。歴史の重みに比べたら、自分の家の事くらい、知る勇気を持たないと……」


 アリシアは毅然としてエリィを見据えた。


「母に申し訳が立たないです」

「そうか……」


 エリィが自分の目を一度手で覆うと、次に現した顔は冷静になっていた。エリィの姿で瞳だけが、バルトロメウスの色に戻っている。


「宮廷魔術師の俺としては、君に捜査への協力を願いたい。ガースン子爵の犯した罪を(あば)けるのは、きっと君だけだ」

「私だけ……?」

「それを暴く過程で、エアリー伯爵家の内情も露わになるだろう」


 アリシアは怯えそうな自分を律して頷いた。

 ガースン子爵がいったいどんな罪を犯したのか、そして自分が育った伯爵家でいったい何が起こったのか、考えるのは恐怖でしかなかった。

 体が硬直して震えるアリシアは、気づくとエリィに再び抱擁されていた。


「アリシア。俺が全力で支えるから大丈夫だ」

「エリィさんは女の子なのに……頼もしいですね」


 エリィは「ふふ」と笑って、より強くアリシアを抱きしめた。


「ああ、女の子同士は都合がいいな。こうして抱き合っていても変な噂が立たないし。宮廷内で堂々とアリシアと仲良くできる」

「そ……そう……ですかね……」


 別の変な噂が立ちそうだとアリシアは考えたが、エリィの抱擁が温かくて癒されるので、二人はしばらく薔薇園の中で抱き締め合った。

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