表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/45

31 果物の香り

 木漏れ日の中。

 森のように広がる果樹園をアリシアは散策している。

 頭上の木々には、色とりどりの果物が実っていた。


「わあ、これ美味しそう~」


 アリシアは桃色の綺麗な果物を選んで枝から採ると、それを持ってバルトロメウスの元に走った。


「バルトロメウス様! これがモルガナイト国の果物ですよ!」

「どれ……」


 バルトロメウスは直近に立って身を屈め、アリシアが両手で持っている果物に顔を寄せた。ドキドキするアリシアに目線を上げて、バルトロメウスは微笑んだ。


「いい匂いがする。花のような、桃のような」


 アリシアも真似をして嗅いでみるが、バルトロメウスの感想とは違う匂いがした。


「え? そうでしょうか。私には、高貴でいい匂いに感じます。何だか胸がドキドキするような、安心するような……」


 アリシアはその香りを知っていた。

 あの書庫室の夜。抱き上げてもらった時に包まれた香り……。

 そうだ。これはバルトロメウスの香りだ。



 そう気づいた瞬間に、アリシアは目を覚ました。


「……ゆ……夢?」


 おかしな夢を見たのは、きっと手に持っている「モルガナイト国の果物」の本のせいだ。


 アリシアは先ほど、ベッドで眠るバルトロメウスの横で読書をしていたはずが、あまりの心地良さに眠ってしまったようだ。


 太陽の角度からそんなに時間は経っていないが、アリシアはベッドに腰を掛けるどころか、しっかりとベッドの上に転がって、横向きの状態で寝ていた。

 しかも、温かい背中のすぐ後ろに、小さな寝息を感じる。自分の体が背後で眠るバルトロメウスに抱えられているのだとわかった。


(うわあああ!?)


 アリシアは内心パニックになるが、バルトロメウスはまだ眠っているので、何とか悲鳴を(こら)えた。

 しかも、背後から伸びた腕がお腹に回されているので、ただの添い寝ではなく、完全に密着状態だ。


 アリシアはとんでもない状況に汗が吹き出して、体が硬直した。


(アババ、これはヤバい! 主様の寝床に何故私が!!)


 心臓がバクバクと波打つ中、アリシアはお腹の腕をそっと外して、ゆっくりとベッドから抜け出した。

 バルトロメウスが目を覚さないうちに、無かった事にするしかない。アリシアは巧妙に腕の下に枕を差し込んで、自分の身代わりにした。


「ふう……これで抱えていたのは枕だったと思うはず」


 アリシアは動悸が収まらないまま、真っ赤な顔で頷いた。


 その時。リビングで物音がした。


「!?」


 アリシアは無言で飛び上がった。

 この音はきっと、お昼ご飯を載せたワゴンの音だ。


 自分がとんでもない事をしでかしているような気がして、アリシアは慌てて掃除道具を回収すると、迷路のような書斎を駆け抜けて、バルトロメウスの部屋から飛び出した。


「あら、アリシアさん。そちらのお部屋にいらしたんですね」


 ディアナがテーブルにお皿を並べながら振り返ったので、アリシアは赤くなったり青くなったりする顔で、無理やり笑顔を作った。


「え、ええ! バルトロメウス様のお部屋をお掃除していました!」

「バルトロメウス様はまだお休み中ですか?」

「は、はい! それはもう、健やかに眠ってらっしゃいます!」


 エレンとベルも、庭からリビングに戻って来た。

 アリシアは失態が誰にもバレずにホッとしたが、慌てていたあまり、左手に「モルガナイト国の果物」の本を持ったままだと気づいて、背中に隠した。


(あ、後でそっと戻しておこう……)



 ♢ ♢ ♢



 お昼ご飯にもおやつの時間にも、バルトロメウスは現れなかった。


 夕方近くになって、ようやく開かずの扉が開いた。



「先生、おはようございます」


 エレンの声を聞いて、掃除をしていたアリシアは振り返った。

 そこには宮廷魔術師の正装を身に付けて、凛とした顔のバルトロメウスが立っていた。


「おはよう。今夜は王宮で会議と食事会があるので、帰りは遅くなる」


 バルトロメウスはいつも通り、ミステリアスな宙色の瞳に知的な光を宿して……いや、いつも以上に近寄りがたい迫力を以って煌めいていた。


 凛々しい姿に釘付けとなったアリシアの横で、ベルが素直な感想を上げた。


「せんせえ、かっこいい!!」


 バルトロメウスはベルに向かってクールに微笑んで手を振ると、リビングの出口に向かった。

 アリシアは我に返って、バルトロメウスを見送るために近くに駆け寄った。


「あの、ゆっくりお休みになれたでしょうか」

「ああ。おかげで全身の力が漲って、万全の状態だ」


 自信に満ちた表情は仰る通り、覇気が漲っている。

 アリシアが思わず口を開けたまま見惚れていると、バルトロメウスは小声で呟いた。


「良い香りに包まれて眠ったから」

「え?」

「花のような、桃のような」


 それはアリシアが見た夢の中で、バルトロメウスが口にしていた台詞だった。目を丸くして硬直したアリシアの耳元で、バルトロメウスは腰を屈めてさらに小声で(ささや)いた。


「24ページ」


 混乱したままのアリシアを置いて、バルトロメウスは颯爽と出て行ってしまった。ドアが閉まってからしばらくしてやっと、アリシアはバルトロメウスに囁かれたページが、何を指しているのか思い当たった。


 アリシアはみるみるうちに真っ赤になって、慌てて自室に駆け込んだ。

 枕の下に隠しておいた「モルガナイト国の果物」の本を取り出して、震える指で24ページ目を開いた。


 そこには、あの夢に出てきた、桃色の果物が描かれていた。


「あぁあぁ~っ」


 バルトロメウスには全てがバレていたのだ。

 アリシアが密着状態で添い寝していたのも、同じ夢を見て会話をしたことも、本を持ち逃げしたことも……。


 羞恥と驚きと不思議な現象に翻弄されて、アリシアは自分のベッドの上で悶絶して転げ回った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ