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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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28 一番のイケメン

 塔の上の祝杯は深夜に終わりを迎えて、アリシアと魔術師達は魔法宮へ帰ってきた。


 アリシアはベルともエレンとも踊って、星空の舞踏会を満喫した。

 あれから結局、エレンに瓶ごとワインを運ばせたバルトロメウスはほろ酔い気分でご機嫌だ。今日の戦いの出来を討論するエレンの肩を抱いて、楽しそうに頷いている。


 ベルは特にダンスの興奮が冷めやらないようで、クルクルと回ったり、ステップを踏みながらリビングで踊っている。


「ベル君、ダンス上手だったね~」


 アリシアの褒め言葉に、ベルは得意げに何回も回転しながら近づいて来て、アリシアの足元に(ひざまず)いたかと思うと、ポケットの中から何かを取り出して、アリシアに捧げた。


 ベルのポケットから出てきた意外な物に、アリシアもバルトロメウスもエレンも、前のめりになって注目した。


 小さな掌の上には、金の飾りで縁取られた、美しい紫色の宝石のブローチがあったのだ。

 それは間違いなくアリシアの母の形見であり、継母に奪われ、キャロルに与えられた物だった。


 信じられない光景に、アリシアは目を見開いて時を止めた。


「アリシアのたいせつの、ぼく、とりかえしたの」

「えーーっ!?」


 アリシアは夜会の会場で、キャロルのブローチを見つけた時の状況を思い出した。

 ブローチを巡って口論の最中、爆発音が聞こえて会場がパニックになり、キャロルは恐怖からアリシアにしがみついて来た。

 その時に抱っこされていたベルが、どさくさに紛れてキャロルからブローチを奪っていたのだ。


「し、信じられない! あの混乱の中で、ベル君はこのブローチをキャロルのドレスから外したの!?」


 アリシアは震える手でベルの小さな掌からブローチを受け取った。部屋の明かりに紫の宝石をそっと(かざ)すと、キラキラと赤や青の光を(とも)しながら、夜の欠片(かけら)のように輝いた。


 バルトロメウスは感心しながら宝石を覗き込んだ。


「へ~。綺麗なブローチだな。アメシストかな? それともサファイアか」


 その横で、エレンは(いぶか)しげにベルを見下ろした。


「ベル。それは誰かから盗んだものなのか?」


 ベルは頬を膨らませてエレンを見上げた。


「ちがうもん。アリシアのおかあさんの、かたみだもん」


 エレンとバルトロメウスは同時にアリシアの顔を見た。


 アリシアは(いつく)しむように、掌に乗せたブローチを眺めていた。口元は微笑んでいるが、目からは涙がポロポロと溢れていた。


「やっと会えた……お母様が亡くなってから、とても大切にしていたブローチだったんです。継母に取り上げられてから五年間、ずっと会えなくて……まるで今夜久しぶりに母に会えたみたいな……」


 アリシアは涙で語尾が詰まって、ベルの元にしゃがんだ。


「ベル君。どうもありがとう。このブローチは私の宝物なの。取り戻してくれて嬉しい」

「ぼく、アリシアのみかただから」


 ベルが可愛い顔をキリッ、とさせたので、アリシアは胸がいっぱいになって、ベルを抱きしめた。


 バルトロメウスとエレンはそっと顔を見合わせた。


「参ったな。今日一番のイケメンはベルじゃないか」

「確かに……」


 アリシアはしばらくベルを抱き締めた後、涙を拭って立ち上がった。ブローチを自分のメイド服の胸元に飾ると、エレンの前に歩み寄った。


「エレン君。今日は私達国民を守ってくださって、ありがとうございました」


 かしこまったお礼に、エレンははにかんで頷いた。そしてアリシアは丁寧に、エレンの髪や肩から、魔を祓った。


 続けてその隣のバルトロメウスの前に立つと、アリシアは緊張しながらも懸命に微笑んだ。


「宮廷魔術師様の立派なお仕事に感謝します。それと、塔の上の舞踏会はまるで夢みたいで……」


 アリシアは照れて顔を背けると、もう一度バルトロメウスを見上げた。


「夢が叶ったので……ありがとうございました」

「ん? 夢?」

「あの、舞踏会で踊ってみたい、という夢です……」


 アリシアが真っ赤になったので、バルトロメウスは笑った。


「王宮の天井でデビュタントか。多分、世界で初だな」


 アリシアも一緒に笑って、背筋を伸ばした。


「私にできるお礼はこれしかありませんので……お祓いをさせてください」


 バルトロメウスは微笑んで目を閉じ、祓いやすいように少し頭を屈めた。アリシアは普段は触れることができない、背の高い頭を、髪を、逞しい胸を優しく祓った。


 バルトロメウスは清められていく感覚を深く味わっているようだ。


「ありがとう。穢れも疲れも祓われた」


 宙色の瞳を開け、バルトロメウスとアリシアは見つめ合った。祓われた魔の煌めきが互いの瞳に映って、特別な空気が芽生えていた。


 傍観者のエレンとベルは息を殺して、二人をそっと見上げていた。バルトロメウスが何か衝動的な行動をするような予感がして、室内には妙な緊張感があった。


 ピクリとバルトロメウスの右手が動いてアリシアの肩に触れようとしたその瞬間に、リビングの入り口のドアがノックされていた。


 コン、コン、コン。


 バルトロメウスは我に返ってドアを振り返り、「はい」と返事をした。ドアが開いて顔を覗かせたのは、ディアナだった。


 室内の全員が「ほぅ」と緊張感を解して息を吐いたので、ディアナは妙な空気を感じ取って慌てたようだ。


「えっと、お取り込み中に失礼します……。本日の魔物退治、お疲れ様でした。国王から魔法宮の皆様を丁重に労うよう、申しつかりましたので、大浴場に湯のご用意をいたしました。どうぞ皆様、お体を癒してください」


 バルトロメウスは宮廷魔術師らしい外面の顔で頷いた。


「ディアナ、ありがとう。ちょうど湯に浸かりたいところだったから助かるよ」


 そしてアリシアの方を向くと、上司らしく微笑んだ。


「アリシア。先にゆっくりとお風呂に入っておいで。我々男子は後で入るから」

「え、でも……私は何もしてないですし……」


 遠慮するアリシアの背中を、エレンも押した。


「僕はもう少し先生と今日の戦果について話がしたいので、お先にどうぞ」


 バルトロメウスもベルも頷いているので、アリシアはありがたくお風呂を頂くことにした。


 ディアナは「お風呂の道具は全部あちらに揃っていますから」と言って、アリシアを連れて魔法宮を出た。


 ディアナの後を付いて、大浴場のある宮に移動する間、アリシアは平常心を装いながら、心臓をバクバクとさせていた。さっきの妙な空気は、エレンとベルだけでなく、アリシア自身も感じていた。


 心を落ち着かせようと、アリシアは満月を見上げた。それは塔の上の秘密の舞踏会を思い出させて、余計に(はや)る気持ちが止まらなくなるようだった。


 知らない感覚。はじめての気持ち。

 それはバルトロメウスに対する恋心なのだと、アリシアは認めざるを得なかった。

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