21 美味い!!
「えいえいっ! えーい!」
アリシアは朝から元気に魔を祓った。
毎日の日課ではあるが、この魔法宮で家族のように一緒に過ごす可愛い弟子達……自分にとっては小さな上司達と、尊敬する主・バルトロメウスの為に、「一欠片の穢れも許すまじ」という気持ちが、日に日に大きくなっていた。
「アリシアさん。凄い迫力ですね。許すまじ!って」
エレンがいつの間にかテラスからリビングに入って来ていたので、アリシアは驚いて振り返った。
「えっ? 私、口に出てた?」
「はい。おもいきり」
「あはは、やだ~っ」
アリシアが元気な様子で、エレンはホッとしているようだった。
昨晩の宮廷魔術師様の魔法がきっと効いたのだろう。アリシアはあの生贄の夢を見る事はなく、ゆっくりと熟睡ができた。むしろ、起床時には頭がスッキリとして冷静な自分になれていた。
ディアナが朝食を並べて魔法宮を出ていくと、バルトロメウスがようやく起きて来た。だらしなく寝衣が乱れている。
「おっ。何だか美味そうだな~」
テーブルに並べられた湯気が立つ朝食を眺めて、珍しく興味を持っているようだった。エレンは行儀良く座って注意をした。
「先生。着衣の乱れを直して着席してください。女性の前ですよ」
「エレン君は紳士だね~」
「ベルもしんしだよ」
「うん、偉い偉い」
魔術師達の会話にアリシアは微笑んで、「いただきます」と朝食を食べ始めた。
アリシアはバルトロメウスを盗み見した。
紅茶を飲む時と同じように、美しい所作でカトラリーを使うバルトロメウスは、食事が苦手だなんて思えない優雅さだった。
だが一口、柔らかオムレツを口に含んだ途端に「ん!」と目を見開いた。
「んまい!!」
お行儀悪く叫んだが、エレンもベルもアリシアも笑顔になった。特に弟子二人は、先生であるバルトロメウスが食を楽しむ姿を見るのが初めてなのだろう。新鮮な光景を目を焼きつけるように、じっと見上げている。
「ああ、美味い。野菜も。パンも。オレンジジュースも」
バルトロメウスはまんべんなく試すように口に入れては、蕩けるような笑顔になっていた。
「エレンも美味いか?」
「はいっ! すごく美味しいです!」
「ベルはおいちいか?」
「おいちい~っ」
バルトロメウスは「うんうん」と頷いて、アリシアを見た。
「アリシア宮廷魔術師補佐のおかげだな」
アリシアは太鼓判を貰って、自分でも意図せずに「あぐっ、あぐっ」と顎を震わせ、涙が出ていた。
「えっ、どうした!?」
バルトロメウスが慌てているので、アリシアは懸命に説明した。
「ご、ごはんは大事なので、あぐっ、これからも、ちゃんと食べてください~」
魔術師達は顔を見合わせて笑った。
♢ ♢ ♢
食後のお茶をしながら、バルトロメウスは近日必要になる任務の計画をテーブルに広げた。
「夜会……ですか」
エレンは眉間を顰めて計画書を読んでいる。
アリシアはその様子に首を傾げた。
「夜会ってダンスをしたり、ご馳走を食べるパーティーでしょう? 楽しそうだけど、エレン君は嫌いなの?」
「いえ、そうではないです。ただ、僕は楽しむ立場ではないので……」
助けを求めて見上げるエレンに、バルトロメウスは頷いた。
「アリシア。宮廷に人が大勢集まってお祭り騒ぎになると、高知能の魔物が出現する確率が上がるんだ」
「え!?」
「地位のある者、美しい者、若い者が一斉に宮廷に集まるからね」
魔物の好物が挙げられて、アリシアはゾーッとした。
確かに皆が着飾り、美味しいご馳走を食べながらダンスなんてしていたら、魔物から見たら全部がご馳走の山に見えるのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、夜会なんか開いちゃダメじゃないですか!」
「あはは、そりゃそうだ」
バルトロメウスは膝を叩いて笑った。
「だけどね、アリシア。魔物を気にしていたら、人間は普通の生活ができないんだ。隣国との貿易、交流、それに婚姻。宮廷には避けられないイベントが沢山ある」
「で、でも、みんな魔物に食べられちゃったら、意味無いじゃないですか!」
バルトロメウスは魔術師らしい自信に満ちた顔になると、自分の胸を親指で指した。
「そこで俺達、宮廷魔術師達の登場だ。もしも魔物が攻めて来たら、一匹残らず撃ち落とす」
「そんなぁ!」
「いいかい、逆に考えるんだ。人間を捕食する魔物は天敵だ。そいつらが一斉に集まって来るなら、いっぺんに駆除できるチャンスとも言える。高知能の魔物は向こうから来ない限り、探して退治するのは難しいからね」
「た……確かに」
理不尽とも思える任務だが、アリシアはバルトロメウスの説明を聞いて納得した。
「で。当日の行動について、事前に共有しておく」
バルトロメウスは宮廷魔術師らしく、仕事の顔に戻った。
「この宮廷には、魔物を迎え撃つ塔が全部で12ある。魔物が上空のどこに現れるかは、魔力を感知しつつ、塔を移動して撃つ」
アリシアは王宮の設計図を目で追いながら、目が白黒とした。
「え? この長い螺旋階段を登って、降りて、移動するのですか?」
「あはは、それはすごい運動量だな」
バルトロメウスだけでなくエレンも笑っているので、アリシアはさらに首を捻った。
バルトロメウスは壁に立てかけてある杖を手に取ってアリシアの横に来ると、肩を抱いた。アリシアは思わず鼓動が跳ねるが、バルトロメウスは気にせずに杖を掲げた。
「実践しよう。君も宮廷魔術師補佐として、どんな戦いが行われるのか、知っておかねばならない」
その台詞の直後に、アリシアの視界にいたエレンもベルも、リビングの景色も、一瞬で姿を消した。




