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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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19 暗黒の歴史

「バ、バルトロメウス様!?」


 広間の扉から現れたのは、宮廷魔術師の正装を身に付けたバルトロメウスだった。物静かでありながら存在感の強いバルトロメウスの、宙色(そらいろ)の瞳は怒りを秘めていた。


 先輩メイド達はその瞳の迫力に金縛りにあったように硬直して、絡み合ったまま、後ろに向かって転倒した。エマは壁にぶつかって床に崩れ落ち、アリシアはホウキを握り締めて目を見開いた。

 この場にいなかったはずのバルトロメウスの登場に、アリシアの頭も混乱していた。


 恐怖で凍った空気の廊下に、バルトロメウスの低い声が響いた。


「紫の目がどうと、聞こえたが」


 転倒したまま抱き合っていた先輩メイド二人は、「ひいっ」と声を上げて、そのまま泣きながら土下座をした。


「も、申し訳ございません! わ、私達は冗談で……申し訳ございません!!」


 紫の瞳を持つバルトロメウスを前に、どう捻ってもロクな言い訳が浮かばずに、二人はペコペコと頭を床に擦り付けるしかなかった。

 さらに片側の先輩メイドは、アリシアに向けて助けを()うた。


「か、からかっただけよね!? アリシアさんとは友達だし! ね!?」


 アリシアは急に振られて焦ったが、バルトロメウスは余計に空気をピリつかせた。


「私の部下とお前達が友達だと? 友達の意味を理解して発言しているのか?」

「あっ、うっ、ううっ」


 先輩メイド達は絶句して、そのままシクシクと泣き伏せた。

 バルトロメウスは床に崩れて蒼白になっているエマに顔を向けた。


「行け。ここは調査中だ」

「は、はいっ!!」


 エマは涙目で何度も頷いて、必死で先輩方を引きずるように立たせると、三人は(もつ)れながら廊下の先に逃げて行った。


 アリシアは三人の背中を見送った後、バルトロメウスを見上げた。バルトロメウスもこちらを見下ろしていた。


「な、何でここにバルトロメウス様がいるの!?」


 思わずタメ口で聞いてしまったアリシアに、バルトロメウスは意外な台詞を吐いた。


「申し訳ございません。つい、カッとして」


 バルトロメウスの姿がふわっと揺らいだかと思うと、そこにはエレンが立っていた。


「エレン君!?」


 完全に化かされたアリシアが驚きの顔のまま固まったので、エレンはアリシアの手を引いて、広間の中に入れた。



「ど、どうなってるの!? バルトロメウス様が、エレン君に!」


 誰もいない広間の中で、アリシアはパニックになっていた。

 目前にはやはり、エレンが一人で立っている。


「幻術ですよ。僕は攻撃魔法と同じくらい、幻術が得意なので」

「げ、げんじゅつ……」


 ゲシュタルトが崩壊するアリシアに、エレンは改めて頭を下げた。


「勝手な行動をしました。扉の向こうから会話が聞こえたので、思わず感情的になってしまって……」


 感情的にと言うわりには終始冷静だった化かしぶりに、アリシアは恐れ入った。


「エレン君は、何にでも化ける事ができるの?」

「相手が高度な魔術師……例えば先生にはバレると思いますが、常人であれば(だま)せるし、一応何でも化けられます」

「えええ、すごい……」


 驚きすぎて語彙(ごい)が退化してしまったが、アリシアはエレンにまであんな酷い会話を聞かせてしまったのを申し訳なく思っていた。

 こちらを真っ直ぐに見つめる、猫のような青みがかった美しい紫の瞳に、アリシアは泣きそうな笑顔を向けた。


「エレン君の瞳は綺麗だね。あんなおかしな悪口を、気にしないでね?」

「悪口というか、経典の内容ですよね?」


 エレンの確信を突く返しに、アリシアは声が詰まった。

 つい子供扱いしてしまうが、エレンには子供騙しのような誤魔化しは通用しないのだと、アリシアは観念した。


「うん……教会の経典に紫の目について書かれてるって。本当なのかな」


 エレンは暗唱した。


「不吉な葡萄(えび)色の目が魔物を呼んだ。この地は(けが)され、魔物は延々とやって来た。(うれ)いた神は、葡萄色の者達を罰した」


 義妹のキャロルに読み上げられたあの一節が(よみがえ)り、アリシアは再びショックを受けて、よろめいた。エレンは咄嗟(とっさ)にアリシアの手を掴んだ。


「経典は教会が起こした過ちを、正当化して記した書物です」


 エレンは一度唇を噛み締めると、感情を殺して続けた。


「教会は魔力を持つ者を恐れ、魔力を多く秘めるとされる紫の目を持つ民族や小国の民を、虐殺した過去があるのです」


 アリシアは愕然とした。そんな歴史は知らないし、学んだ覚えもなかった。だが、自分やエレンやベル、そしてバルトロメウス。魔法宮に属し、何らかの魔力を持つ者全員が紫の瞳なのは、事実だった。


「そ、そんな……じゃあ、私達のご先祖様が……?」

「この王国は近隣の小国や民族などを侵略し、吸収して大国になった歴史があります。魔力を持つ者達が魔物を討伐する姿を見て、魔物を寄せ付けると勘違いしたのでしょう。そうして不吉の象徴とされ、虐殺されたのです。高知能の魔物が魔力を持つ者だけでなく、実際には人間の地位や美貌も求めると知られたのは、近年になってからです」

「ひ、酷い……」


 アリシアが涙をポロポロと溢したので、エレンは我に返った。


「す、すみません。喋りすぎました。あ、あの、ごめんなさい」


 アリシアはエレンに、大事な真実を教えて貰っただけだと返事をしたかったが、気持ちが(たかぶ)りすぎて言葉にならなかった。

 エレンはオロオロすると、ハンカチを出して渡した。


「魔法宮に戻りましょう」


 そう言ってエレンは先に扉を開けて、扉の前で待っていた護衛官に調査の結果を言い渡し、アリシアの元に戻って来た。

 アリシアは心を痛めて泣きながらも、結局この広間で何の魔法が使われたのかが、気になっていた。


「エ、エレン君、な、何の魔法だったの?」

「えっと、覗きの魔法でした。広間で着替えていた女性達は、覗きに気づいて逃げたそうです。扉を透過した魔道具も男から没収されました」

「ええええ~!?」


 あまりにくだらない魔法騒動に、アリシアは泣きながら呆れ果てた。

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