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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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14 王族を啄む物

 アリシアはバルトロメウスの後に付いて、王宮の内部の、さらに屋根裏の階段を昇り、屋上に辿り着いた。


 高い塔からは、王宮の立派な青い屋根が海の波のように見渡せる。アリシアは宮廷が一望できる迫力の景色に圧倒された。広大な緑の敷地に、造形された見事な庭園。その先には、自分が働いていた宮廷の端っこまでが見える。


 そして足元を見下ろすと、この屋上は黒い煤で酷く汚れていた。


「バルトロメウス様……ここは?」


 アリシアは体の硬直が取れないまま、バルトロメウスを見上げた。


「ここは襲撃してくる魔物を打ち倒す為の場所だ。膨大な魔力に晒される為、魔が溜まりやすい」

「こ、ここで魔物を倒しているんですね」

「魔物の中には知能の高い個体がいて、王宮をターゲットに攻撃をかける物がいる。そういう個体は魔力を駆使して防御壁を破って来るんだ」

「王宮を狙って、防御壁まで破るんですか!?」


 高度な行動をする魔物の存在に、アリシアは驚いた。魔物とは動物のように、知能が低い物ばかりだと思い込んでいたからだ。


「蜂の巣で言えば、女王蜂の居所を嗅ぎつけるようなものだ。魔物は人間を食うが、高知能な魔物はより質の高い人肉を求める。王族のように位の高い者や、頭脳明晰な者、美しい者、魔力を多く持つ者……」


 アリシアは高知能の魔物の嗜好(しこう)に鳥肌が立った。まるで人間が人間の長所を欲するような、恋愛感情に似ている。


「そのような高知能の魔物が発する魔力を察知し、魔術師がここへ昇り、防御壁を部分解除した上で魔物を殲滅(せんめつ)するのだ」


 アリシアは今朝方に見た、エレンの爆撃魔法を思い出した。そんな激しい闘いがこの場で行われているのだと考えると、恐怖で寒気がした。アリシアは考えたくないが、つい、心に浮かんだ不安を口にしてしまった。


「あの、もし、魔物を倒す事ができなかったら……?」

「その時は破れた防御壁から魔物が大量に侵入し、宮廷は隅々まで食い荒らされるだろう」

「ひっ!」


 恐怖で腰が砕けそうなアリシアを、バルトロメウスは不敵な笑みで見下ろした。


「だが負けはしない。俺は最強の魔術師だからな」


 アリシアの中で、ドーン! と大層な効果音が鳴った。(おとこ)らしい台詞はハッタリではなく、バルトロメウスが本心で言っているのがわかる。あまりの頼もしさに、アリシアは足元に(すが)りたい気分だった。


「戦いを有利に運ぶためにも、君の魔祓いの力が必要だ。掃除をしてくれるか」


 アリシアはへっぴり腰をシャキッと立たせて、敬礼した。


「勿論です! 隅々まで魔を祓い、バルトロメウス様が気持ち良くお仕事ができるよう、努めます!」


 その宣言に、バルトロメウスは今日初めて笑顔を見せた。



「えい、えい、えいっ!」


 新たなる掃除道具であるホウキの効果は絶大だった。ハタキで祓う4~5倍の速度と威力で、アリシアは屋上に屯する黒い煤、魔を祓っていった。祓っては輝き、輝いては消え、魔は勢いよく掻き消されていった。


「バルトロメウス様が王国を守るために働く場所を、完璧に浄化する!!」


 アリシアは気合のあまり心の内を口に出しながら、集中して掃除をした。

 バルトロメウスはその様子を、邪魔にならないよう離れた石段に座って眺めていた。


「ふう……」


 王宮の屋上は見渡す限り清浄されて、黒かった床は真っ白になった。

 アリシアは無心のまま、最後にホウキを掲げて優雅なポーズを取ると、バルトロメウスを振り返った。


「バルトロメウス様! お掃除が完了しました!」


 バルトロメウスは頷くと、自分が座っている石段の隣を掌でポンポンと叩いた。

 どうやら隣に座れと言っているようで、アリシアは戸惑った。一心不乱でホウキを振り回したので、お(ぐし)が乱れて汗をかいていないだろうか不安だ。


「失礼します……」


 アリシアはバルトロメウスの指示通りにチョコンと、なるべく距離を取って座った。そっと見上げると、バルトロメウスは満足そうな顔でアリシアを見下ろしていた。


「素晴らしい」


 シンプルながら最高のお褒めの言葉を頂いて、アリシアはパアッと心が晴れた。掃除の後の開放感も相まって、青空の下で歌い出したいほど、心が浮かれた。


 バルトロメウスは感心した顔で屋上を見回した。


「こんなに清々しい王宮の天井を見たのは初めてだ。これなら存分に爆撃魔法の力を発揮できるだろう」

「わ、私、お役に立てたでしょうか」

「ああ。これは君にしかできない術だ。魔祓いの魔法使いよ」


 エレンも同じ事を言っていたが、ラスボスから改めて称号を貰って、アリシアはいよいよ自分が本当に魔法使いなのかと、実感が湧いていた。


「わ、私が魔法使い……本当に?」

「君の先祖に魔術師がいたのか、もしくは魔力を多く持つとされる民族の末裔(まつえい)なのか。自分でも気づかぬうちに、特殊な魔力を持つ者はたまに現れる」


 アリシアは信じられなかった。父にも母にもそんな力は無かったはずだし、ましてや先祖に魔術師がいたなんて、聞いた事がない。

 だが、アリシアには常人には見えない黒い煤が見えていて、掃除をするとそれが祓えるのは確かだった。


 アリシアが混乱しながら自分の能力を飲み込む間に、バルトロメウスは掌を差し出した。

 アリシアが「え?」と戸惑って、その上にそっと自分の手を置くと、バルトロメウスは笑った。


「チョコレートをくれ」

「あっ、は、はいっ!」


 恥ずかしい勘違いをしてしまって、アリシアは慌てて乗せた手を引っ込めて、エプロンのポケットを探った。ハンカチの包みを出して、中に入っていた三個のチョコレートを、ハンカチごとバルトロメウスに差し出した。

 バルトロメウスは一個選ぶと、口の中に放り込んだ。

 冷たい顔がみるみるうちに緩んで、幸せそうに微笑んだ。


「美味い。なんて美味なんだ」


 その微笑みがとても優しく、宙色の瞳が(とろ)けるように輝いたので、アリシアは口を開けたままバルトロメウスの顔を眺めた。

 そして、王宮の庭園で叱られた時との温度差に驚いた。


「あの、さっきはすみませんでした。食べ歩きなんて勧めてしまって……」

「王宮を歩いて気付いたと思うが、宮廷には有象無象(うぞうむぞう)の人間がいる。噂話が好きな奴らは垣間(かいま)見た現実を誇張して吹聴(ふいちょう)するが、宮廷においてその噂は時に命取りになる事もある。だから俺は自分と仲間を守る為に、魔法宮の外では素顔を見せないのだ」


 アリシアは下位のメイドとして宮廷の端っこに勤め始め、瞳の色を理由に虐げられたのを思い出していた。噂は命取り……それは大袈裟でなく、本当の事だ。言われのない言葉が人の心を殺し、未来を奪うのだから。

 アリシアよりももっと沢山の敵がいて、注目され続けるバルトロメウスが、迂闊(うかつ)に素顔を見せないのは当たり前の事だった。


「私……これからは魔法宮の専属メイドとして恥ずかしくないよう、行動に気をつけます。私もバルトロメウス様と、エレン君とベル君を守りたいですから」


 バルトロメウスは少し驚いた顔をした後、微笑んで頷いた。


 二人きりの屋上は、昨晩のリビングのお茶会と同じ空気に戻っていた。アリシアは二人の関係が「ふりだしに戻る」ではなかったのだと考えて、胸を撫で下ろした。

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