第14話:アンタがその気なら止めはしないわ
昼食は中庭の涼しい場所を選んでサンドイッチを食べる。
本日の品は照り焼きチキンサンド、ハムチーズサンド。
どれも優雨が買ってきてくれたものである。
「優雨。お前のチョイスは毎度、脂っこい」
「ご不満があるとでも? 人気商品なのに」
「……ありませんよ。ただね、男だからと言ってこうカロリーの高い奴だけを好むという思い込みはやめてほしい。バランスが大事なのだよ」
「ちゃんと野菜も食べればいい。はい、サラダ」
「これ、もう俺の出したお金を越えてない?」
「サラダは私のおごりよ。栄養を考えてあげたの。感謝して」
その計らいに「ありがと」と感謝する。
チキンサンドはさくっと焼かれたチキンが香ばしくて歯ごたえもある。
特に王道のテリヤキ味のソースとマヨネーズの相性は抜群だ。
「ハンバーガーでもそうだけど、俺は一番テリヤキ味が好きだな」
「日本人好みの味だもの。修斗が好きそうだと思ったの」
「……うん、美味しい。だけどな」
「まだ足りない?」
量的には十分に足りている。
ただ、優雨の様子がいつもと違うのが気になっていた。
――やけに大人しいって言うか、どこか具合でも悪いのか?
こうやって、食事をしていても、その顔色は晴れない。
「私のもひとつ、あげる。甘いやつだけど、どうぞ」
「生クリーム&イチゴジャム。また甘ったるそうな感じのパンだな?」
「こーいうのもたまにはいいでしょ」
「もらえるものはもらっておくさ。いただきます」
成長期の男子はいくら食べてもお腹がいっぱいにはならないものである。
もらった分のパンもしっかりと完食する。
食後の優雨は「少し食べ過ぎたかも」とうなる。
「食べ過ぎって。まだツナのサンドイッチ、ひとつだけじゃん?」
「今日は調子が悪いから。これだけで十分だわ」
「何だよ? どこか悪いのか」
「そうね。具体的に言えば昨夜の出来事が私の心身に負荷をかけて……」
「……昨日は何かあったような。うん、忘れた」
都合の悪いことを修斗は目をそらして誤魔化した。
昨夜の出来事を深く追及されて責任問題を問われると困る。
――悪ノリしすぎたというか、調子乗り過ぎたな。
押し倒した時に見せた女の子の一面。
優雨も女子なのだと改めて感じさせらた。
あの件を修斗も反省している。
「なので、私はすごく眠いわけ」
「授業中、頑張っていたのを俺は見た」
「うかつだったわ。眠りかけていたら先生に目をつけられてそれどころではなかったもの。あの嫌がらせのように私だけを狙い撃ちする英語教師は恨む」
四時間目の授業は優雨にとって苦痛の時間となった。
睡魔&教師との闘いだったからだ。
「八つ当たりだな。ただ、先生から質問されて全部答えてたのはすごかったぞ」
「……せめて、少しは眠らせてもらいたいかったの」
「先生からすれば授業中に寝られても困る」
「どうせ、今の時期の授業なんて内容もないものじゃない」
眠そうに欠伸を一つしてから、
「修斗、膝を貸して」
「は?」
「いいから、ちょっと膝を貸しなさい」
優雨はそのまま、ベンチに寝転がると、修斗に膝枕をせがむ。
彼に膝枕されて「寝るわ」と一言。
「お、おい、優雨さん?」
「……午後の授業のためにも今寝ておく。時間が来たら起こして」
「いいのか、悪戯しちゃうぞ?」
「できるなら、どうぞ? 何でもしちゃっていいわよ? 胸でも揉みます?」
「そのネタやめい。ホントにしちゃったらどうする?」
昨日の事で懲りていないのか、と呆れる。
その安い挑発に乗ったのが昨夜の出来事である。
あの二の舞だけはしたくないと、彼は気を引き締めて、
「俺をあんまり挑発しないで。男の子だから調子にも乗る」
「アンタがその気なら止めはしないわ」
「え? ホントにしてもいい?」
「やった分だけのお金を請求するだけよ」
優雨らしい答えに「やめとく」と彼は嘆いた。
うっかりと触ったものなら、高額請求されそうだ。
「そこで止めちゃうあたりが、ヘタレね?」
「違います、常識があるだけだ。決してヘタレではない」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
「くっ。ならば、お前の寝顔を見つめてやろう」
「ご自由に。私の可愛い寝顔を見て楽しんでください」
ホントに眠いせいか、優雨はおざなりな態度でかわす。
そのまま目をつむると、数分もしないまに眠ってしまった。
「優雨、寝ました?」
心地よさそうに寝ている彼女に小さくため息をつく。
改めて確認してから修斗は本音を優雨に語る。
「……お前のことに惚れかけてると気付きました」
ホントはもっと前から気づいてもおかしくなかった。
この自分の中に眠っていた気持ちに――。
「残念男子って俺のためにある言葉だと痛感している。そうだよな、好きになるよな」
今まで自分は優雨を好きという感覚はなかった。
恋愛の意味で、優雨を強く思うことなんてこれまでなかったせいだ。
だが、過ごしてきた年月を思えば、好きにならない方がおかしい。
ふとしたきっかけで自覚してしまった想い。
「優雨は俺の事をどう思ってるんだろうな」
口が悪く、態度も悪くすぐ手が出る。
まったくもって懐かない猫のような優雨。
だが、ずっと傍にいる女の子であり、特別な存在だったのは間違いない。
「……まぁ、今すぐに答えを出す必要もないか」
慌てて告白する必要性もない。
「今はただ流れに身を任せて時間をおいて考えよう。俺がすぐに告白したところで、この優雨が好きになってくれるとも限らないからな」
優雨の想いに全く気付かず。
鈍感男は自分勝手な結論を出す。
「時間をかけて何とかしていけばいいさ。うん、まだ高校生活は3年もあるんだぜ」
想いに急かされている優雨と正反対に、のんびりとした考えを持つ修斗であった。
もし、彼女が起きていれば蹴り飛ばされてもおかしくなかったが。
「それにしてもお前は寝顔だけは可愛いな」
大人しく目をつむっていると、美少女っぷりが際立つ。
寝入っている優雨の寝顔を見つめていると、
「あれ、修斗クン?」
偶然にも中庭を通りがかった美織に気づく。
「美織さんだ。今日は一人? どうしたの、こんなとこで?」
いつもは友人たちに囲まれている彼女にしては珍しい。
しかし、どうにも美織の表情は曇りがちだ。
「んー、さっき隣のクラスの子に告白されちゃって。放課後にしてって言ったのに、今がいいからって連れ出されちゃった。断るだけ断って逃げてきました」
「モテる子も大変だな」
「それなりに。人の想いを無下に踏みつけるのは心が痛むわ」
「……踏みつけちゃうの?」
「断る時ははっきりと断るタイプなの。夢を見させてあげません」
美織の“冗談”に修斗は笑いながら、
「でも、ホントに好きな人なら断られても告るんだろうな」
「え? そんな人いないって」
「そうやって諦めないタイプなら美織さんも攻略されちゃうとか?」
「どうかしら。今のところ、二度目の告白をしてきた子はいないから分からないな」
そういうと、美織はようやく寝ている優雨に視線を向けて、
「何だかいつも以上に仲がよろしいようで。ラブラブ?」
「クラスで盛り上がってるほどの事実はないよ」
「……お付き合いしてるんじゃないの?」
「まだそこまでの関係じゃない。ただ、そうなりたいとは思うけどね」
修斗の本音に「そうなんだ?」と美織は微笑む。
「前から思ってたんだけど、ふたりってすごくお似合いだよね」
「お似合い?」
「相性がよさそうだもの。優雨さんもずいぶんと心を許してる」
「付き合いが長いからかな」
彼らにとっての4年の月日は長いもの。
積み重ねてきた時間。
大切な思い出だったり、他愛のないことだったり。
いくつもの出来事を共に過ごして、二人の今がある。
「修斗クンは他の男の子と違うよ」
「残念男子って意味で?」
「残念男子? なにそれ? そんなことないじゃない。修斗クンはとても優しくて思いやりのある男の子でしょ。私は他に知らないわ」
優しげに笑う美織はそっと修斗の頬に触れる。
「そういうキミだからこそ」
その冷たくも、温もりのある手が彼を撫でた。
「――優雨さんはキミを好きになったんだから」
彼女の言葉が修斗を惑わす――。




