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ケーニヒグレーツの戦い/墺第3、第10軍団後退す

 墺北軍本営は、第3軍団のアピアーノ旅団がクルムから退却してその南方、ロズベリックで戦い、A・ベネデック少将が負傷してその旅団が南西へ待避すると、敵中に孤立するのを恐れ、まずは南西方向のランゲンホーフに退却してしまいます。

 更に、ホラ森方面の普第一軍諸師団に対抗していた墺第3軍団残りの二個旅団(プロチャッカとキルヒベルク)も、普近1師がシストヴェスへ向かい第4軍団から取り残されたフライシュハッケル旅団と戦い始めると側面を脅かされ、再展開を余儀なくされます。


 このプロチャッカとキルヒベルクの二個旅団は、ホリク=ケーニヒグレーツ街道の東に沿って展開し、ホラ森の東南からリパ、クルムの西にかけてを守備範囲としていましたが、近1師が第3軍団同僚のアピアーノ旅団を粉砕しクルムを占領すると、今までホラに向かって敷いていた陣形を九十度東に変え、東からの脅威に備えました。同じく、第3軍団の直轄砲兵やそれぞれの旅団に属する砲兵たちも、ホラ森方面からクルムやマスロウェード方向に砲撃目標を変えました。


 しかし、この敵が墺軍の抵抗を難なく振り切り、クルム南東の高地からロズベリックまで進出すると、さすがに包囲される危険が増し、ここで墺第3軍団長エルンスト親王もプロチャッカ、キルヒベルク両旅団にランゲンホーフ方面への撤退を命じるしかありませんでした。


 これらの旅団が安全に後退するには、真横の東側から迫る普軍に対抗する後衛の存在が必要でした。この任を第3軍団参謀長大佐カッツィ男爵が引き受け、大佐は自ら予備の一個中隊を率い、リパとクルムの間にあるリパ林で敵を引き付ける戦闘を開始します。しかし敵は勢いに乗った普軍のエリート近衛兵、戦闘わずかでこの中隊は全滅状態となり、参謀長の男爵も重傷を負って兵に担がれ、彼らは戦場から脱出しました。この男爵の英雄的行為に乗じてプロチャッカ、キルヒベルクの両旅団はランゲンホーフと街道の間へと脱出、そのままウェセスタルとロスニックへ退却して行きます。

 また、先に敗退したベネデック、アピアーノの両旅団もばらばらになった兵士たちを集合させ、こうして数の減った第3軍団はウェセスタル=ロスニックのラインで再展開するのでした。


 この展開となると街道の西側、ランゲンホーフの前面でがんばるガブレンツ中将の第10軍団も非常に危険な状態となりました。


 午前中からこの時刻(午後2時30分前後)まで見晴らしのよい高地上で有利に砲撃戦を繰り広げたガブレンツ将軍でしたが、東から敵の近衛兵が急進し、西からはビッテンフェルト将軍のエルベ軍が朔軍と第8軍団を押しつつある状況では、両翼から合撃される危険が刻一刻と大きくなっています。

 ガブレンツ将軍は午後の時点で墺北軍から送られた直轄の予備砲兵や自軍団以外に、第3予備騎兵師団やクルムから逃れた第1予備騎兵師団、そして第3軍団や第4軍団に属し、自部隊が敵に破れて離散し、部隊とはぐれてしまった兵士たちを預かる形で指揮下に編入し、第10軍団はこの時点でかなり大きな集団となっていました。


 しかし、既に弾薬は少なく、ガブレンツは第3予備騎兵師団に命じてストレセシック方面に前進させてエルベ軍を警戒、次第に軍団の向きを南へと変えていきました。

 午後2時30分には、ガブレンツの下で砲撃戦に加わっていた軍予備砲兵隊(第3砲兵大隊)の弾薬が無くなり、後方から新たな砲兵隊(第4砲兵大隊)がやって来てこれと入れ替わりました。しかし、この時を境に、普軍の砲兵隊によるクルムとロズベリックからの砲撃が激しくなり、今まで対抗していた北の普第3師団や第5師団砲兵との砲撃戦に加え、東側にも砲撃を加えねばならず、二正面での戦いを余儀なくされてしまいます。

 距離的に目前(五百メートル内外)とも言えるクルム高地やロズベリックからの砲撃は、今までの普軍の砲撃と違いかなり正確で、高地の高さもクルムの方が高く、墺軍砲兵たちはたちまち砲や曳き馬や砲車、弾薬車を破壊され始め、たまらずに南への退却が始まりました。

 

 ガブレンツ将軍は直前にも後方の軍総予備、第6軍団に対し進撃を前提とする一個旅団の分派を求めたほど好戦的になっていました。

 さぞ悔しかったと思いますがここに至り将軍も全面後退を認めざるを得ず、敵の砲撃が続く中、第10軍団や予備騎兵の二個師団は敵の普軍が感心するほど秩序正しくロスニック方面へと後退して行くのでした。


 この第10軍団の後退では墺軍砲兵に英雄的な行為がありました。


 軍直轄砲兵の第4大隊は、同僚の第3大隊が弾薬を撃ち尽くしたため2時半頃に入れ替わる形でランゲンホーフの高地に前進し、東側の普軍近衛砲兵と戦っていましたが、ガブレンツが後退を決し、友軍が一斉に退却を始めるとこれを援護しようと奮戦するのです。

 こういう後衛の戦闘には、軽くて移動が素早く行える小型の砲が当たるのが普通です。この時も騎兵部隊に使われる騎砲と呼ばれる小型の砲を持つ第3軍団の騎砲兵中隊二個がこの任に当たっていましたが、先に後退せよと命じられていた中型野砲の八ポンド砲(砲弾がおよそ8ポンド/3.6kgの野砲)を装備する二個中隊が命令に反してまで陣地に残り、既に敵の手に落ちたリパめがけ砲撃を繰り返しました。

 しかし普近1師の前衛がこれを排除しようとリパから出撃し、街道を越えてこちらに突撃して来ました。こうなってはもう逃げる時間もありません。部隊は全滅を覚悟して絶望的な砲撃を繰り返していました。

 これを見た騎砲部隊の指揮官のフォン・デア・グレーベン大尉は、八ポンド砲部隊が逃げる時間を作るため部隊を八ポンド砲部隊の前に出します。こちらに迫る普軍に対し砲撃を繰り返して敵を引き付け、逃げることが出来たのに敵がほとんど目前に至るまで逃げることをしませんでした。

 この騎砲部隊は砲兵陣地に飛び込んだ近衛兵によってほぼ壊滅し、グレーベン大尉は戦死、逃げることが出来たのは士官1名に砲兵数名だったそうです。

 しかし、これにより八ポンド砲部隊は損害少なく後退することが出来、その後も後退しながら普軍を砲撃し続けたのでした。


 午後2時45分過ぎにクルムとロズベリックが近1師に占領された頃、その南西、ホリク=ケーニヒグレーツ街道の西で待機を続ける墺北軍の総予備、第6軍団と第1軍団は、味方が総崩れとなる中、未だに出番を待ち続けていました。

 

 この両軍団、予備となったのには相応の理由があったと思います。

 墺北軍はこのケーニヒグレーツ戦に至るまで負け戦を重ねましたが、中でも第1軍団と第10軍団はほぼ半分の兵力を損耗するという大打撃を受けました。

 第10軍団はトラテナウ、ノイ=ログニッツ、ケーニヒスホーフと三つの戦いを経ていましたが、トラテナウは北軍唯一とも呼べる勝ち戦で、その指揮官ガブレンツの名は高まり、また将軍もその名に恥じぬ猛将で部隊の秩序や士気も他の部隊よりは維持されていたので、このケーニヒグレーツ戦では北軍左翼を任され、また、この日も敵の主力と言える普第2軍団(第3、4師団)と第3軍団(第5、6師団)をよく押さえています。


 しかし、第1軍団はギッチン戦の大敗の責任を取らされて指揮官のクラム=グラース大将が左遷され、またその五個旅団は打撃を受けたままの状態で人員の補充も満足ではなく、士気は落ち秩序も回復途上でした。予備に回ったのは妥当なことでしょう。

 同じことはスカリッツで破れ、三分の一に及ぶ兵力と旅団長2名を失った第8軍団にも言え、こちらは最左翼朔軍の予備に回されました。


 では第6軍団はどうでしょう?

 この軍団は緒戦のナーホト戦で敵第5軍団に敗れ、人員を激しく損耗します。しかしそれ以上に注目されたのは、この墺軍にとっての負け戦により、敵の指揮官シュタインメッツ大将の名を大きく喧伝させる結果となったことでした。ここで勝っていれば、との北軍本営の後悔は即ち指揮官であるラミンク中将への密かな批判となります。また、直後のスカリッツ戦における一連の「ごたごた」(詳細は「スカリッツの戦い」参照)で、ラミンク将軍に対する北軍指揮官ベネデック元帥始めとする北軍本営の覚えは一層悪くなりました。


 この一連の流れ、公平に見ればラミンクに軍配が上がります。この後の戦い振りを見ても分かりますが、将軍は決して無能でも口先だけの男でもなく、率先して部隊の先頭に立つ臨機も勇気も持ち合わせる有能な指揮官です。しかし、第1軽騎兵師団長エデルスハイム少将と同様に、血気盛んで主張することははっきりさせる性格が災いし、優柔不断な指揮振りを見せる北軍首脳から煙たがられたのでしょう。「おまえは黙って後ろで見ていろ」と言わんばかりの予備任命でした。


 しかし、この任命により墺軍はまたも「惜しい」ことになるのです。

 ラミンクの第6軍団が、例えば第4軍団と入れ替わっていてシュウィープ森の「悪夢」に引き摺り込まれなかったら、とか、あの前進命令(「ホレノヴェス陥落」を参照)が有効で、普第6軍団と「第6軍団同士の戦い」となっていたら、など色々と「if」を考えさせられますが、この後、ラミンクとこの軍団はもっとも惜しい一瞬を迎えるのでした。


クルム部落の戦い(普近衛第1連隊の突撃)

挿絵(By みてみん)

 普近衛第1連隊によるランゲンホーフの墺第3軍団砲兵第7騎砲兵中隊への突撃。

 この突撃の先頭には、後にドイツ帝国参謀本部総長となる伯爵アルフレート・フォン・シュリーフェン大尉がいた、とされる記事も見かけますが、アルフレート大尉は参謀一筋で、この時も参謀本部勤務ですので、これは親戚筋のヴィルヘルム大尉かテオドール大尉の誤りかも知れません。この攻撃により墺騎砲兵2個中隊は壊滅的打撃を受けました。



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