17. クライヴ様の気遣い
その後はまた沈黙に包まれ、しばらくするとクライヴ様が「では、失礼する」と言って立ち上がった。私も慌ててそれに続き、玄関ホールまで彼を見送る。私の目の前を静かに歩いていくクライヴ様の背中を見つめながら、改めてその大きさに驚いた。
(私こんなにご立派な方と婚約したのね……。サザーランド公爵家のご令息と……)
自分の頬をつねってみたい気持ちになりながら玄関ホールに着くと、クライヴ様がこちらをゆっくりと振り返った。
「……学園は長期休暇中だったな」
「あ、はい。まだ一月ほどお休みです」
「……そうか」
そう頷いたクライヴ様が、また私をじっと見つめたまま口をつぐんだ。そのまま穴があくほど見つめられ、私はどうしていいか分からずもじもじしはじめた。そして我慢できずに、また目を伏せる。
クライヴ様が小さく咳払いをし、私に体を向けた、その時だった。
廊下の奥から、両親が慌てた様子でこちらに歩いてきて、彼に声をかけた。
「もうお帰りですか、クライヴ殿。公爵閣下へのご挨拶には、また改めて伺います」
「今日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。ぜひまた近いうちにお食事にもいらしてくださいませね」
嬉しそうにそう言う両親に、クライヴ様はほんの少しの沈黙の後、丁寧に挨拶を返していた。
三人で玄関ポーチまで出て、彼の馬車を見送る。
(さっき、何か言おうとしていたような気がするけれど……気のせいかしら)
クライヴ様が帰られた後、やけに機嫌のいい両親と少し話をした私は、自室に戻った。そして体を放り出すようにしてソファーに座り、先ほどの彼との会話を一つずつ、ゆっくりと思い返していく。かけられた情熱的な言葉の数々が頭の中をぐるぐると巡り、また心臓の音が大きくなっていく。
(やっぱりどう考えても、クライヴ様は、わ、私のことを好きだと……そうおっしゃっていたようにしか解釈できないんだけど……! でも、そんなことってある?)
彼からの特別な好意を感じたことのない私が鈍いのか。いや、でも両親も兄も、もしかしてそうなんじゃないの? なんて、一度も言ってきたことはなかったし。
火照る頬を押さえ、私は終わりのない思考と混乱の中で一人悶えたのだった。
その翌日の午前中、サザーランド公爵家付きの従者が手紙と花束を携え、私のもとを訪れた。クライヴ様からだ。早速の心遣いに、屋敷にいた母が浮き足立った声をあげる。
「まぁ……! クライヴ様って外見こそ厳めしいけれど、思いのほか細やかに気を配ってくださる方なのね。……ふふ。きっとあなたを大切にしてくださるわ、ローズ」
「……ええ」
お花と手紙を受け取った私は、母の言葉に素直にそう頷いた。あの方に対して萎縮する気持ちはまだ残っているけれど、私が身構えていたほど、恐ろしい方ではないのだ。見た目の威圧感からは想像もできない彼の内面を、私はすでに少し知っていた。
メイドに頼み、花を自室に飾ってもらう。花瓶に入れられたピンクの花々はとても可愛らしく、見つめているうちに自然と笑みがこぼれた。椅子に座り、深呼吸してから手紙を広げる。
(……あれ? 思ってたより淡々としてるな……)
昨日のクライヴ様のご様子を思い出し、熱烈な言葉の数々が並んでいるのではと緊張していた。けれど、意外にもその手紙には、簡潔な言葉が少し綴られているだけだった。昨日は貴重な時間をありがとう。また近いうちにお会いできればと思う。それだけ。
(うーん……。読めない方だわ……)
私を他の誰かにとられてしまう前に、どうしても自分のものにしたかった。昨日真剣な面持ちでそう言った彼の、ほんのりと朱に染まった眦を思い出し、そしてまた手紙を読む。温度差がすごい。気恥ずかしいのか、真面目なのか、それとも単に不器用なのか。
彼のことを考えていると、なんだか心がとても温かくなった。私はいそいそと便箋を取り出し、文机に向かう。そして彼への返事の文面を考えた。
悩み抜いた挙げ句当たり障りのない文章を綴りながら、そういえば、つい先日まで目が腫れるほど泣いていたはずのルパート様との婚約解消のことを、全く思い出さなくなっている自分に気付いた。今の私の頭の中は、ここ最近印象の激変したクライヴ様のことでいっぱいだ。
ノエリスやクライヴ様が、そして寄り添ってくれた家族が、あの苦しみをあっという間に過去のものにしてくれた。
そばにいてくれる優しい人たちの存在を、心からありがたいと思った。




