15. クライヴ様の事情
再会を喜び合った後、私は持参したお土産を侍女から受け取り、ノエリスに渡した。
「これね、ハートリー伯爵領の特産品なの。よかったら、ご家族で」
「まぁ、こんなにたくさん……!」
「あなたには何度も助けられたから、そのお礼の気持ちも込めて。両親ももっとたくさん持っていきなさいって言って、張り切って準備していたわ」
「そんな……。ありがとう、ローズ。ご両親にもよろしく伝えてね」
穀倉地帯のハートリー伯爵領では、小麦や大麦、果物に乳製品、蜂蜜やハーブなど、様々なものが生産されている。それらを使った焼き菓子やジャム、コンポートにジュース、ワインなど、これでもかと持参したのだ。
紅茶を飲み、お菓子を食べながら、しばらくは他愛もない会話を楽しむ。
しばらく経ち、ふと話が途切れた時に、私はようやく自分の婚約について彼女に打ち明けたのだった。
「……サザーランド公爵家のクライヴ様と……!? 婚約した、ですって!?」
ノエリスが口元を手で押さえ、目を丸くする。なんだか気恥ずかしくなった私は、彼女から目を逸らし俯いた。
「あまりの急展開に、自分でもびっくりしてるのよ。ほんの数週間前にあんな目に遭って、あなたに迷惑かけたばかりなのにね」
「迷惑だなんて少しも思っていないけれど……、そう、サザーランド公爵令息様と……」
ノエリスは興奮した自分を落ち着かせるように紅茶に口をつけ、深く息をついた。そして私の方を見て優しく微笑む。
「サザーランド公爵家は代々国の中枢に勤める重鎮たちを輩出してきた権力の強い家だし、王家の信頼も厚いわ。加えて次男のクライヴ様といえば、非の打ち所のない貴公子よ。悪い評判は一度も聞いたことがないわ」
「そ、そうよね」
「ええ! あのご年齢でいまだに婚約者をお決めにならないことがたびたび話題に上ってはいたけれど……まさか、あなたがその座を射止めるだなんて……! おめでとう、ローズ。あなたにとってもハートリー伯爵家にとっても、最高のご縁よ」
何年も前から顔見知りなのにまったく親しくないクライヴ様との婚約に逃げ腰になっていたけれど、ノエリスにこう言ってもらえると、なんだかとても安心する。
「……ありがとう、ノエリス。サザーランド公爵家に嫁ぐには私は未熟すぎるから、これからしっかり頑張らなきゃいけないわ」
「ふふ。困ったことがあればこの私が何でも力になるから、大丈夫よ」
「まぁ。オークレイン公爵令嬢にそう言ってもらえるなんて、心強いわ」
「そうでしょう? 任せておいて」
二人でくすくす笑いながら、紅茶に口をつける。すっかり気持ちが落ち着いたところに、ノエリスがぽつりと言った。
「サザーランド公爵家には、クライヴ様の上にもう一人嫡男のご令息がいるけれど……体調はいかがなのかしら」
「ああ……、兄から聞いたことがあるわ。私は詳しくは知らないんだけど……」
クライヴ様は次男だ。以前夕食の席で、家族がクライヴ様の話をしている時に、何度かその体の弱いお兄様のことを言っていた。けれど、私はその程度の情報しか知らない。
ノエリスがお菓子に手を伸ばしながら話しはじめた。
「サザーランド公爵家の嫡男のハロルド様はね、幼い頃から慢性的な呼吸器疾患を患っていらっしゃるの。体を動かすと息苦しくなるそうで」
「……そうなのね」
「ええ。幼い頃は何度も命が危ぶまれるほどの状態になっていたとか。次男のクライヴ様は王国騎士団にも所属しているけれど、サザーランド公爵領の経営についても学んでいらっしゃるらしいから、きっと先のことを見越しておられるのでしょうね。……もしかしたら、クライヴ様が公爵を継ぐことになるのかもね」
「……そう」
これまでクライヴ様のお兄様のことについて、あまり考えたことはなかった。ハロルド様は今もまだ、重篤な状態に陥ることがあるのだろうか。
公爵家のご子息として生まれ、お兄様がそんな状況で……。クライヴ様は、大きな責任を背負う立場にあるわけだ。きっと精神的な負担も大きいのだろう。
もしも、自分の立場だったら。
あの優しい兄が生まれつき体が弱くて、何度も生死の境をさまよったりしていたら。
私はどれほど不安でたまらない思いをしただろう。
(ご心配だろうな、クライヴ様……)
いつも淡々としていて、無口で、ちょっぴり無愛想で。
けれど堂々としていてたくましく、唯一無二のオーラをまとっている傑物。
そんな彼の素顔が、少し気になった。




